2020
いま思うとコメディ
spankingcentral
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「地獄」
目を覚ますと眼の前に美しい鬼がいた。万華鏡のようにきらめく銀色の目に、銀色のさらさらと流れる髪の毛。髪の生え際の上には、赤い小さな角がふたつ。まるで、愛らしいアクセサリーのようにちょんと突き出ていた。ミルクの中に桜の花びらを浮かべたようなピンク色の肌は、思わず手で触れたくなるような滑らかさで、うっとりとするような起伏を描いている。
だが、手を伸ばそうにも私の腕は私の思い通りにならなかった。どうやら一つにくくられて頭の上に引っ張られている。何度かひきよせようとこころみて、ようやく縛られていることに気が付いた。
周囲を見回すと、空は真っ暗で星一つ無く、私自身の体はごつごつとした岩の上に裸で横たえられているようだった。みじろぎする度に背中がずきずき、ひりひりと痛む。
「これは……どういうことだ?」
のしかかってきていた鬼は、これまた銀色のドレスの長い裾をさばきながら、私の腹の上に座り直し、にっこりと笑った。その微笑みに、私はぞっと総毛立った。
「どういうこともこういうこともないわ。見たとおりよ」
「だが、見たとおりとは?」
ふふん、と、鬼は鼻で笑った。私の顔色が変わり、じっとりと冷や汗がにじみ出るのを眺めて楽しんでいる。
「私が誰だか分かるかしら」
鬼は、立ち上がると、きらきらと雲母のように光るものに包まれたつま先で、私の腹を突き始めた。私は、答えるのを躊躇った。はじめから分かっているとしても言葉に出して確認することは別問題だった。つま先が与えてくる痛みは段々と強くなり、私は、腰を捻って、つま先が当たる場所をずらそうとした。
「そうよ。鬼が番をしている場所はどこ?」
私は答えられなかった。夢を見ているのだと思いたかった。それで、私がわずかに首を横に振ると、鬼は、くすくす笑い始めた。やがて、その笑いが大きくなり、高笑いで終わると、彼女は力を込めて私の柔らかな脇腹を踏みつけた。私は悲鳴をあげた。
「ここは、地獄よ」
ああ、やっぱり。そう思う気持ちと、そんなはずはないという気持ちが、複雑に絡まりあい、ありとあらゆる後悔と吐き気が同時にこみ上げてきた。
だが、確かに私は人の手本になるほど素晴らしい人間ではなかったかもしれないし、間違いもおかしてきたかもしれないけれど、だからといってまさか、地獄に落ちるほどの悪人でもなかったと思う。
「どうして、どうしてなんだ。私は、地獄に落ちるようなことはなにもしていない」
「あら、そうなの。でも、それは、しょうがないわ。あなたは変態だもの」
私は、心底びっくりして移動をやめ、彼女の瞳をまじまじと見つめてしまった。さっきまでの恐怖が、頭の後ろの方に滑り落ちてしまい、いつもの悪い癖がむくむくと立ち上がってくる。私は、妙に理屈っぽく、自分の価値観に合わないことを言われると腹が立って後先を考えなくなるところがあるのだった。
「変態だって?」
「そうよ。だって、あなたは女の子のお尻を叩いては喜んでいたでしょう?」
「違う!それは違う、絶対違うぞ。第一、あれは世に言う『お仕置き』ってやつなんだ。性癖とは無縁の教育的行為だ。変態なんて言われる筋合いはさらさらないぞ」
今度は鬼のほうがびっくりする番だった。
「まあ。あなた、ほんとにそんな事を信じていたわけじゃ無いでしょうね」
信じていた。いや、信じていたのはお尻を叩かれる側の女の子たちの方だったのだけれど。だから、お尻を叩く側の私たちは、彼女たちの紅く腫れ上がったお尻や痛みにくねる有様を見ても、まったく欲情していないそぶりを貫きとおしていた。
「やっぱり変態よ。まちがいなしに。そのうえ、嘘つきね」
大げさに鬼がうなずくと、私の反抗心は再び渦巻く。
「だって、教師とか熱心な親だって、子どもをぶつことはあるだろう?それと同じだよ。イギリスのことわざにもあるだろう。『鞭を惜しむと子どもをダメにする』相手が正しく育つように、私は、彼女たちの面倒をみて、指導していただけだよ。そもそもあれは、みんな相手が望んでいたことなんだ」
鬼は、呆れたように首をふり、それから、今度は私の腹の真ん中に尖った踵をぐりぐりと押し付けた。
「言い抜けようったってだめよ。あなたは、あれが大好きだったし、とっても楽しんでいたでしょ?あなた達は、お互いにそんなふりをしていただけで、ほんとは自分たちのしていることが教育じゃないってことはよく知っていたはず。ごっこ遊びをしていたんでしょ?」
鬼は、小さく溜息をついた。
「私の所へ来る変態達はみんな分かってないけど、変態はみんな地獄に来ることが決まっているのよ。あなた達変態にとっては、天国っていごこちがよくないの。それに、誰かにとっての地獄がすべての人にとっての地獄でもないし」
鬼がさっと手を振ると、仰向けに横たわっていた身体は見えない手によってゆっくりと持ち上がり、腕はぐいっと上へ向かって引き伸ばされた。いつの間にか眼の前には白い石の柱があって、私はその途中に突き出ている金具に吊り下げられているのだった。足はようやく爪先立って床に付くくらいで頼りなく、踏ん張ることもできなかった。腕が痛い。
視点が変わったので恐る恐る周囲を見回すと、その石の柱は海のように広い池の周囲に等間隔で並んでいるのだった。あまりにも広いので池の縁に波が寄せてくる音が暗闇に響く。そして、柱はどこまでも続いているように見えた。それでも、この空間には終わりがあり、星の無い空のように思えたものは、一番向こう側で壁のように地面と交わっていることが感じられる。
一番近い柱までは六メートルほどあるだろうか。右の柱にも私と同じように一人の男が繋がれていて、やっとこのようなもので身体を抓られていた。男はその度に甲高い悲鳴をあげ、泣きながら許しを請うているようだ。左の柱には鱗のように身体中に蝋の模様をつけた女が足を広げて逆さ吊りになっていて、足の間には大きな赤い蝋燭が突き立てられていた。
ここは、本当に地獄なのだ。
私は言葉もなく、右を見て、左を見た。やがて、右側の三本向こう側のぼろぼろの女が声もなく、ぴくりとも動かなくなると、責め立てていたたくましい男の鬼が、その女を柱から降ろすと、躊躇なく池に突き落とした。
死んだのだろうか。
そんなはずは無かった。地獄にいるのだから、もう死んでいるはずだ。そのとおりで、しばらくして、鬼が彼女をつないでいた綱を引くと、池に沈んだかのように見えた女はずるずると引きずり上げられた。すると、身体は傷ひとつ無くなり、女は手をついて立ち上がり、思っていたよりもずっとしっかりとした足取りで鬼の元に歩み寄った。
「ここが地獄だって納得できた?」
恐ろしい光景に魅入っていた私の背後にじっと立って待っていた鬼が、ぴんと張り詰めたソプラノの声で、優しく耳元で囁いた。それから、ひゅうううんと、籐鞭(ケイン)を振った。それは、私が、現世で使っていた一番酷い道具だった。それが、人の身体にどんなダメージを与えるか、私が一番良く知っていた。
「やめてくれ。それだけはやめてくれ」
「おやおや、どうしたの。立場が逆転しただけで、情けないこと。この鞭で、たっぷりお尻を叩いてあげるから」
銀色の鬼は嬉しそうにひゅんひゅんと鞭を鳴らした。そう、私も、よくそうしたものだった。うつ伏せになる女の子達の後ろで、わざと鞭を鳴らしてみせた。それが好きな子にとってはどきどきとした胸の高鳴りを呼び、嫌いな子にとっては怖ろしさに震えあがるように。
しかし、いくら現世でもやっていた行為とはいえ、私は、叩く側の人間で叩かれる立場になるなんて、まったく想像したことが無かったのだ。
「待て待て待て、待ってくれ。いきなり籐鞭で叩くなんて酷いだろう。お尻を叩くのにも手順ってものがあるだろう?まず、手で赤くなるまで叩いて充分温めてから道具を使うんだ。それも、あんまり痛くないものからだんだんにレベルをあげていって、籐鞭のようにダメージが大きいものは一番最後に使うものだぞ」
「まったくもう。その順番こそが、教育的指導とやらをお互いが楽しむための最適な手順になっているってことに気が付いてないの?」
ビシイイイイイイイ!!
情けないことに私は上ずった悲鳴をあげてしまった。初めてのケインは、私の無傷の尻にくっきりと赤黒い痣を浮かび上がらせているに違いない。鬼は容赦なくビシビシと強い打撃を繰り出してくる。想像以上の痛さに私は飛び上がり、みっともなく足を跳ね上げては、尻をふった。あっという間に傷だらけになったであろう尻は、ずきずきと脈打っている。
「すまない。ある程度叩いたら、休んで冷やしてくれないか。こんなことしていたら酷い痣になって、妻にばれてしまう」
「まあ、何甘いこと言っているの。でも、喜びなさい。もう、奥様にばれることもないのよ」
「なんてことだ。だが、本当にそんなに酷く叩き続けられたら、死んでしまう」
「あなた、さっき、女が池に放り込まれるのを見ていたでしょ?あなた達は、もう、これ以上無く死んでいるのだから、心配はいらないわ。それに、肉が削げて、骨が見えるまで容赦なく叩いてあげるから、そうしたら、あまりの痛みにそんな細かいこと気にならなくなるわ」
私は、涙が溢れてくるのを感じた。痛みのために?それとも、私は悲しんでいるのだろうか。妻ともう会えないこともショックだったし、このまま、ずっと永遠にこの苦しみを味あわないといけないのが分かってきて、それもショックだった。身体がぼろぼろになったら、池の中で再生し、また、最初からやり直さないといけないなんて。絶望に、身体がねじ切られるような痛みが追い打ちをかけ、足がもつれる。やがて姿勢が崩れて、私の身体は、ぐったりとボロ布のようにぶら下がるだけになってしまった。
「まってくれ、打つのをやめてくれ。姿勢が崩れたら、元の姿勢に戻るまで、打つのを止めて待つというルールを知らないのか」
「なにふざけたこと言っているの。そもそも、姿勢を崩さないで足を踏ん張って持ちこたえるってのが、打たれる時の誇りなんじゃないの?」
私たちは叩かれたりしないんだ。叩かれるのが好きなのは反対側の嗜好の人間だ。でも、鬼が言うことも最もなのだった。成長したら、母の膝に乗せられて手で叩かれるような恥ずかしい真似をせず、ちゃんと自立してお仕置きが終わるまで姿勢を崩さないのが、お仕置きを受ける最も大事な子どものプライドでもあった。
「それは分かっている。だけど、一度叩くのを止めてくれないと姿勢を元に戻せないんだ。それに、もう少し綱を緩めてくれ。暴れたので尻以外の場所も傷だらけになってしまった。ちゃんと、屈んで逃げずに受けるから」
本当は受けたくなどなかった。どう考えても、私がこんな目にあっていることに納得ができなかった。ただ、お互いにそれが好きだったから、私たちは同意を得て楽しんでいたにすぎなかったのに。
「とりあえず、今はこのまま続けましょう。どうせ、動けなくなるまであと、二、三日のことだし」
「待ってくれ。待ってくれ。そもそも、お仕置きは、罰なんだ。この地獄だって、悪いことをしたからこんなに酷く叩かれているのだろう?だったら、尚更、私がちゃんと罰を受けられるように、立ち上がるまで待ってくれないか」
「うーん、ほんとにこれ罰なのかなぁ。でも、いいわ。立ち上がって姿勢を正して。腕の縄もちょっと緩めてあげるわ。その代り、足をその柱の両側に繋がないとね。そうすれば、鞭をうけるのにちょうどいい姿勢になれるでしょ?」
くそ。私のプライドにかけて、ここは、耐え抜こう。私は自分自身を励ました。だが、その心の奥底で、これが永遠に続くのかと思うと身体に力が入らないほど絶望を感じた。お仕置きだったら、反省し、謝罪し、当然のように許されて、最後は優しく抱きしめられて頭を撫でられる。うまくすれば、いい気分になって性行為に及ぶことだって可能なのだ。なんてことだ。なんてことだろう。
ただ、ちょっとばかり女性を痛めつけたり、泣かせたり、嫌がることを無理強いしたり、お尻が腫れ上がって座れないほどに傷つけたり、恥ずかしがるのを分かっていて裸にして辱めたりしたばっかりに、こんなことになってしまった。ついつい、痛くて泣いているのを無理やり押さえつけてやっちゃったりしたこともあったけど、それも、全部、全部、全部、女性たちが明日正しく行きていくために手伝いのためだったのに。だから、みんなありがとうって言ってくれた。お兄ちゃんって言って、懐いてくれたじゃないか。
全然変態とかじゃなかったのになぁ。ああ、痛みのために気が遠くなってきた。きっと、そろそろ、あの池に放り込まれるのだ。
そういえば、私は、泳げないんだった。まいったな。どうしたもんだか。やがて、苦しみは恐ろしく強く、息がつけぬほどになり、気が遠くなってきた。それは救いなどではなく、新たな苦しみの始まりだと言うのに。
銀色の鬼がにっこり笑った。私はそれを慈母の微笑みだと思い込もうとした。気がつけば、私はきっと母の膝の上にいるはずだ。そうじゃないと「スパンキング」は成り立たないはずじゃないか。そうして、私はキラキラと光る渦の中に飲み込まれた。
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