2015

05.12

お仕置き(凛編)・5

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第五章 家庭教師

  ピンク色の霞がかかったような、桜の木のトンネルを抜けて歩きながら、凛は、ぼんやりと考え事をしていた。優しい風が凛の髪の毛を揺らし、吹雪のように舞い散る桜の花びらを捲き上げる。私は、どうして、家に帰るのを躊躇っているのだろう。今日は、家庭教師の斉藤が来る日だというのに。
 景色の美しさに逃避して、あまりのんびりとしてはいられない。教師よりも遅れて家に着くなんて、とんでもないことだった。そんなことになったら、多分、斉藤は、凛のお尻を叩くだろう。それも容赦なく。
  斉藤誠は、京都大学の数学科に在籍している三年生だった。背は175センチ位。テニスサークルに入っているというだけあって、スポーツをしている人間らし く、しっかりと筋肉の付いた、それでいてスーツが似合う、ほっそりとした体型をしている。瀬理崎の家に来る時は、必ず、仕立てのいいスーツを着ていた。
 学生なのにどうして?と、凛が尋ねると、「カジュアルな服装だと、友達感覚になる生徒が多いからね。」と、苦笑しながら、彼は言った。「彼が教えているのは自分だけではないのだ。」と思うと、凛の胸がちくんと、痛んだ。
 顔立ちは整っていて、人あたりも優しい。低めの甘いテノールで、丁寧な口調で話しかけてくる斉藤は、ある意味堅苦しく、凛にとっては、近寄りがたいタイプだった。
 けれど、仕事が忙しい父と、どこか気まずい母親との生活で、息が詰まっていた凛にとっては、自分の事を気にかけてくれる、自分だけの男性が現れた事は、正直嬉しかった。
  斉藤が初めて家に来て、凛の部屋で二人切りになった時。斉藤は座るとすぐに、なにかをかばんの中から取り出して、凛に手渡した。なんだろう。それは、小ぶりの靴の底のような形をしていて、表面には赤い薔薇の華やかな型押しがしてあった。花びらの一枚一枚に丁寧に色が塗ってあって、部屋の壁飾りのよ う・・・。
「さっき、凛のお母さんが玄関で出迎えてくれた時に、渡されたんだ。」
 凛が、不思議そうに見上げると、そこには、長いまつげが頬に影を落としている斉藤のちょっと面白そうにしている顔があった。
「凛は、これが何だか知らないんだね。」
「え?」
 知ってないといけないことなんだろうか。ちょっととまどって、再びその薔薇の花を見つめる。思わず知らず顔が赤くなっているのが分かった。
「これはね、パドルって言って、凛が悪い事した時に、お尻を叩くための道具だよ。」
 やっぱり。と、思った時には、凛の心は大混乱だった。今日、初めて会ったばかりの男。まだ、ほとんど言葉も交わしていないのに、この家庭教師が、凛のお尻を叩く権利を持っているという事を最初に告げられたのだ。それは、凛を急激に、いたたまれなくしていた。それだけではない、若い男にスカートをめくられることを想像した凛は、かーっと 身体が熱くなった。恥ずかしさと、切なさと、一抹の喜びの感情を、凛はどうしたらいいのから分からなかった。そして、その気持とは、裏腹に、自分勝手に、 そんなふうに決めてしまった美智子に対する、反感と恨めしさも、同時に湧き上がり、胸をどす黒く染めていく。
 くすっ。と、斉藤が笑ったのが分かった。何を考えているのか、全部見ぬかれているような気がして、一層縮こまる凛を微笑んで見つめているのも
「おいで。」
 斉藤は、手を差し伸べてくる。凛は、え?と、彼を見た。それが何を意味しているのか、何度も何度もお仕置きを受けている凛に、分からないはずがなかった。
「でも、でも、私、なんにも悪い事してないのに・・・。」
 だんだんと尻窄みに小さくなっていく凛の声をまったく相手にしないで、斉藤は、もう一度手を差し出した。今度は声が少し低い。
「おいで。」
 いやいやと首を振りながら、その声に引かれるように、そろりと凛は腰を浮かした。身体は何かの力に引かれるようと相手の身体に近づいて行く。
  父の膝とは違う。筋肉はあるのに直に骨にゴツゴツと当たる感じ。多分、真新しいだろうスーツのまだこなれてない生地がチクチクとして、男の人の膝なん だ・・・と、強く意識してしまう。そして背中に置かれている手のぬくもりが、の木綿のブラウス越しに、春先の花冷えに冷たくなっていた身体をあたためてく れる。父以外の人と、こうして身体を密着させるのは、凛にとって初めての経験だった。それが、よりによって、お仕置きの体勢だなんて。
 体勢?違う、この人は、私のお尻を叩くつもりなんだ。どうして?だって、私、なにか悪い事した?理由もないのに叩かれるのなんて嫌だ。

 え?

 それってどういう事?「理由があれば、家庭教師である男に、お尻を叩かれてもいい。」私は、そう考えているの?
 凛のとりとめのない思考が、彼女の頭の中をグルグルと回る。思わず、ふうっ・・・と、ついた吐息は熱く、凛の感じていることを如実に表していた。心よりも先に反応している身体に、凛は、うろたえた。
「不満そうだね。」
  頭の上から降ってくる。そして、同時に、密接した身体を通して、伝わってくる男の声の振動に、凛の物思いは破られた。他人がすぐそばにいて、その人とやりとりをしていたのだということをすっかり失念していた自分に驚いて、思わず腕を突っ張って起き上がろうとした。しかし、背中を抑えている斉藤の手は、凛に それをさせなかった。
「不満だなんて、そんな・・・。」
 凛は、反射的にそう答えた。相手に逆らうということを、凛は、あまり学習していなかった。それほど、凛の周囲の人間は、彼女をお蚕ぐるみで、暖かく育んできたのだともいえる。だから、深く考えもせずに、口に出してから、しまったと思う。
 不満がないというのはどういうことだろう。「斉藤に罰としてお尻を叩かれることを受け入れた。」それを、表明したととられてもしかたない。凛は斉藤の生徒。お尻を叩かれてしつけられる生徒だってことだ。そして、今のように、凛が理解できない理由で、無理やり彼女を膝の上に載せることも。
  どうして?どうしよう。なんて言えばここから抜け出せる。お仕置きされるのは嫌だっていう?言ったとして、それが受け入れてもらえる?美智子さんは、絶対に怒る。父にこの間の事を言うわ。ああ、それとも、もう、言ってしまったのだろうか。これは、その結果なの?このことは、父も知っているの?最近お仕置き してくれないのは、そのせいなの?私は、もう、美智子さんに引き渡されてしまった。そして、斉藤に引き渡されてしまったの?
 斉藤のお腹がくっくっと震えた。
 笑っている。私がこんなに、悩んでるいのに、この人は笑っている。私がこんなに辛い思いをしてるのに。こんなのいや。いや。私のことをもっと思いやって欲しい。優しくして欲しい。私の・・・。私の家庭教師なのだから。自分の辿り着いた本心に愕然とした瞬間。パーンと、スカートの上から、皮のパドルを叩きつけられた。ただ、一発だったのだけれど、充分痛くて、ただ、一発だったからこそ、痛みと感じなかった。凛の膨れ上がってきたもやもやとした気持ちは一瞬で吹き払われた。
 斉藤は、凛の両腕を掴むと、彼女の身体を抱き起こし、微笑んで彼女の目を覗きこんだ。
「お母さんから、お願いされたからね。もし、凛が、言う事を聞かなかったり、約束を破ったり、悪い事をしたら、僕にお尻を叩かれるんだよ。分かったかい?」
 そして、僕が叩きたい時にもね。
 斉藤は、そんな言葉は告げなかったのだけれど、凛の胸の中に、その言葉はしっかりと刻み込まれていた。
 あの時の凛は、まだ何も知らなかった。いや、あんなにパソコンでいろんなサイトを見ていたのだもの。知らなかったはずはない。パドルで叩かれる少女や女を みつめ、そうして叩かれる自分の姿を想像したりしていたのだ。それなのに、分からなかった。いざ、自分の身に起きてみると、どんな気持ちがするのか。
 凛の差し出したその手の先に、花びらがふわりと乗る。桜の花が咲いている時期は短い。あっという間に花は終わってしまう。若芽が膨らみ、葉を茂らせる。来週ここを通っても、もう、この桜を見ることはない。凛は、自分に聞かせるだけのために、ため息を一つ付き、そして、花のトンネルの向こう側に待っている自家用車へ、視線を巡らせた。
  桜の並木道を通ってから帰りたい。そういう、凛の希望を聞いて、柿崎は、車を並木道の終わる交差点へ移動させ、凛がやってくるのを待っているのだった。最後のゆるやかな坂道を登り始めると、柿崎が、運転席から降りてくるのが見えた。ただ、座って待っているだけでなく、速度の一定しない、凛の歩みをちゃんと見ていた証拠だった。
 凛が、車の前に立った時、柿崎はちょうどよく、後部座席のドアを開けて、彼女が乗り込めるようにして出迎えてくれた。
「桜も、もう、終わりかもしれない。」
 おや?と、言うように柿崎の視線があがって、凛を見つめた。凛が、なにかを話しかけるということは、珍しいことだったから。使用人の姿は、雇い主にはそこにないように、認識されないのが普通だった。
「また、来年も、綺麗に咲きますよ。」
 柿崎の言葉を肯定したのか、それともなんとも思わなかったのか。凛は、ひとつ頷くと、もう、後ろを振り返ったりせず車に乗り込んだ。凛を乗せた車のドアが静かに閉じられ、凛は、外の世界から隔てられた。

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続く
M男性のためのリンク

Category: スパンキング(novel )
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Comments

to ポン太さん

 実は、私は、リアルでは体罰反対主義です。(笑)
だから、打たれる方には
自分の中でそれをどこか求めている矛盾を秘め
打つ方は、建前だけでも、愛情をひけらかし
それを周囲が受け入れるような舞台性がないと
うまく書けないんですよね。
 多分、お嬢様設定っていうのは
そのためにあるんじゃないかなぁ。

 私の中では、ディシプリンスパよりも
ラブスパの方がしっくりきてしまうのもそのせいかな。
叱るよりも、許すためのお仕置きの方が自然に感じられます。
まあ、それだけ話は面白くならないので
凛は、いじわるされまくるわけですが。

 ここまでは、下書きがあったので一気にアップできましたが
ここからは、のんびりモードになると思います。
気長にお付き合いくださいませ。

さやか#- | URL | [編集]
2015/05/13(水) 11:34:50

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