2013
天満月(あまみつつき) 2
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「少将様!大変です。佐保の媛様が、佐保の媛様が・・・。」
入り口を入った途端に、弾けるように転がってきた「みくし子」に、しがみつかれた綾野の少将は、手に持っていた、弓矢を式台の上に放り出して、草鞋を解くのももどかしく、下足のまま宮の回廊を駆けあがった。
駆けながら、思ったのは、ただ1つだけ。「もう、間に合わない。」と、言うことだった。心は逸るのに、まるで水の中を掻き分けていく時のように、身体が思うように動かなかった。女達の鳴き声が御簾を落とした暗い部屋をひたひたと満たしているのが分かった。
なにが起きたのか、聞かずともしれている。まなこの裏によみがえるのは、7つの宮の見回りに出かける少将を、御簾のうちから見送ってくれた媛のほのじろい微笑みだった。普段は、めったになさらないのに、自分が階段を降りて行く間、じっと見送ってくれて、振り返ると小さな白い手の先を、袖の中から出して、振ってくれている主の姿が見えた。
戻ってくるのは7日後だから、特別に・・・とも思われず、なにかしら胸騒ぎに襲われながらも、それを振り切って出発した。
なぜ、なぜ、なぜ。なぜ、自分は気が付かなかったのであろう。あの人を置いて、出かけてしまったのだろう。起こってはならない事。たとえどのような手立てを講じても、防ぎきらねばならなかった事なのに。その前兆を見逃してしまった。いや、見ないようにして置き捨てて出かけてしまったのだ。
彼の媛は、小さく。白く。愛らしい。15歳になったばかりの、幼き媛であった。
名を佐保と呼ばれていた。
宮に住んでいるのは、女達ばかりではない。神事のすべてを行う女達とは対照的に、実務のほとんどを引き受けているのは男たちであった。宮を美しく整え、巫女達の身の回りに必要なものを用意し、衣食住共に不自由のないように。その中でも花形の仕事は宮の警備を行う、侍所の武士たちであった。
少将は六宮のすべての警備を掌握する身分にあった。そして、警備といえば一番にくるのが、それぞれの宮の媛君をお守り申し上げることであった。
幾重にも、仕切りを立ててある、部屋の奥の奥塗籠の中に、佐保の媛はいるはずだった。御簾を下ろし、屏風を回したて、空気すらも動くのをはばかるかのように、清められ、閉ざされているはずの空間。
しかし、板戸を何度も開け、部屋の奥へと踏み込んだ少将が見たのは、部屋の端に抱き合い、うち付して泣いている巫女たちと、その奥にある奇怪な蔓の塊のようなものであった。部屋の中は清めの火を焚いた時のように熱く、そんな大きな化物のような奇っ怪なものが、生きてうごめいているとは想像もつかぬ、どこか、静謐な空間を作り出していた。
天井から生え降りてきたのか、それとも、床から。どちらが上下とも判別がつかない絡まりあったその中に、少将は、崇拝していた媛の白い身体を見つけた。
身に一糸もまとわず、素裸であった。いや、手首の先から、身体を覆っていたはずの、破り取られたかのような袖が絡まりついている。いつもは、美しく梳られて整えられているはずの黒髪も、乱れ、身体に張り付くように絡まっていた。
その珠のように美しかったはずの佐保の媛の身体は、ふたつに折り曲げられ、覆うように絡まりうねっている蔓の中に閉じ込められている。
少将は思わずに踏み込み、腰に下げた刀を引きぬいた。身体が勝手に、媛を救い出そうと蔓に斬りかかろう としたのだ。しかし、抜いた刀を振りかぶるまもなく、部屋の中で小さな雷がひらめき、少将の体を突き抜けた。両手に掴んでいた刀がはじけ飛ぶ。
仰向けにのけぞるその真っ青な媛の顔が、ゆらりと向きを変えて、少将の方へと向けられた、眉を寄せて少将に向けられたその苦しげな表情をした媛の身体は、痛みとも、震えともつかぬもので、うねった。
「ああ・・・。」
蔓は四肢を絡めとり、媛の細いたおやかな身体をねじり上げ折りたたむ。まだ女になってはおらず、少女のように、細い媛の身体が、痛みにねじれる。その白い頬を珠のような涙が滑り落ちた。
「少将・・・許して・・・。」
苦悶と、哀願と、絶望と、そして諦めと・・・。
「媛様!!」
彼女を捉えているのは、誰あろう月神の御業であり、真っ白な青みがかった身体にはしる、薄紫や、青みを帯びた打ち傷は、現世に出現した神威の代わりである部屋いっぱいにのたくっている。動かぬはずの植物がずずずっと這いまわり、振り回す度に作られたものであろう。その不気味さ。消えずに残った行灯が部屋いっぱいのそののたくる蔓の影を描き、また、その中で力なくもがく、女の身体の線を映し出していた。
何が起こったのか聞かずとも分かっていた。媛は・・・穢れに触れてしまったのである。
3に続く
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