2010
舞姫・2
半年ほどの間通った、社交ダンスのレッスンは一向に上達の兆しを見せなかった。ステップを覚えるのは簡単だったし、スタイルもまあまあの私は、例のきらきらイケメン教師の腕にしがみつき、ふりまわされて、くるくる廻った。
でも、鏡に映る動きは、どう見ても、オルゴールの中の人形の様。ワルツやクイックのようなダンスは、まだしも、タンゴやブルースになると何か物足りない。ましてやルンバやサンバのようなラテンダンスとなると、お手上げだった。
そんな時に、私をダンスに誘った友達が、上のクラスのアマチュア試験を受けるので、見学に行った。私と大差ないダンスを踊る人もいるけれど、私の友達は、ダンス歴も長くて、パートナーも教室で仲良くなり付き合い始めた社会人で、おまけに本人いわく相性もばっちりなせいか、とりわけ光っているように見えた。
うまいなぁ・・・。うらやましくて、ちょっと胸が煮えた。先んじて習っていた2年という時間はともかく、同じステップひとつとっても、どこか、セクシーで、色っぽい。爪先が床をなぞるように擦れて行く時の膝が描くラインも、腰が揺れる様も・・・。思わずため息が漏れた。
「もっと、うまく踊りたいのか。」
話しかけられて、びっくりして振り向くと、そこには、あのダンス教室の教師が立っていた。ジプシーのテントをランタンの灯りを頼りにくぐる占い婆の後ろに片足を立てて座っているような、いびつで黒い男。何にも動じず、動く度に、風が吹く。草原の風が・・・。
「先生。あ・・・・・踊りたいです・・・。」
小さな声で返事した。私は、この教師が怖い。とても怖いのだ。怒ったりする訳じゃないのは知っているが、低い声は、逆らう事を許さないかのように地を這う。
「性の喜びを知らないとね。」
それが意味するものに思い当たり、私は顔を赤くした。男を知らない訳じゃないけど、知っているかと言われればたいした経験のない私は、色っぽさからは程遠いのかもしれない。最初の彼も、二番目の彼も、そして、こないだ別れた三番目の彼も、私を大事にしてくれたけど、ただ、それだけだった。
でも、セックスに長けているからと言って、うまく踊れるなんて嘘。私は、ちょっと反抗的に教師を上目づかいで見た。教師は、私が納得してないのに気が付いたのだろう、微苦笑して、ちょっとかがむようにして、私の横顔を覗き込んだ。
「信じてないね。」
首筋に暖かい息がかかり、私は、ぞくっとして、首をすくめた。酩酊するような感覚が背筋を這い上る。そんな事は初めてだった。私は、何気ない教師のそんな振る舞いに、なぜそんなふうになるのか不思議に思った。知らず、思わず、覗き込んで来る教師の瞳をみつめかえす。黒い・・・虹彩が分からないほどに真っ黒な相手の瞳を。
何がどうなったのか分からないけど、だからって男と遊ぶつもりなんかないとむきになって抗弁する私を、教師は、困った娘だなぁ・・・と、雛鳥を見るように優しく笑った。セックスはむしろ関係ない。セックスしなくても身体が男に触れる喜びを覚えてる事が大切なのだ。求愛のダンスだからね。知らないものは表現できない。
そう、私は何も知らなかった。男の言う事がよく分からなかった。教師が私の腰を何気なくホールドして引き寄せた時、その掌の厚みと暖かさに、思わず腰を相手の身体に押し付けてしまっていた。ごく当然の動き。あまりにも自然な動き。何の疑いも抱かせない、自信のあるリード。
しなくてもいけるかどうかためしてみるか?服も脱がずに、性器にも触らないで。私はあれやこれやと反論しながらも、男の導くままに競技場を出て、人通りの少ない裏道を曲がり、どことも知れぬ草むらへ連れ込まれ、そしてそこで男とダンスを踊る羽目になったのだった。
→舞姫3へ続く・・
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