2008

12.05

ね・ネット調 教・12(最終)



初めから読む

焼かれ、焼きつくし、身を滅ぼすのが定めと知る


 

「さて、望んでいたのはどちらの方かな?」

「ゆみかが、そうしたのは、私に命じられたからだと確かに言えるかい?」

「ゆみか自身は、本当にそれを全然望んでいなかったと?」

「君が従っている私という存在はだれだ?」

「この文字を綴っている人間が本当はどんな人間なのか考えた事があるかい?」

「私、私、こんなに長い時間をあなたと過ごして来たのよ。あなたがどんな人だか知ってるわ。だから、私、私・・・、あなたの全部見せるって約束したのにっ。」

「では、現実の世界で私に会った時、目の前にする男に、君が嫌悪を感じないという保証がどこにある?君は私の歳を知らない。私の容姿も、職業も、本当の意味でどういう性格なのかも、どんな声で話し、どんなしぐさをするかも知らない。その事をよく考えてみた事はあるか?
会えば、幻滅し、こんな男に従うのが嫌だと思うかもしれない。」

「君を支配しているのは、現実の男では無い。君が作り出した幻想。文字の中だけの物。本当の私ではないんだ。実際に会えば、ゆみかは、くるりと背を向けて逃げ出し、私の事を二度と思いだしたくもないと言う可能性を考えた事はあるかな?」

「君が従ってるのは本当に男だと?女である可能性を考えた事はないのかい?私が、今現在、他の女を抱きしめながら、君のその姿を嘲笑っていないと信じる根拠はどこにあるんだ?」

「それでも・・・」

 私は、いっぱい涙のたまった瞳を見開いて、流れる文字をただ見つめた。

「それでも、私に従いたいと言うの?君を握っているのは悪魔かも、人殺しかも、ああ、そんな見目の良いものですらなく、薄汚い腹の突き出た親父かもしれないと思った事はないのか?
本当に、そんな男に会いたい?受け入れられない現実と向かい合いたいのか?」

 喜びがすっかりと抜け落ちて、足の先から段々と冷え固まった身体に、どっと血の奔流が戻って来た。何も考えられず、ただ、勝手に言葉がほとばしり出て来た。自分でも知らなかった、何かが、胸の中から、押さえようもなく、溢れ出してくる。

「だとしたら、望むところだわ。嫌がる私を捕まえて、殴りつけ、無理やり引きずって、はいつくばらせて、足蹴にすればいいじゃありませんか。閉じ込めて鍵をかけ、泣き叫び、助けを呼ぶ私を思いのままになさったら?酷い目に合わせて、めちゃくちゃにすればいいのよ。支配するために!私の意志を奪い、ぐうの音も出なくするためにっ!」

 肩で息をしながら、自分自身が言った言葉に呆然とした。何と言う事を。これが、私の本音なの?信頼や、愛はどこに行ったのだろう。一緒に過ごした長い時間を埋め尽くしていた、あの心地よい、共有して来たその気持ちは?

 長い沈黙の後に、コロロンと、いつもの音が私を呼ぶ。

「わかった。そうしよう。」

 その瞬間、自分が引きかえせない闇の中へ足を踏み入れた事が分かった。まったく正体のわからぬ男に自分を引き渡し、自分の人生をめちゃくちゃにする権利を渡してしまったのだ。自分自身の手で、悪魔を呼び入れて、契約に署名するように。
 私の心の、奥底に眠っていた、願望が姿を現し、私はそこへ身を投げ入れた。一度、押されてしまった刻印は、二度と消えず、たとえ、男がそう振舞わなかったとしても、もう、二度となにも無かった昔には戻れない。
 私は、自分自身がどんな女なのか見つけた。主を見つけたと確信出来てもいないうちに、自分自身を売り渡してしまった。
 気がつくと、あふれた涙が、びっしょりと、頬を濡らしていた。ぽっつりと、闇の中に放り出されたように、頼りなく、寂しく、一人ぼっちのような気がした。

「ゆみか。」

「いまのうちに、好きなだけ泣くがいい。」

「それでも、私は、おまえを愛おしく思うよ。そうして、見知らぬ男に、身を任せるお前を・・・。」

 私は、もう一度、背もたれにしがみ付いて、声をあげて泣いた。私は、見も知らぬ男の物になり、そして、その事が、嬉しかった。嬉しくもあり、恐ろしくもあり、それでいて、私は、例えようもなく孤独だと言う事に気がついた。




 現実の世界で、蓮さんと会う日が着た時に、駅の改札口で待っていたのは、わたしの運命そのものだった。
「やあ。」
ネットで聞いていた、あの言葉が音声となって流れ出した。想像していた絶望も、戸惑いすらも無かった。私は・・・ただ、春の日差しのように差しのべられた手に、跪き、口づけた。

 初めまして。


 そして、これからの人生をすべて、あなたに・・・。





Category: いろは歌留多
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