2008
ね・ネット調 教・4
「ひとつあなたに聞きたいな」
「何ですか?」
「あなたのような綺麗な女性が、なぜ、毎晩ネットの中にやってくるの?私のような誰とも分からぬ男と話すために。あなたの恋人に悪いような気がする」
「私、そんなに綺麗じゃないです。それに、お付き合いしている方、今は、誰もいないんです。」
嘘だ・・・・。私は、自分の容姿が男の人に与える印象には、自信があった。小さい頃から、可愛い、綺麗、と言われる事に慣れ親しんでいた・
「ほんとに彼はいないの?」
「ほんとよ」
「だって、私、どこにもいかないで、ここにいるでしょ?」
言葉に出して気がついた。私は、何もせず、どこへも行かず、毎日、まっすぐ、PCの前に戻ってくる。蓮さんの所へ戻ってくる。
「でも、そんなに綺麗じゃないって言うのは・・・・謙遜だね。」
考えていた事を、言い当てられて、私はひやっと背筋が凍る。キーボードの上の指が動かなくなり。私の頬はこわばった。
「このカメラはずっとつなげて置けるのですか?」
「ゆみかさんの一部始終をずっとみつづけれるのですか?」
「ええ、つないでいれば、ずっと・・・・」
どこか、怖い・・・。なぜか、心細い。私の声は震えた。
「ほう・・・・・。」
「毎日、あなたをみていたいな。ゆみかさんのすべてを。」
「無理かな?」
私は、びっくりした。言われた事の内容では無く、もどかしく、縮まらなかった距離が、突然無くなり、蓮さんの部屋と、私の部屋が繋がったって、一つの空間になったような気がしたからだ。
私は丸くなり、彼の掌の上に乗る。そして何も考えずに、まどろむ。
「いいえ・・・・。ほんとに、見ていてくださるの?」
聞こえてくる自分の声には、まったく、現実感が無かった。
「では 約束しましょう。ゆみかは家に帰って来たらPCを起動してカメラで、私に生活のすべてを見せる。そして、また、翌朝、仕事に行くまでカメラを切ってはならない」
「できますか?約束をして、それを破るようなら、私はあなたを許さない」
返事をするのも忘れて、その言葉が私を絡みとろうとしているその瞬間を、私は味わい尽くそうした。貪欲に舌をのばしてしゃぶるように。次の瞬間には、消えてしまう喜び・・・。自分の中にそっと耳をすます。何かが起ころうとしている。捉えられ、逃れられなくなる。巻きついてくる、何ものとも知れぬ物が。周囲の闇が急速に縮まり、私はどんどん小さくなっていく。小さなガラスの壜に入り、誰にでも引き渡せるように小さく。どこへも行けず、誰にもふれられない。容れ物の中に入った私。
応えれば、どうなるか分からない。でも、約束しなければ、私は、これを無くしてしまう。大きな掌の上にいるような・・・この心地よさを。
「無理ならば約束はしないでおきましょう
すべての意味はわかりますか?
本当にすべてですよ?
寝ている姿も
服を着替えたり
お風呂に入ったり
自分自身を慰める時間も
それから、トイレの扉も開けて
私に見えるようにして用を足す
ずっと
ずっと
私はずっとあなたを見ていたいと思います
ゆみかのすべてを」
ああ・・・これを振り切って逃げるなんて、私にはできない。・・・・ううん、したくないんだ。私は、彼に、捕らわれたがっていた。彼に支配される事を望み始めていた。でも、そんな事が出来るんだろうか?何もかもすべてだなんて。今、ここで、約束したら、もう、後戻りはできないの?嵐のように、めまぐるしく、変わっていく揺れゆく状況と、ガラスの中の小さな私はまるで別の人間のようだ。
誰かの手の中の容れ物に入って、私の存在は、私の物では無くなる。食べるのも、眠るのも、起きて、歩いて、服を着て、そして息をする事さえもすべてが、誰かのためにだけにある。そんな生き物になった私。なにも、考えず、ただ、丸くなって眠るだけの猫のように。
「ええ・・・」
「本当に 本当に大丈夫ですか?今なら断られても私は失望したりしない」
「それは、私が断っても、蓮さんは、メッセをやめないって事なの?」
「そうですよ。ここでその約束をしなくても、メッセはずっとつながっている。何も心配する事はありません」
生きにくい日々。私がずっと不思議に思っていた、その謎の答えが、この先にあるような気がした。それとも、それはただの錯覚なのだろうか。自分の中に現れたその迷路の扉を開いて、私は、自分自身を誘いこむ。自分自身の足で私は迷路に踏み込んで行く。
そして、自分の手で扉を閉めて、鍵を掛ける。もう、決して逃げられないように・・・・。
「約束します。蓮さんに・・・・・蓮さんに、全部を見せる事を」
「約束した以上、もう、あなたは私の物」
突然、自分が約束した現実と、その事の意味する恥ずかしさに捉われた私は、そのまま、ネットの中に、消えてしまいたかった。そんな約束をする自分を、蓮さんに曝け出してしまった事が。
「もう、あなたは私から逃げられませんよ。」
とんでもない事を約束し、自分を異常な空間に閉じ込めてしまった。けれど、その鍵を握っているのは自分自身。PCを、切ってしまいさえすれば、何もかもが、無かった事になる。
「ゆみか?」
「ああ、私・・・・・」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫。・・・・・・大丈夫です。」
「そう、でも、もう、時間も遅いし、そろそろ:寝なさい。」
もう少し話していたい。でも・・・そう、主張するのはいけない事のような気がした。
「おっしゃる通りにします。もう寝た方がいいの?」
「寝ている間も、ずっと見ているよ。明日も、そしてこれからもずっと・・・・・」
「では、服を脱いで、ベッドに入って」
服を脱ぐ?カメラの前で?
私は、約束した。この人に・・・
本当の名前も知らず。住所も知らず、顔も知らない。ネットで会ったばかりの人に。私のすべてを見せると。
今までの私がしてきたこととは全然違う。
分け合う快楽はSMだと言っても、今までの事は、恋人をネットで探しているのと変わらなかった。だんだんと親しくなり、携帯メールを教え、画像をかわし、電話をかけて・・・。お互いの姿を観て、住所を知り、現実に会う。その途中で、相手が気にいらなかったら、そこで終わり。それなのに、今、私は、存在すらも確かじゃない人の前で服を脱ごうとしているのだ。彼の紡ぎ出す文字だけを頼りに・・・。その言葉だけを信じて。
逃げだしたいような恥ずかしさと、しようとしている事の異様さと。それから、不思議な恍惚感に酩酊しながら、私はブラウスのボタンに手をかけていた。
続く・・・
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