2008
ね・ネット調 教・3
それからは、毎日、彼と言葉を重ね続けた。丁寧な口調で、優しく「ゆみかさん」と、呼んでくれる蓮さん。時々、突き放すように「ゆみか」と強い口調で言う蓮さん。でも、私はどこかもどかしくて、物足りなかった。蓮さんは、私の事欲しくないの?いつまでたっても私たちの距離は縮まらないよう・・・。
驚かせてみたい。そして、私をもっと好きになってもらいたい。ううん、そんなのだめ。だって、私はMなのだし、じっと待って、ご主人さまの言うとおりにしなくっちゃ。
・・・・・ううん、違う。
この人は私の主人じゃない。私は彼の所有物じゃない。私は受け入れてもらえなかったんだった。私たちの間には、つながりがなにもない。メッセをきってしまえばそれっきり、二度と会えなくてもどうしょうもない。眠りにつく時にはその人の名前を呼び。朝起きれば彼の言葉を思い浮かべる。昨日話した事。一昨日話した事。その前の日に話した事。頭の中でその会話を順に辿って行く。
緑のランプを見れば喜び、グレイになっていれば、寒々しさに震える。人差し指で画面をそっと撫でて、それからきつく目を閉じる。膨らんでくる思いを、押し殺す。だめだめ、考えちゃダメ。私たちはなんでもない。ただメッセを交わすだけの間柄なんだから・・・。
「カメラがあるの。私の身体をみてくださらない?」
繰り返す楽しいはずの雑談が、ぷっつりと途切れた。ああ、また、やってしまった。毎回、後悔しているのに、なぜ、自分から、責めを求めてしまうような事を言ってしまうのだろう?これじゃあ、思い描いているようないい下僕になんてなれっこない。
「ほう」
「ゆみかさんの身体。きっと綺麗でしょうね。あなたの声を聞きながら、よく、きっとこんな女性なのだろうな、って想像しているんですよ。」
「よければ、見せてください。」
「それとも」
「命令されたい?」
私は動けなくなり「命令」という文字をみつめた。そして、何も考える事が出来ないうちに、USBにカメラを引き寄せるとディスプレイにクリップで留め、その接続を差し込んでしまっていた。映像通話のアイコンをクリックする。そして、蓮さんが応じるのを待っている。その時間が、長く、長く・・・。周囲の風景がぼんやりとしてきて、ただ、自分の、心臓の音だけが聞こえてくる。
すべての現実が遠ざかって行くような気持ちを、何と表現したらいいんだろう。暗い穴の中にじっと身を潜めて、息をするのも忘れて、画面を見つめる。そして・・・・・
蓮さんの承認の合図を待っている。
「承認されました。」その文字は、暗闇にひとすじの光が差し込んで来るように、私の胸にまっすぐに飛び込んでくる。
「はじめまして ゆみかさん」
「見えている?」
「見えてるよ」
私、今・・・・・・・・・蓮さんに、見られているんだろうか?
「へぇ・・・」
一方的に観られている事に、どこか頼りなく不安な気持ちがする。今までの相手は、お互いに、カメラを持っていたから、カメラを繋ぐ事で相手の姿も確認できた、見られているというよりは、会って話す事に近い感覚だったのに。これは、全然違う。
「思っていたより、綺麗なんだな」
「そう・・・」
「とても、美しいね・・・」
そして、蓮さんの、文字の誉め言葉は、どこか、足場が無い中に浮いているような感覚を私にもたらした。持ち上げる、そして、突き落とす。蓮さんの姿が映るはずの窓の下に、カメラに映る自分の姿を確認する。蓮さんの眼に映っているはずの自分の姿は、四角い窓の中で迷子になってしまった子供のように、頼りなげな様子に見えた。
どこかへ・・・辿り着きたい。
誰かに・・・縛られたい。
そして、身体を裏返して、中身を全部与えたい・・・・。
続く・・・
