2008
お仕置き・62
琴音・8(第二部・義母)を先に読む
琴音・16(第三部・義父)を先に読む
琴音・20(第四部・お披露目)を先に読む
★琴音・28★
ひゅうううぅうぅん・・・・。
遠ざかり、ひるがえり、風を切る。
衝撃は、彼女の身体を引き裂き。反射的に、吊られた足首を中心に身体が反り返った。
「きゃあああああああああぁぁぁ・・・・っ!」
じゃらん・・・!と、鎖が鳴り、揺れるスチールバー動かなくなるまで、智也は待った。次の一打を入れるのはその後だ。妻が、痛みと絶望を味わい尽くし、気を抜くその瞬間を狙って次の一打を入れる。
彼女は僕を怨んでるだろう。こんな目に合わせる、夫に裏切られたと思っているだろう。「仕置き」という、言葉の意味。行為の意味を見失っているだろう。
智也は歯を食いしばった。妻の悲鳴、痛み、苦しみはすべて自分がもたらしているのだった。

なぜ、こんな事を?なぜ、こんなしきたりを?おそらくは、何度も何度も。打ちすえられる女たちの胸の中をよぎるその思いが、今、執行者として、妻を打つ自分に向けられてくる。
誰も分からない。誰も知らない。なぜ、こんなに魅せられてしまうのか。続けられてきた。家をひとつに、一族を一つに纏め上げて来た。そのしきたり。
禍々しく、・・・それでいて、男たちを女たちを、捉えて離さなかった毒をはらんだ蠱惑。それがもたらす残酷な喜び。それが、今、智也の胸のうちに溢れだしていた。

「ひいいいい・・・いいいぃいぃ・・・・。」
痛みにあげる悲鳴も、もう掠れがちだった。琴音の瞳は虚ろになり、ただ無意識に硬直し、跳ねあがり、弛緩する。智也は手加減することなく。ケインを振りかざし、振り下ろした。
皮膚が裂け、血が滲み出す。痛みが、身体中に満ち、膨れ上がり、そして、弾ける。
十打目。
智也は渾身の力を込めて、彼女の身体を引き裂いた。ばらばらになり、壊れ、崩れていく想いが、空中に弾けた。部屋に詰めていた人々は、しん・・・・っとして、伝い落ちる赤い血をみつめている。
その静まり返った座に、鎖が揺れる音だけが、聞こえていた。

すべてが終わった時、琴音は呆然と宙を見つめているばかりだった。時々痛みに身体が痙攣する。枷を外し、台から降ろされた琴音は、立っている事も覚束ない様子で、自分の身体を支える事も出来ずよろめいた。裾をかき合わせてやり、妻を抱きあげて、智也は軽く黙礼すると部屋を下がった。後は、両親が、ひとりひとりに酒のふるまい。座はお開きになるはずだった。
琴音がどう考えようと、彼女の身体を分け合った皆は、もう、彼女を当主になる男のつれあいとして認め、決して無礼をふるまう事はな無い。彼女を打ち据えられるのは夫である智也だけになり、父も母も、もう、彼女を仕置きする事は無くなる。

人の視線の無い部屋に戻ると、琴音は関を切ったように泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、何もかも吐きだしてしまうかのように激しく泣きむせんだ。そして、泣きながら、しゃくりあげながら、抱き寄せる夫の腕の中で丸くなって眠った。幼子のように、何も考えず、なにも思い悩まず、絞りつくした体力の抜けた身体が要求するままに。
さて、この後、二人がどうなったのか、皆さん、知りたいですか?
答えはすべてあなたの深淵の中にあります。琴音が見つけたもの。智也が見つけたもの。私が見つけたもの。そして・・・あなたが見つけたもの。
勇気があるなら覗きこんでください。けれど、覚悟が無いのなら覗かない方がよろしでしょう。それは、一度越えると、戻って来れない道の始まりかもしれませんから・・・・。
