2007
18の春

因果な仕事をしておりましたが、まだまだ、駆け出しですので、頭の中だけで絵に作り上げられるほどの実力はございません。
どなたかにモデルになっていただかねば、首のねじりも腕の位置も決めかねるような状態でありましたので、師匠の仕事場に、張り付いて命じられるままに、紙の準備をしたり、絵の具を混ぜたりする合間に、お仕事のために呼ばれてくる女性をそっと盗み見ては紙に写すような事をしておりました。

ある日の事でございます。丁度、手配していました女性が、急に具合が悪くなったという連絡があり、師匠は奥様を呼び寄せられて、代わりを務めるように命じられました。もちろん、お二人のご様子からすると、それは初めての事とは見受けられませんでしたが、わたくしが内弟子に入ってからは、ついぞになかったことでございました。
奥様は、真っ赤になられて、わたくしの方をちらりと見ると、すがるような視線を夫である師匠の方に向けられましたが、師匠はそれを分かった上で代わりをするように命じられている事はあきらかでございました。

奥様は、溜息を一つつかれ、夫が要求するままに腕を差し出されました。手馴れた縄捌きであっという間に奥様は後ろ手にくくりあげられ、裾は愛する男の手で捲りあげられました。わたくしは息を呑み、震える手で紙を広げ、いつものように手早く作品に取り掛かる師匠の横で、手習いのように、美しいそのお姿を紙の上に写し取ろうといたしました。

一枚、また、一枚と新しい和紙が伸べられていく毎に、少しずつ少しずつ、奥様の着物も乱されていきます。裾を捲られ、押し倒され、脚を拡げられ・・・・。裾除けをはだけられ・・・。絶対に男の目に晒されぬはずの女陰の影がちらりと零れます。
奥様の溜息がかすかに漏れたような気がいたしました。ふと見ると立てられた膝は、細かく震え、背けられた首筋は赤く、そして、その身体から揺れる様に立ち昇る香の香りに、部屋はだんだんと熱くしめってくるかのように思えてまいりました。

『帯を解いて、襦袢になってくれないか。』
一旦縄を解いた後に、師匠は、低い声で着物を脱ぐように命じられました。奥様は、もう、わたくしの方を見られませんでした。もう、わたくしは無いもののように、振舞われる事だけが、救われるただひとつの方法のように・・・・。ただただ、ひたすらに夫の横顔をだけを見つめて、奥様は帯を解き始められました。

縛り絵の行き着く先が、どのようなものなのか、ご存知でいらっしゃったでしょうに。奥様は、決して、わたくしをさげてくれと夫に訴える事はありませんでした。
ただ、一枚、新たな紙が伸べられる度に、苦しそうに眉を顰められ、辛そうにいやいやと首を振られるのでした。
遂に、その素肌を晒さねばならない時が来た時には、奥様はしばらくじっと耐えるように俯いておられました。師匠はただ、黙って筆を走らせて、その羞恥に苦悩する奥様の表情を写し取られておられました。

いままで、ずっとやわらかな絹の着物に包まれておいでだった、たおやかな女性の白い身体が、するりと向き身の卵のように現れた瞬間。あたりにぱあっと、香の香りが拡がりました。まるで、その香は着物に焚き染められていたのではなく、奥様の身体の芯から沸き立っているかのようえで、わたくしはただひたすらにうっとりとその香りをきくばかりでございました。

「いや・・・・。」
「恥ずかしい。かんにんして。」
「あなた、許して。」
その後は、奥様は黙って耐えられなかったのでございましょう。ひと縄ごとにか細い声で哀願され、涙を振り零され、打ち震えておられました。
白昼夫の前に素肌をさらす事さえも、考えられないような時代だったのでございます。絹のお蚕の中にずーっと大事に守られていた素肌を、弟子にしか過ぎない私の前にさらすだけでも地獄の羞恥だったはず。それを、縄をかけ、身動きできない姿を紙の上に写し取られなくてはならないのでした。

食い入るように男二人の目が奥様を見つめ、ばらばらに引き裂こうとしているのです。わずかな身体のしなり、恥ずかしく震える乳房のふくらみ、尖ってくる乳首、喘ぐ平たく白い腹、そそけたつ陰毛。何も隠すことも出来ず、ただじっと、その身を差し出さねばならないのです。
震えながら、羞恥を必死で堪える奥様の身体がだんだんと熱く、美しい朱色に染まり、うっすらと汗に濡れていくさまを・・・・わたくしは、未熟な腕で、できうる限り、一つ残らず紙の上に写し取ろうと必死でございました。

「ああ・・・・旦那様。お許し。お許しください。」
奥様の足へ、縄を掛けられながら師匠の手が奥様の足の間に滑り込んでいくのが見えました。歯を喰いしばり身体を捻って逃れようとしても、あっという間にその指が二本揃えられたまま差し込まれ、ゆっくりと抜き差しされました。
師匠が何を引き出そうとしてるのか何度も経験して理解しても、他の女人の時のように、絵師の目で見る事など到底出来ない心持で、わたくしは腰を半分上げて膝立ちになり、食入る様に奥様の苦悩する様を見つめてしまいました。男としての本能が沸き立ち、ぎりぎりと歯軋りせずにはいられないほどに興奮してしまっておりました。
とろりと濡れて光る師匠の指が行きつ戻りつする間、奥様はしっかりと目を瞑り、口を引き結んでおりました。
その時でございます。今までしっかりと閉じられていた瞳が、急にぱっと開けられて、無いものとして黙殺していた、わたくしの瞳へ真っ向から注がれたのでございます。男として、憧れぬいたお方に、決して見せたくはなかったはずのその浅ましい欲情に血走った瞳を、奥様はじっと見つめ返されたのでございました。
羞恥と被虐に濡れた女性の諦念の瞳で。
わたくしが一生忘れられぬ初めての恋に絡め取られたのは、その瞬間でございました。
