2007
お仕置き・27
「何のためにお仕置きが必要だと君は思っているのだい?」
煙草の火を付けたクロードはゆったりとした安楽椅子の背に身体を預け、最初の白い煙を吐出した。遊ぶために産まれてきて、一度も仕事をしたことの無い貴種の一人であるクロード・ヴァインリッシュ・ロクフェール・フォン・ハインリッヒ子爵は、細めた瞳の奥から余裕のある視線を私の方に向けてくる。
私自身は決してクロードのように銀のスプーンを咥えて生まれてきたわけではない。だが、どういうわけか私とクロードは非常に気が合った。それで、大学を卒業した後も、こうして腐れ縁が続いているのだった。
「打たれたことが無いんでよく分からないけれど、結局は快感なんじゃないか。お仕置きって言ったって、それに値するような罪を犯したわけでも無いし、そういう罰を与える動かせない関係があるわけでもない。結局は言葉遊びじゃないか。君は相手に痛みを与えたいからそうしているのだろうし、相手だって打たれたいからその関係を受け入れているのだろう?」
「さて、そこが問題というわけだ。」
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腕を伸ばし、灰皿の上で煙草の灰を軽くはたき落としたクロードは同席しているご婦人の方へその視線を巡らせた。私もつられたように彼女を見詰めてしまう。その女性はクロードの女友達の一人だ。クリーム色の仕立てのよいシャネルのスーツに小さな帽子。慎ましやかに揃えられたレースの手袋に包まれた指先が、彼女の育ちのよさを窺わせている。今まで、ほとんど言葉を発しなかった彼女は、二人の男に見つめられた事で頬を赤くして視線をそらせた。
「ミレーユ。キミは僕にお尻を叩かれている時、感じている?」
おいおい。私は心の中で呆れながらも事態のなりゆきを見守った。女性が同席しているこの席での、この話題選びだけでも充分非常識なのに、こうして彼女に質問したことで、クロードと彼女の間の関係が明らかになってしまったからである。まっかになった彼女、ミレーユ・カークランド夫人は困ったような表情で私をちらりと見ると、諦めたように真っ直ぐクロードへ顔を向けて溜息をつくように答えた。
「・・・いいえ。ええ。多分。」
くすくすとクロードは笑った。
「それじゃあ、ちっとも分からない。」
「・・・ああ、だって私にだって分からないわ。」

困ったように、また彼女は僕の方をちらりと見る。どうしたって、社交の席で二、三度会っただけの男にそんな会話を聴かれている事を意識せずにはいられないのだろう。
「お仕置きが好きなわけじゃありませんもの。」
そう言って彼女は自分の綺麗に磨かれたエナメルの靴の爪先を見つめた。
「でも、君はそんなひどい仕打ちを君にする男の傍を離れられないんだね。」
クロードは優しくささやきながらその爪の先まできちんと手入れされた手を、彼女の膝の上に乗せた。びくっと、女は震え、それから意識しない動きでわずかに彼の方へ身体を傾ける。すべてを知り合っている男女の親密さで。
「勘違いしないでね。あなたを愛している訳じゃないわ。」
笑いながらクロードはうなずく。
「そう、君が求めているのが僕ではないことは知っているよ。」
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「ご主人に悪いと思わないの?」
膝に乗せていた手を引っ込めて、再びゆったりと背もたれに身体を預けると、笑いを含んだ声のままでクロードが言葉を続けた。カークランド夫人の瞳がわずかに見開かれて大きくなり、唇がかすかに震えた。行儀良く膝の上に乗せられていた手を握り合わせて揉み絞る。
「ね。そんなこと。・・・出来ないわ。私、フィリップさんがいらっしゃるところで。」
そわそわと座りなおし、困ったようにチラチラと私を窺いながら彼女は必死の面持ちで、さっきと反対にクロードの膝の上に手を伸ばした。その手をクロードの手が軽く握った。
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カークランド夫人がぎゅっと目を瞑り、握られた手をぎゅっと握り返す様子を私は黙って見守った。彼女の呼吸は速まり、目は潤んでくる。ぱあっと首筋まで赤くなり、まるで少女のように恥ずかしげに俯く彼女は、先ほどまでの社交に倦んだような無関心さで座っていた上流階級の取り繕われた美しさは微塵も残っていなかった。瑞々しい野の花が咲きほころぶ瞬間のような、思わず自分のものにしたくなるような可愛らしさ。
その様子から、彼女がけっして「お仕置き」を嫌がっている訳ではない事は明らかだった。不思議な事だがほんとうだ。痛めつけられることに性的快感を覚えるという講釈から受ける陰惨さとは裏腹に、彼女が見せるちょっとした羞恥の表情は、誰が見ても美しく愛らしい。
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「ああ・・・。嫌。お願い・・・。そんな事。させないで。」
途切れ、途切れに呟くように押し出される言葉は、まるで愛の睦言のように聞えた。お仕置きを嫌がっているというよりも、ケーキの上に絞り出されたクリームの上に乗せる赤いイチゴのように。多少の酸味と彩りを与えるために紡ぎ出される言葉。もじもじと腰を動かして恥らう様がまるで誘っているようだ。
だが、おそらく、もう、どうするかは決まっているのだ。クロードが最初にこの話題を持ち出した時から、それ以前に、彼女がクロードの家にやってきた時に、偶然にも私が居合わせている事自体が子爵の計算づくの行為なのだろう。隠しておきたい情事をついうっかりと表に曝け出すような男ではない。
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クロードはにっこりと微笑んで、彼女の握っていた手を離すと、その掌を上向けて促すようにちょっと振って見せた。その手を絶望と羞恥のないまぜになった瞳でカークランド夫人は見つめていたが、やがて胸元を押さえて立ち上がった。再び私の方へちらと視線を巡らす。それから、この部屋から出て行くことの出来るドアを。迷っている訳では無い。ただ、そのドアから出て行くことが出来たらどんなにかいいだろうという想いが表れた視線。
私がそこにいる事を彼女は楽しんでいない。それは、分かった。出来るものなら、逃れたい、と、本気で希求している事も。だが、それとは反対に、美しく上気した彼女の頬も、とろんと潤んで濡れたような瞳も、この事態が彼女にもたらした性的興奮を露にしているのだった。
続く・・・
