2006
お仕置き・8
俯いて恥ずかしそうに、逡巡していた彼女だったがやがて顔を上げると、私の瞳を覗き込んで、ささやきかけてきた。
「お仕置きは?」

「お尻を叩いて貰いたいの?」
不思議そうに頭が傾けられる。
「だって、あなたはそのためにお父様に呼ばれてきてるんでしょ。私のお尻を叩いて、私が男をベッドへ引き込もうとするのを止めるために。」
「君は、そんなに次々と男を誘惑してるのかい?」
いたずらっ子がいたずらを見つかった時のような反省の表情で、彼女は俯いた。
「まだ、三人。」
顔を上げると子供っぽく口をとがらせて訴える。
「だって、彼は、王都へ戻って行ってしまったし、あの男は、最近ではやってこない。誰かが私のお尻を叩かないといけないんだよ。そうしないと、世界を毒で染め上げてしまう。」
「君はお尻をたたかれるのが好きなの?」
彼女はびっくりしたように口をつぐむと、困ったように視線を周囲へ巡らせた。
「好き?」
「だって、痛いんだろう?泣いてしまうほどに・・・。」
「好き?・・・ああ、分からない。でも、あまりにも罰をもらえないと、体が熱くなって悪いモノが足の間の身体の中心から溢れてくる。落ち着かなくて眠れない。それに・・・欲しいでしょ。あなただって。だって、彼が言っていたよ。あなた達は私に罰を与えることを喜ぶだろうと・・・。」

その通りだ、あまりにもむごいことだが、彼女はどこか男の加虐心を煽る不思議な魅力があった。理由もなくひどいことをして泣かせてみたくなる。彼女の顔がゆがみ、苦しみに悲鳴をあげ、自分の膝に必死でしがみつく所を見てみたいと思う欲望を・・・。
どうしたものだろうか。彼女の罪でもないことを理由に、お尻を叩くことには躊躇いがある。だが、叩かないことが彼女のためであるのかと訊かれれば、なんと答えればいいのか分からなかった。確かにこのまま彼女を放ったらかしにしておいて、誰彼の見境無しに男の袖を引くようなまねをさせるなんてとんでもない事だった。その行為をやめさせるために私が選ばれたのだとすれば、私が彼女のお尻を叩いてやるべきなのだろう。彼女の性の相手をして、彼女がこれ以上傷付く事が無いようにし、彼女の秘密が外へ漏れないように堅く口をつぐんでいるべき役目。その役目のために、私が選ばれたのだとすれば、伯爵の選択肢も非常に納得のいく物だった。有力者の係累のない学生でしかない私など、伯爵の考え一つでいくらでも闇へ葬る事は可能なのだから。

あれこれと悩んでみても、答えは出そうになかった。いや、悩んでみても何の足しにもならない。ここへ来ている事が、すでに伯爵の命令を受けての事なのだから。だが、夏の休暇が終われば、私はまた学問所へ戻る事になる。彼女はここに置き去りになるのだ。伯爵は、その事はどう考えているのだろうか・・・。かすかな不安と罪悪感そして、それを上回る欲望。私は、その欲望に身を委ねた。
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