2012

07.31

白昼夢2

 この物語はあるサロンの書き方講座から生まれました。起承転結の物語の起と承の間に、サロンの執事さんが短い文章を書いてくださいます。その文章を受けて承転結を書く練習です。執事さんは、以前SM雑誌の編集をされていた方です。

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 見慣れない建物のはずなのに、それを知っていると思うのも私の悪癖のひとつ。そして、思い込みが多いのは迷子になる人の特徴。
 でも、その大きな建物には確かに覚えがあった。子供の頃、悪いことをすると親が「そんな子はあそこの幽霊病院に入れてしまいますよ」と、脅したところの廃屋だ。私は建物の前でキャリーを止めてしまった。入りたい。でも、そんなところに入っている時間はない。ただでさえ迷子で予定の時間が大幅に狂っているのだ。だいたい、廃屋だからって入っていいというものでもない。でも、やっぱり入ってみたい。
 そのとき私はその廃屋が子供の時に見た記憶のままであることの不自然さには気がついていなかった。





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 入り口を入るとそこはガランとしたホールだった。置き捨てられた壊れかけた家具や、外れてしまった建具がそこかしこに立てかけてある。割れてしまったガラスの窓には外から板が打ち付けられていて、その隙間から細い日の光が漏れているだけなので薄暗い。足元には、たまに入り込む人達がそこここで、コンビニの弁当を食べたのか、ビニール袋やプラスチックのトレイや潰した空き缶が散らばっていた。
 病院によくあるカウンター式の受付、そしてその向こうに真っ直ぐ行く通路と右へ曲がる通路が伸びている。診療室のドアが等間隔で並んでいる。

 私は落ちている物に躓かないように、足元を確かめながらそろそろと進んだ。キャリーバッグは、玄関のところに置いてきてしまった。それを引いて歩けるような床の状態じゃなかったから。
 なにもないところで転ぶことが出来るのも私の才能。障害物がある時はよけいに・・・。まっすぐ伸びている通路に並ぶドアは壁と同じようなグレイの合板のドアだった。いかにも病院の診察室。多分その向こうには机と診察用のベッドが同じようにならべられた部屋が並んでいるのだろうと想像させるような。突き当りの出口に小さく開けられた四角いガラス窓から外の白い光が差し込んでいる。
 反対に右側はどうだろう。明かり取りになる窓もなく、並んでいるドアもそしてその向こう側も、ねっとりとその場所にうずくまっている闇の中に消えて行っている。
 行きたくないのに、惹きつけられるように、私は右へ曲がってしまう。

 小さい頃からの私の定番の夢はいつも同じ。

 殺される夢。殺す夢。

 たとえば、階段を転げ落ちて縁側のガラスに突っ込む夢。まぶたの上から血がしたたり、真っ赤になった世界の向こうから包丁を持った母がゆっくりと降りてくるのが見える。私の手首を切り取りに来る母が。
 殺す夢はもっと悪い。鉈を振りかぶって打ち下ろす。何度も何度も何度も。私の心を埋め尽くすのは怒りだけ。してはいけない事をやっているのが分かっているのに、背中を這い上がる、せり上がってくるような、締め付けるような何かに追いかけられるように。私は父の体に鉈を振り下ろす。

 そして廃屋になってしまった病院の中の通路を歩いている夢。突き当たりにあるのは黒い大きな石の扉。その中に私を生きながら臼で轢き殺してくれるあの人が待っている。顔を持たないあの人は、懐かしく、恐ろしく、そのゴツゴツと乾いた手でやさしく私の腕を引く。そうしてその大きな臼の中に私をそっと押しやる。
 私は臼の中からあの人が覗きこんでくるのを見上げる。微笑みを浮かべて嬉しそうに私を見下ろす愛しい男の顔を。そして臼の取手にかかった分厚い手を。あの人が私の身体に、胸に、腹に静かにゆっくりと触れた時のように。容赦なくその手が臼を回すと、私はあの人を見上げたまま、ただ黙ってぽろぽろと涙を流しながら足の先からすり潰されていくのだ。

 どの夢も、痛みと苦しみとそして絞り上げられるような胸苦しさを残していく。もう二度と二度と絶対にあの扉を開けたくはないのに。私はいつもの様に右に曲がってしまう。暗い闇が広がる通路へ脚を踏み入れてしまう。自ら望んで。自ら進んで。


3へ続く・・




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Category: 物語
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