2020
Trampling

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「処刑人の首輪」
男たちは荷車の上で、皆激しく後悔していた。
私は、シャルル。シャルル・ドゴール。23歳。フランスの片田舎の小さな村で、村長の帳簿付けや雑用をして暮らしている父に育てられた。村は貧しく小さく、村長ですら、租税を納めるのがやっとという有様で、大人になった私は、父にとっては厄介者以外の何者でも無くなっていた。妻をもらう当てもなく、譲ってもらえる土地も無い私は、神父様の書いてくれた紹介状と父に免じて村長が書いてくれた城下の滞在許可証願いを持って、仕事を探しに都にのぼる事にしたのだった。
その年は、春の長雨に続く夏の日照りのせいで、不作だった。秋の終わりには租税を払うと食べるものが残っていない農夫たちが、多く街をうろついていた。農夫が許可無く土地を離れることは、この国では犯罪である。一人二人であれば、街の人の多さに紛れることも出来、足りない人手を補うことで黙認されていた浮浪行為も、職が見つからぬままにたむろっている者たちが増えるにつれ、段々と目に余るものになっていった。
わずかなぬくもりを残した秋の日差しが長く長く影を引く、ある晴れた日だった。まだ職を見つけることが出来ずにいた私は、愚かにも、数日前にようやく受け取った滞在許可証とともに、わずかばかりの小銭と紹介状を、人混みの中で掏摸とられてしまっていた。
行く当てもなく疲れ果て、広場の噴水の側に外套にくるまって丸くなって休んでいた私は、けたたましく鳴く犬の遠吠えで目を覚ますことになった。一斉取り締まりが始まったのだ。私の喉元を掴んで引き起こした兵士は、何を言い訳しても聞く耳を持たなかった。私は、棒で殴られ、突き飛ばされ、地面にうずくまるところを嘲笑われるだけだった。
捕まった男たちは、広場の真ん中に集められていたが、手首を縛られ抵抗できぬままに、一人ずつ小突き回されながら、下履きを引きずり下ろされた。実は、この国の民人は、みな、尻に入れ墨によって戸籍の番号が彫り込まれている。すなわち、それを改めれば、どこの在所のどういう名前の者か、帳面と付き合わせることが出来るのだった。
やがて、私の順番が回ってきた。私は、広場の周囲にずらりと並ぶ見物人の前で服を脱がされる屈辱に耐えきれず、必死になってあらがった。だが、縛られた手首を握った大男は苦も無く私を押さえつけ、もう一人がナイフで結んである下履きの紐をぶっつりと断ち切れば、ズボンはわずかに身体に引っかかっているだけだ。役人が、私の番号を確かめると、不審げにつぶやいた。
「おや、こいつは、農夫じゃないようだな」
すると、ナイフを持っていた兵士らしき男はにやりと笑い
「どうりですましやがって、身体を見られる事を嫌がっていると思った」
と、言いながら、ズボンを乱暴に引き下げた。全ての人の前に私の下半身がさらけ出され、広場は笑い声に満ちた。すると、どうだろう。縮こまっていた私の息子がびくりと跳ねた。
「へえ、たまにいるんだよな。お前のような格好つけている奴に限って、息子の方が恥知らずって奴がな。」
かがんでいた男はナイフの先で、私の性器を撫でまわした。私は激しく震えながらも、身体が反応してゆっくりと勃ち上がってくるのを、何か見知らぬ恐ろしい者のように見つめるだけだった。
番号を全て書き留めると、兵士は、私たちを、口をもぐもぐと動かしてはふんふんと辺りの匂いを確かめているラバに引かれた荷車の上に追い上げた。荷車が言葉少ない男たちを乗せて裏門から城壁の外へと出ると、跳ね橋は鎖が擦れる不吉な悲鳴をあげながら上がって行った。もう、城下へ引き返すことは出来ない。掛け違えたボタンのせいで運命が変わったのだ。
泥に汚れた荷車の床に腰を下ろすと、むき出しの尻に棘がチクチクと刺さる。レンガの敷かれていない石ころだらけの道を走る荷車の揺れは大きく不安定に身体は揺れた。隣に座っている男の下卑た目つきが、一人だけズボンを脱がされた私の、むき出しの尻を嘲笑ってようで、私は一層縮こまって荷車の縁にしがみついた。
堀に流れ込む川沿いのあるかないかの道は、人家もなく、人通りも無い寂しい道である。やがて、川幅が少し広くなった浅瀬の縁に、板を打ち付けられて作られた桟橋があり、荷車はその横へ辿り着いた。槍と斧で武装した兵士たちは、私たちを追い立て次々と縄を切ると、服を脱いで身体を洗うように命じた。
逃げようと思えば逃げられたかもしれない。だが、決心するのは容易では無かった。追い立てる槍の穂先のきらめきと、ぶんぶんと風を切る斧を無造作に振るう兵士たちの目つきが、だれかが変な真似をすれば、代わりに手近な男の頭をかち割りかねないと思うのに充分だった。
やがて手渡しで石けんが回された。それで身体と髪を洗うように言われた時、男たちは不安げに周囲を見回し、お互いに顔を見合わせた。囚われ人の私たちにとっては、贅沢品とも言える石けんは、これから来るであろう運命を暗示していた。私は、恐ろしさに、ただ、石けんを握りしめるしかなかった。
抑えきれないうめき声が漏れ、思わず逃げ道を探して川岸をみやると、先導をしていた兵士たちが脱ぎ捨てた私たちの服を集めているのが見えた。どの服がだれのものか確かめることも無く、ドンドンかき集めていく様子を見ていると、その垢にまみれた襤褸着を持ち主に返す気はさらさらないのが分った。兵士たちは、囚人と目を合わせようとせず、まるで地面に落ちている石ころのように命あるものと思っていないのだ。
暗く重く垂れ込めた雲が空を覆っていた。濡れた身体に冷たい風が吹き付ける。川の中で私は、なすすべもなくガタガタと震えた。胃の奥がずうんと沈み、足に力が入らない。考えないようにしていたことが、今、私の頭の中をいっぱいに占めていた。それは、この川沿いの道が途中で二股に分かれ、一つは外つ国へと続く街道へ戻る道だが、もう一つは、残酷なことで有名なある身分の高い女性の住む黒い大理石で作られた城へと昇って行く坂道へと続いている・・・と、言うことだった。
あなたの国には、処刑人がいるだろうか。もちろん、どこの国にでもいるに違いない。それが必要不可欠であり、それでいて呪われた職業だと言うことは誰でも知っている。この国で、それを請け負っているのがその大理石の城に住むマルティネス家の一族だった。そしてこの家の当主は女性なのだ。
実際の処刑には力仕事もあり、暴れる囚人を押さえつけることもあることから、男手がいることは、当然のことだろう。しかし、最後の最後、一番残酷なシーンで登場するのがこのマルティネス家の女性達なのであった。
からりと晴れた青空の下、人々は群れ集い、周囲はしんと静まりかえる。誰かのため息が、唾を飲み込む音が、聞こえるほどに。美しい処刑人は、表情も顔色も変えずに、後ろから抱きかかえたあらゆる男達女達の喉首を持ち上げ、大きなナイフで横一文字に掻き切る。すると、その静まりかえった空間を引き裂いて、びゅっう・・・と、音をたてて血液が噴き出す。その血が地面に血だまりを作り、あたりに鉄さびの吐き気を催すような匂いが充満すると、囚人の命はその血とともに流れ出て、生暖かくつい一瞬前までは確かに生きていたその塊は力を失ってくずおれるのだった。
鈍く光るナイフからは、蛮行の名残がしたたり落ちていたとしても、どういう技を使うのか、マルティネスの婦人達の服には一滴の血しぶきもとばず、衣擦れの音をたてて、たくし上げたスカートをさばきながら処刑台を優雅に降りていく様は、黒い貴婦人の名を冠した彼女たちの面目というものだった。
そして、かの一族が果たしている役目はただそうして命を奪うことだけでは無かった。公開の鞭打ち、地下室の拷問、それから効果的なその方法を見つける探求。一つの国の暗部と呼んでもいい部分を担っているのがマルティネス家なのだった。今、少しばかり身ぎれいに洗われた男達は、それぞれの罪を償うべく、再び荷車に乗せられて、その大理石の城へと連れられて行くのだった。
地下室の入り口には、美しい絹の服をまとったレディたちが、微笑みがら、鋭い音をたてる鞭をふるいながら荷車が来るのを待っていた。微罪の囚人達は、彼女たちの腕を磨くために、あるいは、その腕を競い合うために、格好の遊び道具としてここに送られて来たのに違いなかった。
私たちは夕暮れの中、地下室のねぐらに帰る蝙蝠達とともに、鉄柵をくぐりぬけて城の中に吸い込まれて行った。
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悲鳴が聞こえる。人の皮を打ち据える鞭の音とともに、沢山の人間のありとあらゆる泣き声が。それを後ろにしながら、私は名を呼ばれ、暗い階段を昇って行った。壁に打ち込まれた枷に繋がれなかった安堵と、一人だけ群れから引き離される心細さが襲ってきた。後ろからは、無表情で一言も話さない、白い髪を一つに括った老婦人が付いて来ている。
城に連れ込まれた時は、周囲の男達がみな裸だったせいで紛れていた羞恥と居心地の悪さが戻ってきていた。暗く陰湿な岩と鉄で出来た地下室を一歩出ると、黒い大理石の外観に似合わない居心地よく調えられた調度の部屋が並んでいた。広い廊下を抜けてぐるりとスロープを描く階段へと誘われる。行き交う女性達はみな老婦人とおそろいの、よく洗って糊を利かせたまっしろなカラーをつけた黒いお仕着せを着ていた。その中でも、若い女性たちは、私のみすぼらしい裸へちらりと視線を送ってくるのだった。
そんな状況なのに私のそれはそそり立ち、歩きにくい。私は、恥ずかしさと惨めさにそれを手で覆わずに入られなかった。階段を抜けると広々とした山と川と城下町へ向けて窓が開かれたおおきなバルコニー付いた豪華な部屋に案内された。そのバルコニーには白いセーム革のソファが一つぽつんと置かれていて、そこには輝く金髪と氷のように碧い瞳の一人の少女が座っていた。
私は何を言われなくても、そこに跪かずにはいられなかった。畏怖と震えが襲ってきて顔を上げることも出来ない。
「シャルル、何を怖がっているの。お前、捕まったときは、自分は違うと主張していたそうね」
ビロードのように滑らかな彼女の言葉が私の背筋をゆっくりと這い上っていき、私の全身はそそけだった。命令するのに馴れた声。自分の命令が必ず叶えられると確信している声だった。
「御前を穢しまして恐れ入ります。私は、許し無く土地を離れた農夫ではございません。昨日までは、滞在許可証も持っておりました。掏摸にあってしまったのです。けっして、悪事を働こうとしていたわけではありません」
私はつっかえながらも、必死に釈明をした。だが、どんなに言葉巧みに釈明したとしても、彼女の心に届くようには思えなかった。
「そうなの?つまり、おまえは、自分では無く、役人どもが間違いを犯したと言っているのね。けれどその役人は、おまえが捕まった時、身体がどんな反応をしていたのかを、報告してきているわ」
恥ずかしさに頬は燃え、それでいて、冷たい鉄の滴が背にしたたるような心持ちだった。私は、跪いたまま、一層小さくなり、できれば女性の視界の中から消え去りたかった。
「どうしたの?罪を犯していないのであれば、何も怖がることはないのではなくて?」
女性が立ち上がる気配がした。ドレスの裾が、私が這いつくばっている床の空気をそよがせる。私は、膝をついたまま、後ろにずり下がろうとしたが、すでに遅く、音も無く近寄ってきた男が私の肩を押さえつけた。
「私が誰だか知っていて?」
私は、震える声で答えた。この国の誰もが知っている。マルティネス家の七人の娘達のうち、一番残酷で、一番腕がたち、一番美しいと言われている、時期当主、リゼット・フロランス・マルティネスを知らないものがいようか。
「リゼット様でいらっしゃいます」
「そうね。では、お前、私の首輪を受け取る事ができるかしら」
私は、弾かれたように顔を上げた。首輪。それが意味するものはただ一つだった。この美しい女主人の下、一生を苦痛と屈辱と羞恥にまみれながら生きていくことだった。何一つ罪を犯していないのに、その軛に繋がれ社会的に抹殺されたも同然の存在になるということだった。
「どうしてですか・・・。なぜ、私を」
彼女は少しだけドレスをたくし上げた。そして、銀の縁取りのある小さな靴に包まれた足をそっと伸ばし、私の、床にこすり透けられていた玉袋をゆっくりと踏みつけた。そうされながらも、私の竿は泣きながらびくびくと存在の主張をやめてはいなかった。
私はどうやって生きていこうとしていたのだろう。一枚の推薦状を頼りに。取り立てて優れた長所もなく、身を立てる技術も無く、広場に外套一枚で丸くなって眠るしか無いような身の上で。私はどうやって、生きていこうとしていたのだろう。服を剥ぎ取られ、辱められながらも、恥ずかしげも無く興奮してくる身体を抱えながら。私はどうやって生きていけばいいのだろう。
ピイィイィィィ・・・・。バルコニーの外に広がる青い空を鳶が鳴きながら円を描いていた。私は顔を伏せ、目を瞑り、差し出された首輪に口づけた。私の女主人はにっこりと笑い、私の首に皮の首輪を巻き付けた。二度と外されることの無い、その首輪を。