2017

08.09

書き方習ってます




「どうして勝手に戸棚を開けたんだい?」
「え……だって、それは」
 急な話の転換に私はびっくりして、どうしていいのか分からず、助けを求めて周囲を見回した。
「だってはなし。口答えはなしだよ」
「最初から開いていたのよ。鍵がかかっていなかったの」
「口答えは?」
「あ……、なし……」
 私は、うつむいた。心臓が早鐘のように鳴り、お腹の中に熱いものが膨れ上がってきていた。頬が熱い。叔父がなにを始めたのかすぐに分かった。
「もう一度、あの時からやりなおそう」
 叔父は、私の腕をとり、ピアノ室へのドアを指し示した。そこには、壁にしつらえたあの薄い戸棚がある。多分、中には、前と同じ道具たちが並んでいるはずだった。
 ドアを閉める時、ぼわんと空気が閉じ込められる圧力が体を押し包む。ピアノの音も、悲鳴も、そして悪いことをした娘も、その部屋に閉じ込められたのだ。
「ベントオーバー」
 口数の少なくなった叔父は、震え上がるほど怖かった。私は、叔父が指し示したピアノの椅子に両手をついて背をそらし、お尻を高く掲げた。スカートがまくられ下着が引き下ろされる。ひんやりと外気があたり、初めて叔父の前に何もかも晒していると思うと、恥ずかしさに目が眩んだ。
 ひゅん。ひゅううぅうぅん。ひゅううぅうぅん。ひゅううぅうぅん。
 うつむいた私の耳に、叔父が、ケインで空気を切り裂く音が響き渡った。口の中がからからで、膝はがくがく震えていた。ウォームアップのない、いきなりのケインは、初めての経験だった。お仕置きなのだから当たり前なのだけれど、今まで、私にとってのその行為は、結局はごっこ遊びで、一度もお仕置きだった事がなかったのかもしれなかった。
「ワンダース」
「えっ、そんなに、一度にたくさんなんて。」
「薫、口答えは?」
「あ、なし、です。ごめんなさい……」
 そして、十二回の切り裂く痛みを、私は、ピアノ椅子の縁を握りしめ、椅子の冷たい皮に剥き出しのお腹を押し付けることで必死に耐えた。最後の方は涙が溢れ、一打ごとにとびあがり、悲鳴をあげていたかもしれない。
「姿勢を崩さないで」
 赤く腫れてずきずきと脈打つ肌に叔父のひんやりと冷たい手が触れてくる。
「薫はこれが好きなの?」
「好き」
 叔父さんが。好き。
「もっと、叩かれたい?」
 私は、泣きながら、頷いていた。
 ラケットのような形をした革のパドルが戸棚から取り出され、その奥に並んで吊るしてある同じような木のパドルを見た時、このお仕置きが最後はどんなものになるのか予想がついて、私は青くなって膝立ちのまま後ずさりした。
 叔父は黙って待っていた。私が、元のポーズに戻るのを。私が自分から彼の掌の下に来るのを。
 ずっと長い間、夢見ていた。叔父と手を繋ぎ夕日の山道を降る景色が脳裏をよぎった。茜色の夕日が沈んでいく海を見ながら、あの岬にマリア様が立っていると叔父が語ってくれた時の夢。
 子供の足には下り坂をゆっくり降る事はむずかしくて、叔父の手にしがみついていなければ駆け足になってしまった。走っては、また、叔父の場所まで坂を登る。無条件で差し出される微笑みとその手に、とびつくように両手でぶら下がったあの日。
 波状に襲ってくる痛みと涙の向こうにぼやけた風景。絶対に自分からごめんなさいと言うもんかという反抗心や大人としてのプライドは、あっけなく突き崩され、止めどもなく口から溢れる謝罪と懇願に埋め尽くされる。ごめんなさい。許して。もうしない。もうしない。もう、決してしないから。
「どうしてあの扉を開けたのか言いなさい」
「知っていたの。あの中に何が入っているか。よく見てみたかった。あの道具でなにをするのか知りたかった」
 さんざん、悲鳴をあげた後に、涙と汗でびっしょりと濡れ鼠のようになった私はようやく素直になって、懐かしい叔父の腕の中で、手放しでおいおいと泣いた。禁じられた扉の向こうに、私は、今抜け出ていた。
「さあ、これで、君は、新しいスタートを切るんだ。もう、失ったものを振り返るんじゃないよ」
(本文より)





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 鹿鳴館で、書き方の練習を受けています。一向に上達しないのが、御教示くださってる執事に申し訳ないのですが。そして、何を書いてもスパンキングやSMの話になってしまいます。かなり、他の話も書こうと努力しているのですけどね。
 それというのも、執事がいけないんですよ。執事は、たった一人、この話を読ませたい人を思い浮かべて話を書きなさいというんです。すると、私が思い浮かべているのは、言うまでもないあなたなのです。私はいつもあなたに向かって話を書いているのです。だから、うんと遠回りをしても、近道をしても、そこへ戻っていってしまうのですよ。
 私が、さびしくてただ一人眠れない夜を、ネットのページをめくっていたあの日からずっと。
 mixiにアカウントがあれば見れます。ちょっとページをめくるのがめんどくさいと思うけれど、mixiのコメントは2,000字ごとになっているんですよね。だからこまぎれです。がまんして読んでいただけたら幸いです。なにしろせっかくあなたのために書いたのに、気づいてもらえないままなんてさびしいですから。


思い出の灯火に

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承1  承2
転1  転2  転3
結1  結2  結3  結4

Category: 物語
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