2013

12.17

舞姫・終章

舞姫・1を読む



 

「痛い・・・」
「痛いのは当たり前だ。尻を叩いたのだからな。これで終わりじゃ無いぞ。レッスンに集中できないのなら、何度でも叩く。叩かれるのが嫌なら、自分の欲望のことじゃなくて、いかに踊るかを考えろ!」

 口答えの仕様がなかった。恥ずかしい。恥ずかしい。と胸につぶやき続けることばかりにかまけて、私は、ちっとも踊れてない。教師が、ラテンダンスに何を求めているのかも考えていなかった。

「初めからだ。」

 初めからやり直し。背中が床に平行になるように、位置取りをやり直す。腰を突き上げて、背中を弓なりにそらす、それから体重移動。右足を踏み出して腰を左へ回すように振る。ルンバは求愛のダンス。エロティックに腰を振り、女の魅力を見せつける。
 しかし、自分の身体が描いているものを、意識から締め出すのは難しい。服を着ていないこと。自分の姿勢が男に見せつけているもの。汗が吹き出し、歯を食いしばらずにはいられない。
「求愛してる女の表情じゃないな。」

 弾かれたように、動きが止まる。次に何をされるのか分かって、私は、どうにかして教師の左腕から逃れようとしゃがみながら、鏡の方へ身体を逃した。だが、あっという間に捉えられ、引き据えられる。罪人のように。リボンにくくられた私は、展翅板にピンで止められた蝶のように、逃れるすべはない。

「誰が、逃げていいと言った?」

 ああ・・、助けて、だれか、助けて。私は目をぎゅっとつぶって今から起こるであろう事に対する怖れと羞恥を締め出そうとした。だが、目を閉じることは許されていない。

「目を開けろ。そして姿勢を正せ。」

 神様、お願いです。耐えられない。こんなこと耐えられません。子供のようにお尻を叩かれるなんて。それも、こんな場所で、こんな格好で。

「躾をされる時の礼儀から教えないといけないのか?逃げるな。姿勢を崩すな。鏡をしっかりと見るんだ。」

 バーを握りしめる手が汗で滑った。肩で大きくあえいだ私は、空気を求めてヒューヒュー言う身体を押さえつける。

「いいか?10回叩く、一発毎にカウントするんだ。最後にはお礼を述べる。いいな。出来るな。」

 出来ない。そんな事出来るはずがない。荒れ狂う思いをよそに、私の身体は、ただこくこくと頷くことしか出来なかった。さっきの痛みがまだ残っている身体をすくませて、落ちてくる衝撃に備えて身体に力を込める。
パシーーーーン!!

「いち・・・。」

絞り出される声は、内心の苦悩を表してかすれていた。自分の腰を抱えている男の着ているスーツに、汗で濡れている身体が押し付けられる。なんという背徳感だろう。自分が裸でいて、相手は服を着ているということが。相手はそこに立ち、私の身体を支配している。
パシーン!!

「に・・・。」

 動けないと言って、動けないことがあろうか。腕をバーに結んでいるリボンは、柔らかく細いサテンのリボン。ムーブの動きを制限しないよう。腕の血行を阻害しないように、ゆるく巻きつけられているだけ。振りほどいて、逃げ出すことは、むずかしくなかった。
パシーン!!

「さあん・・・。」

 男とのレッスンが始まってからずっと、私は恥ずかしさに迷い続けていた。けれど、この羞恥を選びとったのは私。服を脱いでいるのは私。リボンを結ぶように言ったのも私。教師に私に命令する権利を与えたのも私。
パシーーン!!

「よん・・・。」
 明るい教室の中で、生まれたままの身体を男に晒して、私は踊ることを自ら選んだのだ。美しく踊りたいから?友達を追い抜いて自尊心を満足させたかった?自分の踊りに足りないものを見つけたかった。いや、それだけじゃない・・・。
パシーーン!!

「ごおっ!」

 あの空き地で、私は、男の腕の中でずっと求めていたものを見つけたのだ。なにかぽっかりと自分の中に空いている穴。何をしていても虚ろで、何をしても埋められない。私のいる場所は、ここではないと感じる落ち着かない気持ち。
パシーン!

「いたああいっ・・・!!ろくっ。」

 涙が溢れる。この涙は何のために流されているのだろう。痛みによる生理的な涙?それとも、いわれなき暴力にさらされている自分を哀れんでいるの?今は、ただ、相手の腕から逃れ出たい。残りの4発を耐え切る自信もなく、その気概も残ってはいない。無意識のうちに、身体が逃れようとしてもがく・・・。姿勢が崩れる。

 あがいてる私をじっと見つめている男。何も変わらない。最初からなにも・・・。私は、真実から目を逸し、綺麗事の中で美しく咲こうとしている温室の花だった。
 足を踏ん張り姿勢を戻すまで、男は、私が観念するのをじっと待っている。
パアーーーーーン!!!

「ひいっ・・!な・・・なっ。」

 膝が緩む。地面が崩れていく感覚に襲われて、もう一度、身体を引きずり上げて足を踏ん張るった。痛い。後二発が途方も無い責め苦のように感じる。最初の何も考える暇もなく終わった十発もこんなに痛かったのだろうか。それとも・・・。
バーーン!!

「やあっつ!痛ぁい・・!」
 
 なぜ、私は、未だここに立ち続けているのだろう。痛みに切れ切れになっていく自尊心を抱えながら。この苦痛の後に待っている。再現の無い羞恥。そしてまた必ず打たれる。何度でも。何度でも。彼を満足させる踊りを踊れるまで、私は、打たれ続ける。それが、うまくなることに繋がっていくなんて、かけらほども信じていないのに。
パーーーーン!!

 「ここのっつ・・・。」

 いつか夢見ていた。なにも考えず、何も迷わず、なにも疑わず。ただ、信じる事。自分と現実の間にあるズレが少しずつ修正され世界がクリアになること。自信をもって次の一歩を踏み出すこと。顔をあげて、胸をはって。そして、その凛とした自分は、美しいが故に、誰かの腕の中でもみくちゃになり、ずたずたに引き裂かれる。その運命もまた、自分で選びとったもの。自分で掴みとったもの。
パアアアアアアアーーーーーーーーン!!!

「とお・・・・・・・・っつ。」

 音が消え。男の身体がふっと自分から離れていくのを感じた。左手に巻かれていたリボンがするりと解かれ・・・床に滑り落ちる。

「10分休憩。その後は、もう一度初めからだ。」


 身体が力を失って、ペタンと床に落ちる。濡れた性器が床にあたってペチャリと恥ずかしい音を立てた。右手のリボンはまだ残ったまま。でも、自由になった左手が、不自由ながらも、それを解く役目を果たすことが出来るはずだった。
 けれど、また、最初から、手をバーに差し伸べる所から、姿勢を直し、腰を突き上げ・・・そしてまた始まる。右に左に身体を揺らして。求愛のダンス。男を蠱惑し、そそり、誘うダンス。触れて欲しいと願いながらも、じりじりとその身を焦がし続ける。

 同じ空間に男が居るのにも構わず、私は自由になった右手を、自分の性器に埋める。くちゃ・・っと淫猥な音がして、私は、自分が打たれながらも興奮していたことを確かめた。男にも。自分にも。それから腫れ上がって居るであろう熱くなっている尻をそっと濡れた手で撫でる。もう一度。初めから・・・。おずおずとあげた視線の先にバーに肘をかけて、鏡によりかかり、覚めた目で見つめる男がいた。





 私は痛みに弱かったのだろう。それからは一層練習が辛いものになった。持ち上げられ落とされる。そして、また急上昇する。その乱高下に私は、耐えられず何度も許しを求めて泣いた。そして、叩かれる事が、苦しみだけではなく、恐れだけでもないことが、尚更私を追い詰めた。
 叩かれて熱くなるのは打たれる尻だけでなく、空気に晒されている性器も同じことだった。教師は、思い出したように、打った掌を返すと、そこを撫で上げる。私は、その不意打ちにいつも叫び、その手から逃れようと悶えながら、一層そこを押し付けていた。
 レッスン、レッスン、そしてまたレッスン。打たれ、むき出しにされ、晒され、磨き上げられる。ステップ、ムーブ、ステップ。繰り返される単調な動き。腰を回す。足を開く。押し付ける。熱い下腹を。そして、そんなある日にそれは突然やって来た。

 ブルース、ワルツ、タンゴ、クイックステップ。誘導するのは腰骨の接している一点。相手の上質なスーツに触れる私のむき出しのそこ。私は、繋がれる。その一点で。相手の意のままに、連れて行かれる。押す、引く、回る、その一点を軸に。回る。回る。回る。

 混乱しカオスのようだった私の意識が段々とそこへ集まって、集束し、相手が私を導くその一点に、自分の体の動きとバランスが、そして広げるだけ拡げたはずの欲望が順番に端から折りたたまれるように幾重にも重なり、集まってきたのだ。そしてむき出しの性器がその一点の下に恥ずかしくあからさまに、開いたり閉じたりしながら水平に回っていた。
 身体の中から沸き上がってくる熱が、その周りを取り囲み、収縮する性器の中へ流れこんでいく。それとともに絞り込むように快感が私の体の芯を突き抜けた。
 私は、薄いももいろの雲の上を回りながら進んでいく、性器を持っている私という女。その女を、私自身の視界は、空の上から見下ろしていた。喜びと解放が一度に私を捉える。どこまでも自由に身体の枷から逃れ、空の果てへ向かって。

 回る。回る。回る。

 そして花火のように火花が散り、音楽が最後の和音を引き、私達はホールの端で静かに止まった。

「解ったようだな。」
 はっと、気がついて男を見上げる。エクスタシーの余韻に、私の身体はほてり、意識は、まだふわふわと漂っていた。

 教師は礼儀正しく、右手で私の身体を少し押しやり、そして、軽く会釈した。
「レッスンは、終わりだ。後は、精進あるのみだな。」

 私は呆然として男を見つめた。
「先生・・・・それって、もう、私に教えてくれないってことですか?」」

 歩き始めていた教師は振り返り、私のぽかんと開いた口を見た。
「君は、性の喜びを知った。これからは、もっとうまく踊れる。私が、君を初めて逝かせた時に言ったのは、ただ、それだけだ。」
「え?でも・・・でも・・・。」
 唇を噛んで、急に溢れでた涙を私は押さえつけた。ようやく掴んだ幻のような風景なのに、その雲の上から、急に突き放されて地上に落とされたような気分だった。迷子になりそうな心細さが私を襲った。両手をみぞおちの前で握って、私は、何か言わないといけないという焦りに、おろおろとしていた。
 その時、今までほとんど表情を変えなかった男がふっと笑った。私はびっくりしてそのほほ笑みに見惚れていた。右手が伸ばされ、私の頬を撫でた。春の日差しのようなぬくもりが一瞬私を包こみ、そして、風にのって消えていく。

「うまくなれよ。」

 それが終わりだった。ダンスの教師は踵を返し、二度と振り返らずに教室を出て行った。ドアが閉まり、ガランとした寒い教室に私一人が取り残された。視線をあげると素裸の女が鏡の中にぽつんと立っていた。私は、その女を見つめた。
 今。たった今。天国を見て、そして追放された女。
 下腹に力を入れると、きゅっと締まったあそこは、喜びの余韻と雫を涙のように太腿に垂れ流した。あんなに嫌でならなかった裸のレッスン。身体に触られること。打たれる痛みと恐怖。そして、今でも、決して自分から望んでいたはずではなかったのに、私は・・・。
 望んでいたのは・・・ただ、うまく踊ること。

 私は脱ぎ捨てた服のところへ歩み寄り、白く、そそけだった身体を布の中に押し込んだ。

 愛が終わったわけでも、失恋の涙にかきくれたわけでもない。彼は今でも、私の通うダンススクールに教師としている。私は、競技会で一緒に踊るパートナーを作った。彼は7つ年上で、たいそう優しい。レストランで椅子を引いてくれ、そつない会話で笑わせ、熱いまなざしで、じっと見つめてくれる。そして、私は、たまにくるくると回る踊っている人の向こう側にあの黒い影が立っているのを見つけた。

 それでも。

 時々私は夢を見る。その夢の中で、男は、私を決して立ち去らせはしなかった。そして、雲の中で、私は、囚われた喜びに息絶えるのだった。


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    2013

12.16

舞姫・7

舞姫・1を読む
 
「ムーブだ。」
 命じられるままに、私は右足を右に出し体重を移し替える。左足を揃えて踏み変える。そしてまた体重移動。それに合わせて腰を右へ左へ振る。教室という広い空間に向かって、私の性器は、突き出され、あますところなくさらされている。
 教師が、自分の後ろではなく、自分の脇に立っていることだけが、今の私の、すがるべきたった一本の望みだった。少なくとも今は、彼にその恥ずかしい部分を見られているわけではない。彼が観ているのは鏡に写っている私の紅潮した頬と、うろたえて泳ぐ視線と、そして誘うように大きく動く背中やお尻だけだった。
 一番肝心の部分を隠すだけのために、もっと恥ずかしい自分の心の中を覗き見られているその感覚に、私の喉は干上がり、身体を支えようとバーに伸ばされた腕は震えていた。

 自分が体重を移し、尻を振る度に、空気に触れてしまう、しまい込まれているべきものの入り口が開き、閉じ、独立した生き物のように口を開け、あえぐのが分かる。私の意識は、そこに集中し、思わず目を閉じて、その感覚を味合わずにはいられない。

「目を閉じるな。」

 予想していた要求だったから、すぐに目を開いた、目の前の鏡を見つめる。ぽってりとしたくちびるを微かに開き、欲情に濡れた瞳が自分自身を見返していた。羞恥心にあぶられるようだった。

 突然、男の手が冷たい尻に当てられたと思う間もなく、その手が上がり振り下ろされた。パーンと、乾いた音が、教室に鳴り響く、私は、ショックでびくっと引きつけしゃがみこんでしまった。尻を叩かれたのだ。私の左側に立っている教師にとって、突き出したその尻は男にとっては、格好の標的だった。

「立て。姿勢を戻すんだ。」

 その言葉に、身体は、反射的に従った。毎回のレッスンで、逡巡すればするほど、泥沼に落ち込んだように、男の要求している行動を行うのが難しくなるのは分かっていた。でも、今は、それだけではなかった。生まれて初めて、まるで子供が折檻を受ける時のように尻を叩かれたのだ。頭の中は、ショックでまっしろになっていた。

「何を考えている?自分が何のためにステップを踏んでいるのか、いちいち教えてもらわないといけないのか?」

 息を飲んだ。そう、今はラテンのレッスンの最中。最も基本中の基本である足の踏み変えに腰の動きと体重移動を合わせようとしているのに、私は、伸びたり縮んだりしている身体の中心の事ばかりを意識していたのだった。

「口で言うよりも、身体に教えこんだほうが早いかもしれんな。姿勢を崩すなよ。」

 何をするのか考えるまもなく、男は左腕で私の腰を抱え込み、一発叩かれただけでじんじんと赤くなっているそこへまた掌を振り下ろした。
パン!パン!パン!パーン!!
乾いた打擲音が教室に鳴り響く、一発毎に身体に染みこむように痛みが増していく、なにも考えられなかった頭が動き出し、起きている事を認識して、その痛みを感じ、おかれている状況を把握し始めたときには、すでに、10回の打擲が自分の身体に真っ赤な痕を残していた。





続く・・

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    2013

12.16

舞姫・6

舞姫・1を読む

 
 何度目のレッスンだったのか、毎回、毎回、回数を、数えるのをやめた頃。ラテンのムーブメントの基礎を復習した。そのダンス教室の方針で、モダンラテンに関わらず、基礎のダンスはどれも踊れるよう練習するようになっていた。どちらかを選ぶのは上級に上がってからで、どちらも選ばずに10種目を踊り続ける人もいる。ただし、競技会に出るほどになれば、話は別だ。体力が続かない。
 ぴったりとくっついて、腰を押し付けてくる相手のリードに任せておけばいいモダンダンスと違って、ラテンでは、頼るのは、自分の右手を握っているパートナーの右手である。踊るのは、自分自身で、お互いの身体は、離れたりくっついたり、回ったり、お互いの顔を覗きこむようにして、身をくねらせてみたりするそれをリードするのはその握られた右手のみ。
 思い切りが悪く、男に愛を語りっける事など、露ほども考えてもみなかった私にとっては、ラテンは苦手だった。
ましてや、今は、丸裸なのである。腰をくねらせる体重移動もままならず、震える足を踏みしめるのがやっとの思いだった。お互いに目を合せ、身体で愛を語り合う。その愛情をどうやって表現していいのか分からなかった。

 教師は、最初、しつこいくらい私に、ルンバの基礎を繰り返させた。けれど、ちっとも私が踊れないのに、いい加減痺れを切らしたのか、違う方法を考えだした。

 教室の壁は上から下まで、全面が鏡に覆われていた。自分で、自分の姿勢や動きをチェックするためだ。そして、その鏡の上下を2つに割る形に、手を乗せる支えにするためのバーが張り巡らせてあった。男はそのバーに手を乗せるように言う。右と左の手をやや肩幅より広く開きバーを握らせたのである。そしてうんと身体を引き、手首と方と背中が弓のようにたわむように、足を開き、腰を突き出させた。
 その姿勢が、女の何を露呈するか、考えなくてもお分かりであろう。私は、腰を引っぱられたとたんに、きゃっ!っと、叫んで、そこにしゃがみこんでしまった内臓の一部のように花開きかけているその場所を、自ら晒すなんて。服を脱ぐ事すら、唾棄していた私にとって、そこを突き出す姿勢の事を考えるだけで、パニックを起こしてしまっていた。

「どうした。姿勢を戻すんだ。」

 真っ赤になった顔を打ち振る。そんなこと!そんなこと出来ない。

「出来ません・・・。」

 絞り出した声は情けないほどに力が無く、うちしおれている。しーんとした教室に、教師が鏡をコツコツと叩く音が響いた。額に落ちかかる前髪を右手で描き上げると男は、一歩下がり、平静な声で告げた。

「では、やめるか・・・。」

 教師にとっては、私が憧れていた芯の強い女性のエロティックに踊るダンスを私が踊れるかどうかは、些細なことでしかないのだ。だから、事ある毎に、彼はそれを持ちだした。「レッスンをやめる」と、言われると、私は、泣きながらも、続けてほしいとねだるしかなかった。彼に、それで、脅してるつもりがあったのかどうか分からないけれど・・・やめたからと言って、彼は毛ほどの痛痒も感じないのだ。実際、私のような小娘の裸を観たからどうだって言うのだろう。多少は嫌がるさまが、からかいがいがあり、悲鳴も聴けるだろうけど、だからと言って、抱けるわけでもない。黒い男は、憎らしいくらいに、私の身体を欲しがらず、私一人がじりじりと欲望に焼かれるような毎日を送っているのだ。

 それでも、私は、彼にダンスを教えてもらうためにここにいる。そして、声をかけてきたのが向こうである以上は、少しくらいは、私のダンスに興味を持ってくれてるはずだ。
 そして、ここまで、恥を晒して泣きながら必死にレッスンをこなしてきた私は、もう、後に引けなくなっていた。そんなことをしたら、今までの事は全て無駄になってしまう。恥ずかしさに耐えて服を脱いだことも、無垢な身体を彼に自由に触らせたことも。

 震える膝に力を込めて、私は起き上がり、バーを頼りに体重を預け、最初に支持された姿勢に戻った。胸は高まり、恥ずかしさに身体中が赤く染まっていたと思う。頬はほてり、心臓は口から飛び出してきそうだった。
 すると教師は、私の手首に赤いリボンの切れ端を乗せた。私は、涙で潤んだ目でそのリボンを見つめた。つるつるとしたサテンのリボン。1.5センチほどの幅で、柔らかくなんの力もないように見える華奢なリボン。そのリボンがくるりと手首を2度周り、同時に私の手首をバーに縛り付けたのである。
 私は息を詰めて、起こりつつある出来事を心の中で反芻する。今は、片手に回されたリボン。しかし、両方をくくられてしまったらどうなるのだろう。私にはなんの選択権もなくなり、相手のなすがままになってしまう。私は、思わず男の顔を振り仰いだ。
 反対側の手首に同じように、リボンを乗せて、男は私の顔を覗きこんで来た。

「どうする?」

 どうするって・・・。どうするって・・・。両手をバーに縛られてしまえば、素っ裸なのだもの、男のしたい放題だった。極端に言えば、そのまま鏡に押し付けて、犯されても仕方がない。けれど、男の質問は、その事態を、私に選ぶように促してくる。すべてを彼に明け渡し、なすがままに身体を預けることを求めてきている。
 私は、二度口を開け、ためらい、鏡に映る自分の歪んだ頬をちらりと見やった。どうしたい。投げ出して、走って帰る?ダンスを諦める?そうしたら、もう二度とこの男と踊ることもない。恥ずかしい思いもしなくていい。泣きそうなほど辛い事も・・・。
 キュン・・・足の間の性器がイソギンチャクのように窄まり、身体の中を不思議な感覚が突き抜けていく。私は私は、何を望んでいるんだろう。何を望むにしろ、望まないにしろ、選んだのは私。そして、我が身に起こるすべての事が、その私の選んだ結果なのだ。

「結んで・・・リボンを。もう片方も・・・右手と同じように。」

 だとだとしく、口から押し出されたつぶやきを、男は繰り返させることをせずに、ただ、黙って手首に巻きつけて結んだ。縛るというにはあまりにも形だけに見える赤いリボン。しかし、どんな楔よりも深く、私をそこに縛り付けた、私の行動を制限した、逃げられる道を自分で封じたリボン。
 ぎゅっと目をつぶると、涙がこぼれ頬を流れた。




続く・・

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