2013
天満月(あまみつつき) 3

私は、あの子が初めから嫌いだった。
お父様の娘だから・・・お前の妹だよ。と、言われても、実感がなかった。その子は、私と同じ年だったし、背格好もあまり変わらなかった。家を切り盛りするのに忙しく、ほとんどかまってもらえなかったとはいえ、柔らかくて、やさしい胸に抱き寄せられると、幸せな気持ちがした私のお母様。その母が、床に伏したきりになってしまわれたのは、その子が家にやってきたからのような気がする。母は泣いて、ご飯も食べずに泣いて、とうとう亡くなってしまわれた。
黒い髪に黒い瞳、そしてまっしろな雪のような肌にバラ色のほっぺ。砂糖菓子のような甘い匂いをさせて、まるで我が物のように、お母様の座るはずだった椅子にバラのクッションを乗せて座っていたあの子。あの子がうちに来てから、うちの中は暗く、誰一人笑わない。お父様を除いては。
なにか怖い。女中たちの言う事は皆同じ。分からないけど怖い。こっそりと廊下でする立ち話。ふと見つけたここにあるはずのない道具。そして、振り返ると必ずあの子がいる。
女中たちはちりぢりになり、後にはゆっくりと部屋を横切って行く黒く長い髪の毛が揺れる様がみえるだけ。いつもどこからか、いつも音もなく忍び寄り、そして急に最初からそこにいたかのように、消していた気配がはっきりと分かり、女達はみな悲鳴をあげた。
震える指でばあやが私の服の裾を引く。
「お嬢様・・・。」
母のいなくなった家に、留守がちなお父様。館はあまりにも広く、そして部屋のすみや物陰はあまりにも暗く感じた。私は、眉を寄せて、年寄りの手を握る。大丈夫。私は姉なのだもの。妹の思い通りにさせはしない。
ある日、神宮から御使いが来た。
その季節は、一年に一度、宮に巫女として務める女性を、そうしてもしかしたら媛巫女として神に嫁ぐ娘を探す時期だった。小さい頃から、掌中の珠のように甘やかされた私は、自分が選ばれない事など、これっぽっちも心配していなかった。お父様の権力は強く、大きな軍隊も持ってらっしゃる。私は美しいし、頭もいい。家族も親族も一応に信心深く、使用人たちも大切にされている。
小さい頃から蝶よ花よと褒めそやされて、育った私は自惚れが強かった。
だから
選ばれたのが私ではなく、あの子だと分かった時に、目の前が真っ赤になり、世界が熱く燃え上がったような気がした。私は、彼女に跳びかかり、馬乗りになり、頬を叩いた。何度も何度も何度も叩いた。
み使いたちは、慄き畏れ惑った。
「なんということを・・・。」
「なんどいうことを!」
「月神に選ばれし、媛巫女に手を上げるなど許されないことでございます!」
今朝まではこの子は私の妹だったの。しかも、正妻の腹でもなく、街のいやしい女の腹から産まれた。この子が家に来たせいでお母様は亡くなった。私の振り上げた腕をきつく握って、押しとどめた男は、私を懐にしっかりと押さえつけて語りかけてきた。
「鎮まりなさい。あなたのしていることは、この国では重い罪ですよ。」
「罪・・・。」
振り仰ぐとそこにあるのはあの真っ黒の瞳。磨きぬかれた黒曜石のように、濡れて光るその瞳の中に、部屋の様子が写っていた。怯えすくむ使用人たちと、呆れ戸惑うみつかい達。そして私を押さえつけているみつかいの護衛の衛士の腕の中にしっかりと抑えつけられて、泣いている私。なにもかもが作り物のようだ。そして何もかもが目を閉じればすぐに消えるに違いない。
私は、顔を覆い泣き崩れた。
それから何日経ったのだろう。あの子が、仰々しい迎えの輿に乗せられて連れられていった後に、6人の衛士が残り、私は鞭打ちの刑を受けることになった。媛巫女に手をかけるという、「罪」に寄って。
前庭に石の卓を引き出し、衛士は私をそこに縛り付けた。上半身を裸にして。
領巾を剥ぎ取られる時に見つめる卓の上に、春の柔らかい日差しが反射して光っていた。屈辱は今だけ。打ち据えられたとしても、私は私。負けたりしない。押し付けられた石は、ほんのりとしたぬくもりを伝えた後、すぐに石の本来の冷たさへと戻り、私の体温を奪っていった。手足の先から冷たさが這い上がる。
振り上げられた鞭は、私の体を鋭い音を立てて斜めに引き裂いた。私の悲鳴は、絞め殺される鵲の悲鳴のようにかすれて消えた。
刑が行われている間、私はただ、数を数え続けていた。他に耐えうるすべが思い浮かばなかったのだ。運命が私にくだされた悲しみと虚しさを。湧き上がる怒りと悔しさを。そして、見据えることができなかった。今までの人生のすべてが砂の用に崩れ去っていく様を・・・。
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