2013
お尻叩きの国の一人の娘の物語・1
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「アルフ兄さん、私、領主様の街のお屋敷に年季奉公へ行くことに決まったのです。お別れに、向こうへ行っても、私らしく頑張れるように、活をいれて欲しいの」
私の住む村には、昔から年長者が年少者の指導と教育に責任があるという考え方が根付いている。夫は妻に、親は子供に、兄姉は弟妹に、店主は使用人に、族長は一族のものに、村長は村民に、領主は領民に、教え聡し罰を与えることが使命なのであった。自分が愛する者たちを大人として、一人の人間として育てる。そのためには、自己も正しくあらねばならず、若輩者に尊敬される振る舞いをしなくてはいけない。
そうやって、村の規律は守られ、穏やかで争いのない平和を守っていくのだ。少なくとも私はそう信じて育った。我が家の兄弟姉妹は総勢七人。貧しい小作農の家族が総出で家をもり立てるために働き詰めに働いても、苦しい台所事情に変わりはない。長女の私は16になった春に、当然のように年季奉公へ出されることになった。領主様のお屋敷に上がれるといえば、周囲の娘たちにとっては羨望の的の働き口だ。
領主様は、たいへん徳の高いお方で、国王陛下の覚えもめでたい。ましてや、街のお屋敷へ小間使いとして迎えられるということは、勤め上げれば、領主様がきちんとした嫁ぎ先を面倒みてくれるという未来が約束されている。ほとんどの娘が村を一歩も出ないで、一生を終わる時代に、信じられない幸運というものであったろう。
でも、私の気持ちはちっとも晴れなかった。
両親が早く亡くなったため、隣の家に一人で住んでいるアルフレッド兄さんは、忙しい私の両親の代わりに、私達になにかと目をかけてくれた。幼い頃から、足元を転げまわり。まとわりつき、お守りをしてもらいながら育ったのだ。家族の一員と言ってもいい人だった。でも、明日、旅立ってしまっては、もう、兄さんに会うことも叶わなくなる。年季奉公が明けるまで家に帰ることは許されないだろうし。7年という長い年季は、16歳の私にとっては、途方も無い時間に思えた。帰ってきた時は、私は23歳。そして、28のアルフレッド兄さんは35だ。
泣いちゃいけない。私は、瞬きして涙をはらい、兄さんに笑顔を見せた。家族にとっては、私の奉公で得られるお金は、本当に必要なお金。それがあれば、雨漏りしている屋根も葺けるし、弟を学校に行かせられるかもしれない。弟は、兄弟の中では、一番頭がいい。小作人になるのは、あまりにももったいないと、口癖のように父は言う。
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「そうか」
アルフ兄さんは、ちょっと虚をつかれたような表情を覗かせたが、さっと視線を反らせた。濡れたような黒いくっきりした瞳には、兄さんが何を考えているのか映し出されてはいなかった。
「おいで」
兄さんの手の示す場所へ進む。この家の主人が座る大きな肘掛け椅子の側へ、アルフ兄さんは私を導いた。何度、私は、こうしてアルフ兄さんの膝の上でお仕置きを受けたことだろう。この膝の上に乗るのが好きだった。お尻を出されて、その肌を直にくるりと撫でられるのも。痛くて泣きながら、その懐へしがみついて頭を撫でてもらうのも。
アルフ兄さんはいつものように椅子に腰掛け、いつものように私を抱き寄せて膝に乗せた。兄さんの脚の上にうつ伏せになった私は、もう、顔を見られていない安心感にギュッと瞼を瞑った。涙がその瞼を押し上げて溢れる。暖かい兄さんの膝にしがみつく。手順通りに、スカートとペチコートを捲り上げ、ズロースの紐を解いて少し引き下げる。
兄の目の下には、いまむき出しのお尻が晒されていた。この日のために、こっそりと台所からくすねたバターを薄く塗って、つやつやと磨き上げてきた、私の、白いお尻が。悪いことはした時は、100発。約束を破った時は、50発。そして励ましの活を入れてもらう時は、ゆっくりと一発一発を長いストロークで20発。他人であるはずのアルフ兄さんのそばで過ごした16年間の思い出が私の閉じた瞼に走馬灯のようにとおりすぎていく。
パーン!
兄さんの大きな手が澄んだ音を響かせて、私のお尻の上で鳴った。叩かれた表面にジンジンと痺れるような痛みを残しながら。私の身体の中心にぽっと炎が灯る。ゆらゆらと揺れる小さな炎。でも、それは確実に私のお腹の中を暖めて、足の間を熱く火照らせる、不思議な炎だった。私は、その痛みと、泣きたくなるようなもどかしさをもたらす兄の手の感触を心の中で反芻した。ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。いつつ。
ひと打ち毎に、痛みは増し、身体も熱くなる。数をかぞえるのが惜しい。終わりになってしまうのが惜しい。私は、声もなく、泣きながら膝にしがみつき続けた。
じゅうく。もう、終わり。兄さんと私の間はもう終わり。明日からは遠く街へ旅立って、もう、野良仕事から帰ってきたアルフ兄さんの足を洗ってあげることも、おすそわけの食事を暖めてあげることもできないのだ。
「マリエ。小さなマリエ」
話しかけてくる兄の声に、私は嗚咽を噛み殺す。
「愛しいマリエ、許しておくれ。」
兄が何を言い出したのか分からず、私は思わず、身体を起こそうとした。でも、兄は大きな手で私の背中を押さえつけ、起き直ることを許さなかった。
「お前が一人前になるのを待っていたよ。一人の女になる時を。それは、もう、目の前だったのに、残念な事になってしまった。俺ももう28だ。いい加減女房も貰わないといけない。子供も作らないといけない。元気なうちに子供を育て上げないと、いつまでも延ばし延ばしにしていたら、子供が大人になる前に、野良仕事が辛いものになってしまう。それに、俺も男だ。一人暮らしを続けていくのも限界だ。多分、お前が、7年後に年季が明ける時は、俺は妻を貰っているだろう。子供も産まれているだろう。」
私は、思わず目を見開いた。子供の頃から胸に抱いていた。兄さんの妻になること。子供を産むこと。家族のそばで、新しい家族を作り、段々太って農家の女将さんになること。この村で暮らし、この村で死んでいくこと。私は思わず頭を振りたくった。いや、いや、いや。このお仕置きが終わり、この膝から降りたら。アルフ兄さんの妻になるのは、私が知っている村の娘たちの誰かになってしまう。あの娘かもしれない。それともあの娘かも。
兄さんに、そのつもりがある事が分かっていたら、奉公の話が出た時に断ることも出来たのに。兄さんの女将さんになりたいと父に訴えて・・・。
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ひゅっと、音を立てて私は、考えが巡る長い長い間詰めていた息を吸い込んだ。
できない・・・。
奉公を断ることなんて、できない。私を売って得るお金は、どうしたって、今、家族に必要なもの。私の運命。私の変えようが無い未来なのだ。私は、アルフ兄さんの膝に思い切りしがみついて泣いた。アルフ兄さんだって、分かっている。行くな、と、言えないことを分かっている。私の中の時間が止まった。兄さん。兄さん。兄さん。愛してる。離さないで。私を離さないで。そばにおいて。言葉はぐるぐると頭の中を周り、そして、心の深い深い所へしまい込まれた。
私の身体の動きから、アルフ兄さんは、すべてを読み取っていたと思う。しっかりと左手で腰を抱きかかえ、赤く火照るお尻にその暖かい大きな手を乗せたまま、じっと待っていてくれた。兄さんの手のひらからゆっくりとそのぬくもりが、心が、そして慈しみが流れ込んでくる。16年。どんなに兄さんが好きだったか。
ふと、二人のため息が重なった次の瞬間。
掌のぬくもりは、私の肌を離れ、高い音を家の中に、そして、私の知っていた小さな世界いっぱいに響かせた。
パーーーーーーン!!
「二十」
それは動かしようがない二人のお別れの鐘だった。
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