その傷が 目に見えたらいいのに・・・
薬で癒されたらいいのに・・・
そっと掌を当てて そして ぬくもりを伝えられたら
こんなふうに眠れぬ夜に泣く事もないだろうに
強く抱きしめて
現実の痛みに置き換えられるように
その手で痛めつけて
自分でやらなくてもすむように
ネットに入って4年目の夏を迎えようとしています。ネットの中の夏には、それぞれ思い出があって、その年の夏に何をしていたのか、風景を思い描けるくらい。いろんな人からコメントを頂いて、ネットの中うろうろと、遊びに行ったり、言葉を交わしたり・・・。
けれど、繋いだリンク先のブログも次々に消えて、仲良くなった人も、いつの間にか姿が見えなくなっていきます。
今年の春、自分がネットの中にいる意味や、続けて行く動機や、得るもの、失ったもの、あれやこれやと考えていると、|||(-_-;)||||||どよ~んと、なってしまって、随分長く更新がストップしたりしてしまいました。
まだ、答えは見つかってないし、そして、過ぎ去っていく人や、その人がくれた言葉や、そんな事を考えると悲しくなってしまう事もあるけれど、まだ、私はネットにいます。
私は、後ろ向きな人なので、出会いの最初はいつも怯えてしまう。優しい言葉をかけてくれた人が、離れていく事を考えると、一歩を踏み出すのをためらってしまう。しつこく扉を叩いてくれないと、扉を開ける事ができません。まあ、たいていの人は、「決していなくなったりしないから」と、言ってくれるんですが、その言葉通りになった試しがない。
多分そんな用心深くて、回りくどくて、しつこい性格にうんざりされちゃうのかもしれません。
好きになったら、忘れる方は苦手な人なので、相手の言葉を簡単に信じちゃいけないと思うのですが、勘ぐるって機能はあまりうまく動いてないらしい・・・。ってか、変わらないものなんて、存在しないって、気付けよ、いいかげん。。。。
それでも・・・
やっぱり、好きはあったほうがいい。そのせいで悲しい事がいっぱいあっても、そのせいで、寂しくても、落ち込んでも、やっぱりあったほうがいい。
久しぶりにかけてもらった言葉に、優しい贈り物を見つけた時、「まだネットにいよう。」そう、思えるから。
ありがとう。さやかは今日もネットの波を漂っています。