狭間に・・・1から読む
ぐいっと引っ張られ、極限まで薄くなった布地の下に冷たい刃物が滑りこんでくる。あっと、声に出して言う暇もなくパチンと閉じ合わされたハサミの間で、細くなった布地は断ち切られてしまっていた。張力が無くなった下着が、だらりと下がって肌の上に落ちる。
慄然とする現実。切られてしまった…と云う、現実が、床を見つめる目の中に広がって来る。甘い押し問答も無く、やさしく焦らされることも無く。ぐいっと引っ張るだけで私の下半身は、何一つ覆うものが無くなっていた。
自分の姿勢が、どうやっても何も隠す事が出来ないものだという事はよく知っている。うつぶせに尻を突き上げた身体は、いくら、脚を閉じ合わせても何も隠せはしない。急にやって来た全てを晒しているという恥ずかしさが、ポンと私を、崖の下に、突き落とした。
急降下。
軽く、ダイブ。快感がスライダーのように滑り落ちてフアンッと、身体を宙に浮かせる。
「たまんない。」
わざと蓮っ葉な舌足らずのセリフを、音に乗せて見る。私が何をしているのか気がついた彼は、くっくっと、押し殺して笑った。
「たまんないなぁ。・・・そんな、とこが。」
それから、何度も何度も触れるか触れないかの距離を保ちながら、撫で上げてくれる。
彼は、私のスカートを一度降ろすと、椅子から、滑り下りて、私のそばに膝をついた。新たな縄で、今度は膝を椅子の足に縛りつける。ぐいっと引っ張って、ひざの内側を、椅子の脚の外側になるように押し付ける。それは、考えているよりも大きく足を開く事で、それが、また私を落ち着かなくさせた。
四肢を椅子に縛りつけられて、私はもう、なにも抵抗できない。その事を確かめようと身体を椅子から浮かしてみた。わずかに腹が浮く程度、ぴったり貼りついた、身体がはがれる程度。そんな不自由さを楽しんでいると。くすくす笑いながら彼は立ちあがった。
「何か飲み物を注文するよ。なにがいい?」
え?注文?
「なにがいい?」
椅子に座りなおした彼が、メニューを開いている気配がした。私は、椅子にうつ伏せに縛りつけられていて、起き上がれない。飲み物を飲めるような体勢じゃない。いや、そんな事は全く問題じゃなかった。注文するという事は、店員が部屋の中に入ってくるという事だ。椅子にうつ伏せになって起き上がれない私の格好を見るという事だった。
私は少なからず、パニックになった。彼の前でだけこうしているのだけでも恥ずかしいのに、そうしている自分を全くの赤の他人に晒すという事は考えても見なかったからだ。見せる事に私は全く興味が無かった。だから、それをしたいと思った事がなかった。しなければならなくなるなんて考えても見なかった。
「いや」
「ん?」
「人を呼ばないで、見られるのは嫌。」
「ああ、そうか。」
一瞬の沈黙。不安。安堵。ないまぜになった恐怖。
「ん、そうだね。」
・
・
・
・
「けど、君には選べないだろう?」
続く
狭間に・・・1から読む

言われるままに、また、膝をずらして行く。吐息が熱く、頭の中が燃えるようだ。足を開くだけで何でこんなに恥ずかしいの。ただ、押しつけるように乗せられただけの彼の掌が、身体の中心に向かって、快感を呼び覚まして行く。
足を開こうとする身体の動きが、頭の中で、火花のようにスパークしてくる。足の付け根を男の中指がゆっくりとなぞりあげる。ぞくぞくっ、とするような、身体じゅうに広がる快感に、私は、また、大急ぎで足を閉じた。閉じたり、開いたり、それが、だんだんとうねりを作りあげ、そして、感じてしまうのだ。
「こら、言う事をきかないな?悪い人だね。」
「・・・言う事を聞かないなら、お仕置きしないとな。」
ああ・・・、私は、その言葉を頭の中で反芻した。何度も何度も、味わいつくそうと。しゃぶりつくそうと。
優しく動いていた手が、いきなりぐいっとストッキングを引っ張った。繊維が引きちぎられ、ビリビリビリ・・・っと、裂けていく。
蒸れて、汗ばんだ素肌に、空気が直に触れる。伝線して、いく、ストッキングの立てる音が煽情的に胸に響く。私は、ギュッと膝をつぼめて、そうさせまいとする。彼の手が、乱暴に動いて、私の肌を覆う、それを引っ張った。
男にストッキングを破られる。引っ張られて無理やり脱がされる。ぼろ布のようにわずかに残ったその隙間から、掌が入りこみ、ぴったりと足をなぞりあげる。
その行為の間、私は、身体を椅子のシートに押し付けて、椅子の足を握り締めて堪えた。
耐える?
違う。いや、違わない。男の与えた行為の、あまりの、刺激に、私は、くるめきながら、引きずりまわされ、自分の中を吹き荒れる、感覚を味わいつくそうとして、必死に、椅子にしがみついていたのだ。
身体も、心も、その感覚も、どこかへ吹き飛ばされそうになっていた。
素肌の上を乱暴に、掴みしめ、傍若無人に撫で廻した手は、最後に、一枚だけ残った下着のへりの所へ戻って来た。ぴったりと身体に貼りついている、薄い白い下着。濡れて、形も露わに貼りついているだろうそれを見られている事が、じっとしているのも耐えがたい恥ずかしさになって、私を突き上げて来た。
ひっくり返した掌の、人差し指の先が、するりと、パンティの縁を越えて潜りこんでくる。ぐいっと引っ張って、ぱちんと離す。
「濡らしてるね。」
言わないで、そんな事、わざわざ言わないで。それとも言って欲しいのか。言葉は、甘い恥ずかしさだけでなく、みじめな気持を呼び覚ます・・。気持がすっと冷えて、私は起き上がろうと椅子をギシギシ鳴らした。
彼の手がもう一度、下着の縁を引っ張った。
「切るよ。」
切る?言われた事が頭にしみこんで形を成すまでに、時間がかかった。下着を切る?そんなことしたら、帰りはどうするの?下着を履かないままで帰らないといけない。ストッキングはすでに残骸になって、床にぶら下がっている。
「いや、切らないで。」
「ふむ、脱がしてほしいの?」
その通り、帰りは、ちゃんと、服を着て帰りたい。切らないで。切らないで。そう思いながらも、じゃあ、脱がして欲しい、と、言葉にする事は難しかった。舌の上を、頭の中を、言葉が、行ったり来たり、恥ずかしい事を言わされようとしている。その事態に、思いが乱れた。
恥ずかしい事を言う事ではなく。相手が言わせようとしている事。それを受け入れようとしながらも自分が反発している事。そんな位置に、自分達がやっと辿り着いたのだという事。混乱が、私の中へ、奔流となって溢れ出していた。
長い、長い、夜に、恋焦がれた場所へ、今、自分が辿りつこうとしているのだという、想いが急激に、突き上げて来て、私は目が眩んだ。
続く
狭間に・・・1から読む
「分からないのがいいの?」
「ええ・・・それに・・・恥ずかしい。」
「恥ずかしいの・・・好き?」
「嫌・・・・好きじゃない。」
「よかった。」
彼が、ちょっと笑った気配を感じて、私はほっとする。何でほっとするのか分からないけれど。彼の低い声が、彼の胸の中で震えるのを感じて、それで、私は安心した。そんな事で安心する自分がちょっとおかしかった。腹ばいになって、椅子に腕を縛りつけられて、男に、尻を触られているのに、安心する自分が、おかしかった。
そう、乗せられていただけの手がゆっくりと円を描くように動きだしていた。彼の手の温かみが、広がって行く。お尻の上全体に、身体の上全体に、心の隅々に。
ふっとその手が離れると、スカートの下へ潜り込んできた。テロンとした生地のフレアスカートは、男の手をなにもふせぎはしない。ストッキングの網目の手触りを楽しむように、腿の付け根から尻の上を撫でまわす。それから足の間に潜り込もうとする。隠しておきたい場所へ。ぴったりと閉じた足の間へ。
「手が入らないな。」
入らないとは言っても、その場所に触れられるのがガード出来る訳ではない。膨らみや谷間の上を指先は、気まぐれに、移動した。熱くなり、膨れ上がっているだろう私の身体はそれだけで、気持ちよさに震えた。
「触りやすいように、足を広げて。」
私は、息を呑む。相手が触られるように、足を広げると云う行為を、自分からすると云う事に。羞恥がこみ上げてくる。広げていても、閉じていても、何も変わらない。変わらないはず。そう言いきかせても、羞恥は、広がるばかりだった。私は、喘ぎながら、膝の位置をずらした。
「もっと。」
膨らみを摘まんだり、擦ったりしながら男が要求する。その要求に応えて、もっと触りやすいように足を開く。まるで、淫売のように。自分を貶めて行く。それでいて相手の態度は、静かで、手の動きは優しい。指の先をマーブル模様を描くようにゆらゆらと揺らめかせながら、裏返した爪の先でストッキングの縫い目を辿り、円を描く。
多分、濡れて来ている。布地は湿ってきている。息が弾んでくる。身体が熱く火照って来る。それを知られてしまっている。知られるように自分から差し出したのだと思うと、それが来られ切れないほどに恥ずかしかった。我知らずに足を閉じようと、力を込めてしまう。
「こら、閉じちゃだめだ。」
手の動きが止まる。彼は掌を、覆うように、その上に乗せた。
「開いて、もっと、大きく。」
「もっと」
「もっとだ。」
続く
キラキラと光る水の流れが落ちてくる。ホールの前の滝が、水しぶきを上げていた。自分の中に充満して弾けそうになっている音楽に身を任かせ、ぼうっと立ちつくす。アンコールの拍手で手が腫れてしまった。ギュッと握って、ちょっと、腫れぼったい感触を楽しんだ。
手が伸びて来て、腕を掴むまで、その人の存在に気がつかなかったのは意外だった。はっと思って振り返ると、もう、その存在感に、圧倒されていた。何度も思いかえし、何度も、反芻したその掌の熱さ。
「どうして、電話をくれなかった?」
自分の心臓の鼓動が、急に大きくなったのが分かる。それが自分に聞こえるのが。
私が電話をして来るのを当然のように待っていたの?本当に?ちょっと眉を寄せて、いぶかしげに覗きこんでくるその表情を見つめていると、責められて当然のような気がしてきた。けれど、私と彼は、ただ、カウンターの前ですれ違っただけではなかったのか?
「君は、何も感じなかったのか?あれきりでいいと思ってたの?」
語尾がかすかな苦痛に掠れて消えた。この人は、すれ違っただけの私を失ったと思っている。惜しんでくれている、私は、腕を掴まれただけの相手に何もかもゆだねきって身体を預けていた。それが当然のように。初めから決まっていたかのように。
電話したかったの。でも、出来なかった。怖かった。扉を開けるのが。そして、いつか、それを閉めるのが。言葉にしなかった思いが、身体の震えになって、溢れた。
後から何度思い返してみても、私も、男も、自分達が求めていたものを一度も口にしなかった。なぜ、そんな事が出来たのだろう?どうして私を見つけたの?分からない。ただ、見つけた。そして、間違いないと思ったんだ。お前も感じただろう?不思議に思っただろう?見つけて、捉まえた。そして、失いたくないと思った。
彼の詰めていた吐息がこぼれた瞬間、ぐいっと腕を引かれた。私は、まろびながら、相手の腕の中につんのめった。
「今度は、黙って行かせないよ。」
ドアを開けて、後悔するだろうに。必ず、後悔するだろうに。

「その背もたれの無い方の椅子にお腹を乗せて。」
私はためらう。そうすると云う事は、彼の物になると云う事を受け入れるって事だ。事が始まってしまったら、嫌は通らない。私が恥ずかしがる事、嫌がる事、苦痛に思う事。そんな事の上を綱渡りして行くために、私たちはここにいる。
3度食事をし、3度目の日にキスをした。4度目の今日。駅前で待ち合わせ、手をつないで雑踏の中を横切り、入ったカラオケの個室の中で、私は、カバンの中から縄を取り出した彼の前に、いた。
このためらいと、不安が、私の望んでいたものなのだろうか。できるか、出来ないか。本当に自分はMなのか。その迷いを振り切ってシートの上に腹ばいになった。床についた、右手を彼が掴み、手に持った縄で椅子の足に縛りつけた。そうして反対の手も・・・。
黙って縄を巻き付け、結び目を作る手慣れた彼の手の動きと、しん、と、変わらない彼の表情を見つめる。ギラギラした男の欲情のかけらもない、静かな横顔。本当に?本当に私を欲しがっているのだろうか?3度の逢瀬に、お互いに交わした言葉は、目の前にいる男とは何の関係もないような気がしてくる。
目を閉じて、男が、腕を掴んだ、あの瞬間を巻き戻した。再生。リピート。コマ送り。一時停止。腕を滑って行く縄が、男の掌のように肌に吸いつく。再生。リピート。コマ送り。一時停止。熱い塊が喉の奥からこみあげてくる。
起き上がった彼が、私の身体の横へ背もたれのある椅子をくっ付けてから座った。お尻よりも少し下の方に、足を私の頭の方へ向けて。椅子の上にうつぶせになった私には頭を振りむけない限り、床と椅子やテーブルの脚や、そして、彼の靴しか見えなかった。彼の右手が私のお尻の上に乗せられる。
スカートの上からとは言っても、びくっと、反応してしまう。心臓の鼓動がさっきよりも大きく、早く、リズムを刻むのが分かる。彼のぬくもりがじんわりと、何枚もの布を隔てて伝わってくる。私は、目を閉じて、彼のその手のぬくもりを味わった。ただ乗せられた温かい手の、私の主となるはずの手。息苦しくなり、口を開けて、空気を吸い込んだ。
「どんな気分?」
どんな気分だろう。私は自分の気持ちの中を手さぐりする。どきどきと甘い不安。何をされるのか分からないって事が、もう逃げられないのだと云う事が・・・甘い。次に起こる事を待ち望んでいるようでいて、恐れている。その恐ろしさが甘い。そんなのって変だろうか。ぴったりと、とじ合わせた足の間が、充血して熱くなる。ギュッと力を入れるだけで、心地よく、自分が、欲情して来ているのが分かった。
恥知らず。
自分に向かって言ってみる。きゅっと、あそこに力を入れて、その甘い余韻が広がるのを確認した。
「怖いわ。」
「どうして?」
「だって・・・」
言葉がのどに引っ掛かって、私は、つばを飲み込んで息を整えた。そうしている事を知られる事が恥ずかしかった。
「何をされるか分からないんだもの。」
続く