2020

08.01

アートで妄想ごっこ

 
「処刑人の首輪」

 男たちは荷車の上で、皆激しく後悔していた。

 私は、シャルル。シャルル・ドゴール。23歳。フランスの片田舎の小さな村で、村長の帳簿付けや雑用をして暮らしている父に育てられた。村は貧しく小さく、村長ですら、租税を納めるのがやっとという有様で、大人になった私は、父にとっては厄介者以外の何者でも無くなっていた。妻をもらう当てもなく、譲ってもらえる土地も無い私は、神父様の書いてくれた紹介状と父に免じて村長が書いてくれた城下の滞在許可証願いを持って、仕事を探しに都にのぼる事にしたのだった。
 その年は、春の長雨に続く夏の日照りのせいで、不作だった。秋の終わりには租税を払うと食べるものが残っていない農夫たちが、多く街をうろついていた。農夫が許可無く土地を離れることは、この国では犯罪である。一人二人であれば、街の人の多さに紛れることも出来、足りない人手を補うことで黙認されていた浮浪行為も、職が見つからぬままにたむろっている者たちが増えるにつれ、段々と目に余るものになっていった。
 わずかなぬくもりを残した秋の日差しが長く長く影を引く、ある晴れた日だった。まだ職を見つけることが出来ずにいた私は、愚かにも、数日前にようやく受け取った滞在許可証とともに、わずかばかりの小銭と紹介状を、人混みの中で掏摸とられてしまっていた。
 行く当てもなく疲れ果て、広場の噴水の側に外套にくるまって丸くなって休んでいた私は、けたたましく鳴く犬の遠吠えで目を覚ますことになった。一斉取り締まりが始まったのだ。私の喉元を掴んで引き起こした兵士は、何を言い訳しても聞く耳を持たなかった。私は、棒で殴られ、突き飛ばされ、地面にうずくまるところを嘲笑われるだけだった。
 捕まった男たちは、広場の真ん中に集められていたが、手首を縛られ抵抗できぬままに、一人ずつ小突き回されながら、下履きを引きずり下ろされた。実は、この国の民人は、みな、尻に入れ墨によって戸籍の番号が彫り込まれている。すなわち、それを改めれば、どこの在所のどういう名前の者か、帳面と付き合わせることが出来るのだった。
 やがて、私の順番が回ってきた。私は、広場の周囲にずらりと並ぶ見物人の前で服を脱がされる屈辱に耐えきれず、必死になってあらがった。だが、縛られた手首を握った大男は苦も無く私を押さえつけ、もう一人がナイフで結んである下履きの紐をぶっつりと断ち切れば、ズボンはわずかに身体に引っかかっているだけだ。役人が、私の番号を確かめると、不審げにつぶやいた。
「おや、こいつは、農夫じゃないようだな」
 すると、ナイフを持っていた兵士らしき男はにやりと笑い
「どうりですましやがって、身体を見られる事を嫌がっていると思った」
と、言いながら、ズボンを乱暴に引き下げた。全ての人の前に私の下半身がさらけ出され、広場は笑い声に満ちた。すると、どうだろう。縮こまっていた私の息子がびくりと跳ねた。
「へえ、たまにいるんだよな。お前のような格好つけている奴に限って、息子の方が恥知らずって奴がな。」
 かがんでいた男はナイフの先で、私の性器を撫でまわした。私は激しく震えながらも、身体が反応してゆっくりと勃ち上がってくるのを、何か見知らぬ恐ろしい者のように見つめるだけだった。

 番号を全て書き留めると、兵士は、私たちを、口をもぐもぐと動かしてはふんふんと辺りの匂いを確かめているラバに引かれた荷車の上に追い上げた。荷車が言葉少ない男たちを乗せて裏門から城壁の外へと出ると、跳ね橋は鎖が擦れる不吉な悲鳴をあげながら上がって行った。もう、城下へ引き返すことは出来ない。掛け違えたボタンのせいで運命が変わったのだ。
 泥に汚れた荷車の床に腰を下ろすと、むき出しの尻に棘がチクチクと刺さる。レンガの敷かれていない石ころだらけの道を走る荷車の揺れは大きく不安定に身体は揺れた。隣に座っている男の下卑た目つきが、一人だけズボンを脱がされた私の、むき出しの尻を嘲笑ってようで、私は一層縮こまって荷車の縁にしがみついた。
 堀に流れ込む川沿いのあるかないかの道は、人家もなく、人通りも無い寂しい道である。やがて、川幅が少し広くなった浅瀬の縁に、板を打ち付けられて作られた桟橋があり、荷車はその横へ辿り着いた。槍と斧で武装した兵士たちは、私たちを追い立て次々と縄を切ると、服を脱いで身体を洗うように命じた。
 逃げようと思えば逃げられたかもしれない。だが、決心するのは容易では無かった。追い立てる槍の穂先のきらめきと、ぶんぶんと風を切る斧を無造作に振るう兵士たちの目つきが、だれかが変な真似をすれば、代わりに手近な男の頭をかち割りかねないと思うのに充分だった。
 やがて手渡しで石けんが回された。それで身体と髪を洗うように言われた時、男たちは不安げに周囲を見回し、お互いに顔を見合わせた。囚われ人の私たちにとっては、贅沢品とも言える石けんは、これから来るであろう運命を暗示していた。私は、恐ろしさに、ただ、石けんを握りしめるしかなかった。
 抑えきれないうめき声が漏れ、思わず逃げ道を探して川岸をみやると、先導をしていた兵士たちが脱ぎ捨てた私たちの服を集めているのが見えた。どの服がだれのものか確かめることも無く、ドンドンかき集めていく様子を見ていると、その垢にまみれた襤褸着を持ち主に返す気はさらさらないのが分った。兵士たちは、囚人と目を合わせようとせず、まるで地面に落ちている石ころのように命あるものと思っていないのだ。
 暗く重く垂れ込めた雲が空を覆っていた。濡れた身体に冷たい風が吹き付ける。川の中で私は、なすすべもなくガタガタと震えた。胃の奥がずうんと沈み、足に力が入らない。考えないようにしていたことが、今、私の頭の中をいっぱいに占めていた。それは、この川沿いの道が途中で二股に分かれ、一つは外つ国へと続く街道へ戻る道だが、もう一つは、残酷なことで有名なある身分の高い女性の住む黒い大理石で作られた城へと昇って行く坂道へと続いている・・・と、言うことだった。

 あなたの国には、処刑人がいるだろうか。もちろん、どこの国にでもいるに違いない。それが必要不可欠であり、それでいて呪われた職業だと言うことは誰でも知っている。この国で、それを請け負っているのがその大理石の城に住むマルティネス家の一族だった。そしてこの家の当主は女性なのだ。
 実際の処刑には力仕事もあり、暴れる囚人を押さえつけることもあることから、男手がいることは、当然のことだろう。しかし、最後の最後、一番残酷なシーンで登場するのがこのマルティネス家の女性達なのであった。
 からりと晴れた青空の下、人々は群れ集い、周囲はしんと静まりかえる。誰かのため息が、唾を飲み込む音が、聞こえるほどに。美しい処刑人は、表情も顔色も変えずに、後ろから抱きかかえたあらゆる男達女達の喉首を持ち上げ、大きなナイフで横一文字に掻き切る。すると、その静まりかえった空間を引き裂いて、びゅっう・・・と、音をたてて血液が噴き出す。その血が地面に血だまりを作り、あたりに鉄さびの吐き気を催すような匂いが充満すると、囚人の命はその血とともに流れ出て、生暖かくつい一瞬前までは確かに生きていたその塊は力を失ってくずおれるのだった。
 鈍く光るナイフからは、蛮行の名残がしたたり落ちていたとしても、どういう技を使うのか、マルティネスの婦人達の服には一滴の血しぶきもとばず、衣擦れの音をたてて、たくし上げたスカートをさばきながら処刑台を優雅に降りていく様は、黒い貴婦人の名を冠した彼女たちの面目というものだった。
 そして、かの一族が果たしている役目はただそうして命を奪うことだけでは無かった。公開の鞭打ち、地下室の拷問、それから効果的なその方法を見つける探求。一つの国の暗部と呼んでもいい部分を担っているのがマルティネス家なのだった。今、少しばかり身ぎれいに洗われた男達は、それぞれの罪を償うべく、再び荷車に乗せられて、その大理石の城へと連れられて行くのだった。
 地下室の入り口には、美しい絹の服をまとったレディたちが、微笑みがら、鋭い音をたてる鞭をふるいながら荷車が来るのを待っていた。微罪の囚人達は、彼女たちの腕を磨くために、あるいは、その腕を競い合うために、格好の遊び道具としてここに送られて来たのに違いなかった。
 私たちは夕暮れの中、地下室のねぐらに帰る蝙蝠達とともに、鉄柵をくぐりぬけて城の中に吸い込まれて行った。



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 悲鳴が聞こえる。人の皮を打ち据える鞭の音とともに、沢山の人間のありとあらゆる泣き声が。それを後ろにしながら、私は名を呼ばれ、暗い階段を昇って行った。壁に打ち込まれた枷に繋がれなかった安堵と、一人だけ群れから引き離される心細さが襲ってきた。後ろからは、無表情で一言も話さない、白い髪を一つに括った老婦人が付いて来ている。
 城に連れ込まれた時は、周囲の男達がみな裸だったせいで紛れていた羞恥と居心地の悪さが戻ってきていた。暗く陰湿な岩と鉄で出来た地下室を一歩出ると、黒い大理石の外観に似合わない居心地よく調えられた調度の部屋が並んでいた。広い廊下を抜けてぐるりとスロープを描く階段へと誘われる。行き交う女性達はみな老婦人とおそろいの、よく洗って糊を利かせたまっしろなカラーをつけた黒いお仕着せを着ていた。その中でも、若い女性たちは、私のみすぼらしい裸へちらりと視線を送ってくるのだった。
 そんな状況なのに私のそれはそそり立ち、歩きにくい。私は、恥ずかしさと惨めさにそれを手で覆わずに入られなかった。階段を抜けると広々とした山と川と城下町へ向けて窓が開かれたおおきなバルコニー付いた豪華な部屋に案内された。そのバルコニーには白いセーム革のソファが一つぽつんと置かれていて、そこには輝く金髪と氷のように碧い瞳の一人の少女が座っていた。
 私は何を言われなくても、そこに跪かずにはいられなかった。畏怖と震えが襲ってきて顔を上げることも出来ない。
「シャルル、何を怖がっているの。お前、捕まったときは、自分は違うと主張していたそうね」
 ビロードのように滑らかな彼女の言葉が私の背筋をゆっくりと這い上っていき、私の全身はそそけだった。命令するのに馴れた声。自分の命令が必ず叶えられると確信している声だった。
「御前を穢しまして恐れ入ります。私は、許し無く土地を離れた農夫ではございません。昨日までは、滞在許可証も持っておりました。掏摸にあってしまったのです。けっして、悪事を働こうとしていたわけではありません」
 私はつっかえながらも、必死に釈明をした。だが、どんなに言葉巧みに釈明したとしても、彼女の心に届くようには思えなかった。
「そうなの?つまり、おまえは、自分では無く、役人どもが間違いを犯したと言っているのね。けれどその役人は、おまえが捕まった時、身体がどんな反応をしていたのかを、報告してきているわ」
 恥ずかしさに頬は燃え、それでいて、冷たい鉄の滴が背にしたたるような心持ちだった。私は、跪いたまま、一層小さくなり、できれば女性の視界の中から消え去りたかった。
「どうしたの?罪を犯していないのであれば、何も怖がることはないのではなくて?」
 女性が立ち上がる気配がした。ドレスの裾が、私が這いつくばっている床の空気をそよがせる。私は、膝をついたまま、後ろにずり下がろうとしたが、すでに遅く、音も無く近寄ってきた男が私の肩を押さえつけた。
「私が誰だか知っていて?」
 私は、震える声で答えた。この国の誰もが知っている。マルティネス家の七人の娘達のうち、一番残酷で、一番腕がたち、一番美しいと言われている、時期当主、リゼット・フロランス・マルティネスを知らないものがいようか。
「リゼット様でいらっしゃいます」
「そうね。では、お前、私の首輪を受け取る事ができるかしら」
 私は、弾かれたように顔を上げた。首輪。それが意味するものはただ一つだった。この美しい女主人の下、一生を苦痛と屈辱と羞恥にまみれながら生きていくことだった。何一つ罪を犯していないのに、その軛に繋がれ社会的に抹殺されたも同然の存在になるということだった。
「どうしてですか・・・。なぜ、私を」
 彼女は少しだけドレスをたくし上げた。そして、銀の縁取りのある小さな靴に包まれた足をそっと伸ばし、私の、床にこすり透けられていた玉袋をゆっくりと踏みつけた。そうされながらも、私の竿は泣きながらびくびくと存在の主張をやめてはいなかった。
 私はどうやって生きていこうとしていたのだろう。一枚の推薦状を頼りに。取り立てて優れた長所もなく、身を立てる技術も無く、広場に外套一枚で丸くなって眠るしか無いような身の上で。私はどうやって、生きていこうとしていたのだろう。服を剥ぎ取られ、辱められながらも、恥ずかしげも無く興奮してくる身体を抱えながら。私はどうやって生きていけばいいのだろう。
 ピイィイィィィ・・・・。バルコニーの外に広がる青い空を鳶が鳴きながら円を描いていた。私は顔を伏せ、目を瞑り、差し出された首輪に口づけた。私の女主人はにっこりと笑い、私の首に皮の首輪を巻き付けた。二度と外されることの無い、その首輪を。



 最近私の妄想生活でたいへんお世話になっております鞭フェチM男さんのブログWhipping Mistress 2から、Sardaxのartで、何を妄想するのかやってみました。シャルル君の今後が思いやられる結果となりました。まあ、でも、厳しい女主人が好きなのはM男性の性ってもんですよね。うん、多分・・・。シャルル君、がんばれ。

 鞭フェチM男さん、いつもありがとうございます。ヾ(@⌒▽⌒@)ノ


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    2020

07.26

四行・恋愛小説




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春風がスカートを翻して彼女が下着をつけていないのを見せた。
それから、赤い唇で、彼女が世界に微笑みかけるのを。
今まで知っていた事、すべてを覆す驚きに、僕は立ち尽くす。
そして一層彼女を愛しいと思う気持ちに揺さぶられる。


春爛漫のチャットに初心な頃の初恋のような気分。
姿が見えないからって何カッコつけてるの、恥ずかしい。
自分の言葉と不幸と妄想に酔っている。
けど、まあ、いいじゃないの。だって、虹が見えたんだもの。


桜散る満月の夜に古寺の垣根を二人で乗り越えた。
裸足で踏む蒼い苔がひんやりと足に冷たい。
急いで脱いだ服を足で邪険に押しやるあなたの汗の匂い。
土の上に舞い落ちたもみじは未だ青く鮮やかな色をしていた。


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パラパラと蛇の目にかかる雨の音を聞いていた。
一つ傘の中、並んで歩いたあの日。
哀しみも苦しみも微笑みの中に閉じ込めて生きてきた人は言う。
紫陽花はいつも、垣根の向こうで咲いている、と。


天の川があんまりくっきりと見えたから、ドライブに行った。
山奥の林道を走る車は、ガタガタと揺れながら横滑りする。
「今崖から落ちそうだったのに気がついた?」と、男が言う。
揺れを楽しんでいた私は心中の瀬戸際に気が付かずはしゃいだ。


稲妻が光る土砂降りの雨の中、道に迷って階段から転げ落ちた。
大丈夫?と、手を差し出す男は濡れてないしお日様のよう。
私は、これは、間違いないと思って男にしがみつく。
男は手を振り払い、次々と新しく落ちてきた女に声をかけた。



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 出かけられないので、おしゃべり相手を探してチャットへ行くことがあります。今は、みなLINEで慣れているのでチャットに抵抗がないようです。ただ、困ったことに、知らない相手だと、こっちが質問をずーっと積み重ねないと会話が続かないことがあります。「そうですね」だけじゃなくて、相手にボールを投げ返す工夫が必要なんじゃないかな・・・と、思うんですが、なかなか難しいようです。

 そのボールですが、自分のしたいことだけを主張するとこれまたうまくいきません。相手のしたいことを聞き出して、自分のしたいことを伝えるくらいの気持ちでいると、そこに枝葉が生えてきて、見栄えのいい樹になっていくかもしれません。
 会話がうまい人はそれだけで尊敬に値するのですが、行間を読む技術のある人は本当に素晴らしいなって思います。

 とことで、実際に会う直前になると、黙って急にいなくなる人がいます。あるいは綺麗事を並べ立ててたのに急に答えがほとんど返ってこなくなって、叱ると、ご期待に添えなくて申し訳ありませんでした。とか言って去る人も。それは、実際にはSMをする気はなくて、オナネタの妄想にに使おうという人だよ・・・・・・って、教えられました。もしくは、ただの詐欺師だって。別にSMをしなくてもいいから、おしゃべりの相手はして欲しいんだけどな。(笑)

 ほんと、こんな時代なので、おでかけができず、おしゃべりが不足しています。


★マスクをしないと出かけられなく雨もざんざん降ってるので、どうしようもならないです。まあ、そんな時の暇つぶし動画はやっぱりこれで間違いないです。


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    2020

07.21

四行・ファンタジー小説(おとぎばなし)





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その赤いドアはひっそりと、路地の片隅に隠れている。
旅に出る時に持つのは擦り切れたコートと思い出の詰まった鞄。
右足の次に出すのは必ず左足。間違えないように。
ゴールはきっと大好きな人の腕の中。


さあ!入り口を潜るんだ。そしてミッションをクリアする。
ミッションってなあに?カトリックの学校を卒業するってこと?
違うよ。とにかく冒険をして、ドラゴンと戦うんだ。
私、ドラゴンが二本足で炎を吹かないのなら絶対行かないから。


山道の小さなお地蔵さんに挨拶をしないと道に迷う。
帰り道が見つかるのは七日後。
向かえてくれる知人は、七歳年を取ってる。
私は、教訓で少し賢くなってはずなのに、やっぱり転ぶ。


旧家に嫁いだ姉の嫁ぎ先の家には何故か廊下に箪笥が三竿。
洋服箪笥を開けると階段があって、中二階の隠し部屋にいける。
けれど、他の箪笥の引き出しを開けると姉に大変叱られる。
そこに住んでる小人が、ぞろぞろ出てきてしまうからだ。


おばあちゃんの家には蔵があってひんやりと冷たい。
そこで黒い塗箱の中に隠れてる羽のある小さな妖精を見つけた。
妖精は歌を歌ったり踊ったりして私の寂しさを埋めてくれた。
失いたくなくて持って返って冷蔵庫の中にしまってある。


いつも通ってた道を右に曲がったら森だった。
遠くに城が見えるし、花の上で妖精が踊っている。
「王子様が白い馬で走ってくるはず」と、思って待っていた。
やってきたのは黒いうさぎで、真っ直ぐ帰る道を教えられた。


 おとぎばなしはなぜこんなに怖いんでしょうか。多分、西洋も東洋も同じように怖いです。子供に話して聞かせる教訓で、真実をうがったはなしだったからかもしれません。また、集めた人が怖いはなしを集めるのが好きだったのかもしれないですよね。こんなはなしは、外が真っ暗な月の無い夜に、心細く思う人達が火の側に集って語り継がれたのかもしれません。
 子供の頃よく見た夢があります。
 それは、遠くからいくつもの灯りが連なって近づいてくる夢です。私が住んでいた家は山の尾根のこちら側にあり、友達の家はあちら側にありました。その友達の家の方を夜中に見ると、家々の明りが消えてしまっていて、山なので外灯も何もなくまっくらなのです。その山道を連なった灯りが降りて来ます。下まで降りたら、私の住んでいる山へと登る道へ出会い、今度はその明りはその山道を登ってくるのだという確信がありました。私は、必死で雨戸を閉めようとするのですが、なぜか、雨戸が引っかかってうまく閉まらないのです。私はそれを狐の嫁入りだと思っています。灯りが家の前まで来たら、私は囚われて籠に押し込められてさらわれてしまうのです。だから、怖くて怖くて、無我夢中で雨戸を閉めようとしています。
 地理上のイメージが解りにくくてすみません。まあ、大人になって思い返してみると、夢なのでいまいち辻褄も合わず、なぜ、雨戸を閉めたらさらわれないと思うのかもいまいち分らないのですが。(笑)
 ファンタジーはおとぎばなしほどは怖くないはずです。扉を開けて旅立つ冒険小説なのですから。けれど、もし、ほんとうにタンスの奥に異世界があったら・・・・・・やっぱり、そこから何が出てくるのか考えれば、夜も眠れないほどに怖いかもしれません。ほんとに、意気地のないS女ですね。


★さて、夏の暑い日こそ寒い動画をどうぞ。涼めるかもしれません。



 
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    2020

07.05

四行・ホラー小説




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「幽霊が出るのは夜中だけじゃないさ」と、大叔父は笑う。
「人が大勢いれば大丈夫なんて思うのは大間違いだ」と。
それは知っている。園遊会の日に、窓から覗く女を見た時から。
漆喰で塗り固められている開かずの部間の無いはずの窓に。

新月の日、夜中になると姉は、必ず起きだして歩きまわる。
灯りもつけずに、裸足のまま、冷たい床をひそやかに動く。
それから、音楽室のピアノを弾いて、母を涙にくれさせる。
姉が死んだ後、家からピアノを運び出させたかいもなく。

寝そべって本を読んでいるボートの縁を黒い手が掴んだ。
岸辺まで泳ぐのはわけないけど足を掴まれたらと思うとぞっとする。
船着場からメリッサが僕の名前を呼んで、手はするりと消えた。
メリッサは、家でただ一人だけ、僕が会話が出来る幽霊だ。

裏階段にある歪んだガラス窓に白い人影が焼き付いている。
夜にそこを通ると、窓の外に幽霊がいるように見える。
「稲妻写真は科学的に証明されている」と父は気にしていない。
偶に自分の肖像を眺めにくる影がいなければ僕とて気にしない。

「古い館だから、しょうがないわ。幽霊がいたとしても。」
リボンとレースの付いた袖をひらひらさせながら従姉妹が言う
「私には見えるの。死んだ叔父が図書室にいるのが。」
僕は俯いて笑う。叔父が出るのは屋根裏だと知っているから。


 怖い映画を観るのが好きなんですが、でも、そうすると夜中にトイレに行くのが怖かったりして困りものです。特に一人で観るのはかなり嫌。それは、今、住んでる家のせいなのかもしれません。今まで、何軒かの家に住みましたが、後ろが怖い家と、全く気にならない家とありました。今の家は、中くらいです。一階は怖い、二階はまあまあ、三階は怖くありません。一階にお風呂があるので、夜更かしの私は、夜中にお風呂に入ったりするため、下手なことはしたくないんです。S女なのに意気地がないですね。(笑)

★お休みの日の暇つぶし動画はスパンキングで。

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    2020

06.20

今思うとこっちはマジ




「地獄 2」

 目眩がして、降りようとした階段の上で足元がふらついた。
 危うく頭から池につっこみそうになり、俺の手首を縛った縄を引いていた獄卒は、乱暴にその縄を引いた。
「こんなの嘘だろう。ありえないだろう。こんなことで地獄送りになるなんて、信じられない」
 涙がぽたぽたとこぼれた。自分の人生を振り返ると決して自慢できた行いばかりでは無かったけれど、それでも、地獄に落ちなければいけない理由が、口淫が好きだからなんて。  
 納得がいかなかった。それくらいならむしろ、女を騙して金を貢がせたとか、気にいらないとひっぱたいたとか、女を不幸にしたことを罵られたほうが理解できる。
 多くの子どもの可能性を無駄に女に喰わせた。鬼はそう宣言した。
 多くって、それが精子なら、一回の射精で一億って数だ。けれど、セックスしたってそのほとんどが卵子に到達する競争過程で打ち負かされてしまうはずだ。しかも、たいていは、そういう競争をするチャンスすら無く、行き着く先は、結んで捨てられるゴム溜まりの中だ。子どもを作るための交合なんて、選ばれたカップルのほんの一時期だけ。現代じゃほとんどまれになってしまっている。もちろん俺も、俺の子どもを産みたいなんて女に出会う幸運なんか訪れはしなかった。
 男なら誰だって知っている。一生のうち作り出す精子のほとんどは、女の子宮の中じゃなく、次の瞬間はゴミ箱に捨てられるティッシュに拭われるか、トイレに流されるかしてしまうものだってことは。
 
 足元を確かめながら、促されるままに黒い石の階段を降りていく。階段は途中から池の中に消えていき、意識は本能的に先へ進むのをためらうが、後ろから来る獄卒が今度は後退るのを許してくれない。
 覚悟を決めて、階段を降り続け、池の中に身体を沈めた。顔が沈む時の恐怖は、生きていたときの残滓なのだろうか。肺の中に水が流れ込み、身体のすべてが池に沈むまでが一番苦しく、身体はもがきながら水面に浮上しようとした。だが、手首の縄はびくともせず、浮いた身体も縄に引かれてなすすべもない。肺がいくばくかの大きな泡を吐き出すと、やがて、身体はゆっくりと沈み始めた。
 先程足が離れた階段の角を足で探る。あと一、二段降りると、歩く度に砂が湧き上がる池の底だった。
 池の底は、すべてが緑色に霞んでいて、足も腕も重く、一歩一歩がゆっくりとしか動けない。時々銀色の腹をきらめかせながら、ついっと肩をかすめるように泳いでいく黒い魚は、人を恐れず馴れ馴れしく身体を寄せてくるのが不気味だった。
最初は、昆布だと思った遠くの方に揺れている黒い影は、足を繋がれている人間たちだった。顔を歪め、苦しみに、うおううおう、呻いている。進むに連れ、地の底を這うように低い呻き声は四方から押し寄せてくるようになり、これから、どんな目に合わせられるのかを思うと、膝は笑い、その場にしゃがみこみそうだった。

 老婆はその並ぶ人柱の奥に待っていた。黒い布を頭から被って、皺だらけの顔と手をその影に隠している。あまりにも皺くちゃで人相すらもはっきりしなかった。獄卒から俺を縛る縄を渡されると、その顔が少し微笑むのが見えるような気がした。それからその小さな老婆は、地中から生えている足枷のところに俺を連れて行くと、両足を少し離してそこへ繋いだ。
 想像していたよりもずっと滑らかで優しい手がゆっくりと足首を握り、反対の手がしっかりと足首に新たな枷を巻き付けていく。両足が池底に捕らわれると、どういう訳か足が浮き上がりゆらゆらと揺れる昆布の群れに加わった。
 それから老婆は、俺の来ていた服を細いカミソリのようなもので切り開き、俺を素裸に剥いた。切り裂かれた服は、老婆が手を離すとゆらゆらと池面に向かって漂っていった。次に手首の縄も切られ、それもすぐに漂っていった。
 次に老婆は、地面から駕籠を持ち上げると、そこに山盛りに盛ってある丸いものをひとつ持ち上げてみせた。半透明で丸く卵の殻のように滑らかな表面に僅かな凹凸が影をなしていた。
 さっきの魚が老婆の肩をかすめ、それが、この魚の卵だということを教えてくれる。魚たちは揺れる人柱の足元に置かれている駕籠の中にせっせと卵を産み付けていたのだった。
 老婆が身振りで口を開けるように示した。池の中では、はっきりとした言葉を喋ることが出来ないのかもしれない。俺が口を開けると、老婆はその口に、さっき示した卵を押し込んだ。
 うえっと喉がえずき、身体が飲み込むことを拒否した。卵は、固く丸く、どうやったって喉を通りそうにない大きさだ。だが、老婆は次の卵をその上にまた、押し込んでこようとする。池の中にいるのに冷や汗が吹き出すのが分かった。必死になってどうにか卵を喉の奥へ奥へと送り込もうとした。早く飲み込めと言うように、肩へ、魚が次から次へと頭をぶつけてくる。
 口を閉じないとうまく飲み込めない。俺はもがきながら、目で老婆に訴えたが、老婆は優しく微笑みながら、また、次の卵を喉奥に押し込んで来た。籠いっぱいの卵が俺の腹の中に納まるまで、おれは、のたくりけいれんし、げえげえ言いながら、努力を続けなければいけなかった。
 老婆は、空になった駕籠を俺の足元に置いた。すると、思ったとおりさっきの魚がヒレを振りながらその籠の傍に寄る。足の下で何が行われているのかは分からないけれど、遠くを見れば、少しずつ増えていく卵の上で、みなが苦しんでいる様が見えた。
 老婆は、一仕事終えたとうなずくと、ゆっくりと水の中を俺から離れていった。次の誰かの山盛りになった駕籠を見つけに行ったのだろう。

 硬い卵が身体の中をゆっくりと下がっていくのが分かる。くねくねと長い道のりを自分の存在を主張しながら。挿しこむような痛みが起きて、腹をかばおうとくの字に身体を捻った。涙はずっと止まらなかったけれど、池の水に溶けていくばかりだった。身の不運を誰かに訴えることも出来ない。
 運命がこの先どうなるのかは、向こう側で苦痛に揺れている他の者の身体を見れば分かった。やがて腹を通って来た魚の卵を、それが通過する度に顔を歪めてうんうんと唸りながら産み落とすしか無いのだ。産み落とされた卵は池の底に落ちると粉々に砕け、その中から一匹の稚魚が産まれ出ていく。
 どうして。俺は、俺のものを喉に突き立てた女たちの苦痛と陶酔の表情を思い出しながら、身悶えた。どうして、許されないんだ。確かに嫌がっている女もいた。でも、喜んでいる女だっていたじゃないか。傷つけられ、飲み込めない、食事が出来ないと言いながらも、次も諾々と俺のものを受け入れていた女もいたじゃないか。
 ただしゃぶらせるだけじゃなく、自由にしたのがいけなかったのか。髪をつかみ、喉を思うさま突いたのがいけなかったのか。あの白濁の中に自分の子どもたちがいたというのか。そんなはずがあるか。そんなはずがあるはずもない。だって、俺には一度も、ただの一度でも、家庭を作る機会なんてなかった。そんな人生じゃなかったじゃないか。
 だけど、それを選んだのは自分だった。どこかの曲がり角で、何番目かの女で、ちゃんと選んでいたら……。辛い坂道を真面目に登っていたら、こんなことにはならなかったと鬼は言いたいのだろう。だけど、イラマチオが好きだったのだからしょうがない。この結末を我が身で味あわない限り、現世の俺は、何度やり直してもそれをやめられないだろう。
 どれくらいの時間身悶えていたのか、やがて、めりめりめりと硬い玉が出ていこうとして、身体を押し開く痛みを感じた。腹の中の卵は石のように重く、身体の中でごりごりと身を擦り合わせている。
 もしも、女の喉の奥に吐き出した精子の数だけ卵は飲み込まなくてはいけないとしたら、それは、永遠と同じじゃないか。いつまでも終わりはしない。俺は、ついに、底の底まで行き着いてしまったんだ。帰る道はない。
 その時、小さく白い稚魚が揺れながら浮いてくるのが水の向こうに滲んで見えた。嗚呼。産まれ出た地獄の魚に、命は、あるのだろうか。

 地獄に雨が降っていた。静かにしとしとと。視界はどこまでも続くようでいて、どこかで途切れているはずだ。この世界は閉じている。そうだ。今まで生きてきた世界と違って。



 
 鹿鳴館サロンの書き方教室の作品は、mixiに集められています。

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    2020

06.17

いま思うとコメディ

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「地獄」

 目を覚ますと眼の前に美しい鬼がいた。万華鏡のようにきらめく銀色の目に、銀色のさらさらと流れる髪の毛。髪の生え際の上には、赤い小さな角がふたつ。まるで、愛らしいアクセサリーのようにちょんと突き出ていた。ミルクの中に桜の花びらを浮かべたようなピンク色の肌は、思わず手で触れたくなるような滑らかさで、うっとりとするような起伏を描いている。
 だが、手を伸ばそうにも私の腕は私の思い通りにならなかった。どうやら一つにくくられて頭の上に引っ張られている。何度かひきよせようとこころみて、ようやく縛られていることに気が付いた。
 周囲を見回すと、空は真っ暗で星一つ無く、私自身の体はごつごつとした岩の上に裸で横たえられているようだった。みじろぎする度に背中がずきずき、ひりひりと痛む。
「これは……どういうことだ?」
 のしかかってきていた鬼は、これまた銀色のドレスの長い裾をさばきながら、私の腹の上に座り直し、にっこりと笑った。その微笑みに、私はぞっと総毛立った。
「どういうこともこういうこともないわ。見たとおりよ」
「だが、見たとおりとは?」
 ふふん、と、鬼は鼻で笑った。私の顔色が変わり、じっとりと冷や汗がにじみ出るのを眺めて楽しんでいる。
「私が誰だか分かるかしら」
 鬼は、立ち上がると、きらきらと雲母のように光るものに包まれたつま先で、私の腹を突き始めた。私は、答えるのを躊躇った。はじめから分かっているとしても言葉に出して確認することは別問題だった。つま先が与えてくる痛みは段々と強くなり、私は、腰を捻って、つま先が当たる場所をずらそうとした。
「そうよ。鬼が番をしている場所はどこ?」
 私は答えられなかった。夢を見ているのだと思いたかった。それで、私がわずかに首を横に振ると、鬼は、くすくす笑い始めた。やがて、その笑いが大きくなり、高笑いで終わると、彼女は力を込めて私の柔らかな脇腹を踏みつけた。私は悲鳴をあげた。
「ここは、地獄よ」
 ああ、やっぱり。そう思う気持ちと、そんなはずはないという気持ちが、複雑に絡まりあい、ありとあらゆる後悔と吐き気が同時にこみ上げてきた。
 だが、確かに私は人の手本になるほど素晴らしい人間ではなかったかもしれないし、間違いもおかしてきたかもしれないけれど、だからといってまさか、地獄に落ちるほどの悪人でもなかったと思う。

「どうして、どうしてなんだ。私は、地獄に落ちるようなことはなにもしていない」
「あら、そうなの。でも、それは、しょうがないわ。あなたは変態だもの」
 私は、心底びっくりして移動をやめ、彼女の瞳をまじまじと見つめてしまった。さっきまでの恐怖が、頭の後ろの方に滑り落ちてしまい、いつもの悪い癖がむくむくと立ち上がってくる。私は、妙に理屈っぽく、自分の価値観に合わないことを言われると腹が立って後先を考えなくなるところがあるのだった。
「変態だって?」
「そうよ。だって、あなたは女の子のお尻を叩いては喜んでいたでしょう?」
「違う!それは違う、絶対違うぞ。第一、あれは世に言う『お仕置き』ってやつなんだ。性癖とは無縁の教育的行為だ。変態なんて言われる筋合いはさらさらないぞ」
 今度は鬼のほうがびっくりする番だった。
「まあ。あなた、ほんとにそんな事を信じていたわけじゃ無いでしょうね」
 信じていた。いや、信じていたのはお尻を叩かれる側の女の子たちの方だったのだけれど。だから、お尻を叩く側の私たちは、彼女たちの紅く腫れ上がったお尻や痛みにくねる有様を見ても、まったく欲情していないそぶりを貫きとおしていた。
「やっぱり変態よ。まちがいなしに。そのうえ、嘘つきね」
 大げさに鬼がうなずくと、私の反抗心は再び渦巻く。
「だって、教師とか熱心な親だって、子どもをぶつことはあるだろう?それと同じだよ。イギリスのことわざにもあるだろう。『鞭を惜しむと子どもをダメにする』相手が正しく育つように、私は、彼女たちの面倒をみて、指導していただけだよ。そもそもあれは、みんな相手が望んでいたことなんだ」
 鬼は、呆れたように首をふり、それから、今度は私の腹の真ん中に尖った踵をぐりぐりと押し付けた。
「言い抜けようったってだめよ。あなたは、あれが大好きだったし、とっても楽しんでいたでしょ?あなた達は、お互いにそんなふりをしていただけで、ほんとは自分たちのしていることが教育じゃないってことはよく知っていたはず。ごっこ遊びをしていたんでしょ?」
 鬼は、小さく溜息をついた。
「私の所へ来る変態達はみんな分かってないけど、変態はみんな地獄に来ることが決まっているのよ。あなた達変態にとっては、天国っていごこちがよくないの。それに、誰かにとっての地獄がすべての人にとっての地獄でもないし」
 鬼がさっと手を振ると、仰向けに横たわっていた身体は見えない手によってゆっくりと持ち上がり、腕はぐいっと上へ向かって引き伸ばされた。いつの間にか眼の前には白い石の柱があって、私はその途中に突き出ている金具に吊り下げられているのだった。足はようやく爪先立って床に付くくらいで頼りなく、踏ん張ることもできなかった。腕が痛い。
 視点が変わったので恐る恐る周囲を見回すと、その石の柱は海のように広い池の周囲に等間隔で並んでいるのだった。あまりにも広いので池の縁に波が寄せてくる音が暗闇に響く。そして、柱はどこまでも続いているように見えた。それでも、この空間には終わりがあり、星の無い空のように思えたものは、一番向こう側で壁のように地面と交わっていることが感じられる。
 一番近い柱までは六メートルほどあるだろうか。右の柱にも私と同じように一人の男が繋がれていて、やっとこのようなもので身体を抓られていた。男はその度に甲高い悲鳴をあげ、泣きながら許しを請うているようだ。左の柱には鱗のように身体中に蝋の模様をつけた女が足を広げて逆さ吊りになっていて、足の間には大きな赤い蝋燭が突き立てられていた。
 ここは、本当に地獄なのだ。
 私は言葉もなく、右を見て、左を見た。やがて、右側の三本向こう側のぼろぼろの女が声もなく、ぴくりとも動かなくなると、責め立てていたたくましい男の鬼が、その女を柱から降ろすと、躊躇なく池に突き落とした。
 死んだのだろうか。
 そんなはずは無かった。地獄にいるのだから、もう死んでいるはずだ。そのとおりで、しばらくして、鬼が彼女をつないでいた綱を引くと、池に沈んだかのように見えた女はずるずると引きずり上げられた。すると、身体は傷ひとつ無くなり、女は手をついて立ち上がり、思っていたよりもずっとしっかりとした足取りで鬼の元に歩み寄った。
「ここが地獄だって納得できた?」
 恐ろしい光景に魅入っていた私の背後にじっと立って待っていた鬼が、ぴんと張り詰めたソプラノの声で、優しく耳元で囁いた。それから、ひゅうううんと、籐鞭(ケイン)を振った。それは、私が、現世で使っていた一番酷い道具だった。それが、人の身体にどんなダメージを与えるか、私が一番良く知っていた。
「やめてくれ。それだけはやめてくれ」
「おやおや、どうしたの。立場が逆転しただけで、情けないこと。この鞭で、たっぷりお尻を叩いてあげるから」
 銀色の鬼は嬉しそうにひゅんひゅんと鞭を鳴らした。そう、私も、よくそうしたものだった。うつ伏せになる女の子達の後ろで、わざと鞭を鳴らしてみせた。それが好きな子にとってはどきどきとした胸の高鳴りを呼び、嫌いな子にとっては怖ろしさに震えあがるように。
 しかし、いくら現世でもやっていた行為とはいえ、私は、叩く側の人間で叩かれる立場になるなんて、まったく想像したことが無かったのだ。

「待て待て待て、待ってくれ。いきなり籐鞭で叩くなんて酷いだろう。お尻を叩くのにも手順ってものがあるだろう?まず、手で赤くなるまで叩いて充分温めてから道具を使うんだ。それも、あんまり痛くないものからだんだんにレベルをあげていって、籐鞭のようにダメージが大きいものは一番最後に使うものだぞ」
「まったくもう。その順番こそが、教育的指導とやらをお互いが楽しむための最適な手順になっているってことに気が付いてないの?」
 ビシイイイイイイイ!!
 情けないことに私は上ずった悲鳴をあげてしまった。初めてのケインは、私の無傷の尻にくっきりと赤黒い痣を浮かび上がらせているに違いない。鬼は容赦なくビシビシと強い打撃を繰り出してくる。想像以上の痛さに私は飛び上がり、みっともなく足を跳ね上げては、尻をふった。あっという間に傷だらけになったであろう尻は、ずきずきと脈打っている。
「すまない。ある程度叩いたら、休んで冷やしてくれないか。こんなことしていたら酷い痣になって、妻にばれてしまう」
「まあ、何甘いこと言っているの。でも、喜びなさい。もう、奥様にばれることもないのよ」
「なんてことだ。だが、本当にそんなに酷く叩き続けられたら、死んでしまう」
「あなた、さっき、女が池に放り込まれるのを見ていたでしょ?あなた達は、もう、これ以上無く死んでいるのだから、心配はいらないわ。それに、肉が削げて、骨が見えるまで容赦なく叩いてあげるから、そうしたら、あまりの痛みにそんな細かいこと気にならなくなるわ」
 私は、涙が溢れてくるのを感じた。痛みのために?それとも、私は悲しんでいるのだろうか。妻ともう会えないこともショックだったし、このまま、ずっと永遠にこの苦しみを味あわないといけないのが分かってきて、それもショックだった。身体がぼろぼろになったら、池の中で再生し、また、最初からやり直さないといけないなんて。絶望に、身体がねじ切られるような痛みが追い打ちをかけ、足がもつれる。やがて姿勢が崩れて、私の身体は、ぐったりとボロ布のようにぶら下がるだけになってしまった。
「まってくれ、打つのをやめてくれ。姿勢が崩れたら、元の姿勢に戻るまで、打つのを止めて待つというルールを知らないのか」
「なにふざけたこと言っているの。そもそも、姿勢を崩さないで足を踏ん張って持ちこたえるってのが、打たれる時の誇りなんじゃないの?」
 私たちは叩かれたりしないんだ。叩かれるのが好きなのは反対側の嗜好の人間だ。でも、鬼が言うことも最もなのだった。成長したら、母の膝に乗せられて手で叩かれるような恥ずかしい真似をせず、ちゃんと自立してお仕置きが終わるまで姿勢を崩さないのが、お仕置きを受ける最も大事な子どものプライドでもあった。
「それは分かっている。だけど、一度叩くのを止めてくれないと姿勢を元に戻せないんだ。それに、もう少し綱を緩めてくれ。暴れたので尻以外の場所も傷だらけになってしまった。ちゃんと、屈んで逃げずに受けるから」
 本当は受けたくなどなかった。どう考えても、私がこんな目にあっていることに納得ができなかった。ただ、お互いにそれが好きだったから、私たちは同意を得て楽しんでいたにすぎなかったのに。
「とりあえず、今はこのまま続けましょう。どうせ、動けなくなるまであと、二、三日のことだし」
「待ってくれ。待ってくれ。そもそも、お仕置きは、罰なんだ。この地獄だって、悪いことをしたからこんなに酷く叩かれているのだろう?だったら、尚更、私がちゃんと罰を受けられるように、立ち上がるまで待ってくれないか」
「うーん、ほんとにこれ罰なのかなぁ。でも、いいわ。立ち上がって姿勢を正して。腕の縄もちょっと緩めてあげるわ。その代り、足をその柱の両側に繋がないとね。そうすれば、鞭をうけるのにちょうどいい姿勢になれるでしょ?」
 くそ。私のプライドにかけて、ここは、耐え抜こう。私は自分自身を励ました。だが、その心の奥底で、これが永遠に続くのかと思うと身体に力が入らないほど絶望を感じた。お仕置きだったら、反省し、謝罪し、当然のように許されて、最後は優しく抱きしめられて頭を撫でられる。うまくすれば、いい気分になって性行為に及ぶことだって可能なのだ。なんてことだ。なんてことだろう。
 ただ、ちょっとばかり女性を痛めつけたり、泣かせたり、嫌がることを無理強いしたり、お尻が腫れ上がって座れないほどに傷つけたり、恥ずかしがるのを分かっていて裸にして辱めたりしたばっかりに、こんなことになってしまった。ついつい、痛くて泣いているのを無理やり押さえつけてやっちゃったりしたこともあったけど、それも、全部、全部、全部、女性たちが明日正しく行きていくために手伝いのためだったのに。だから、みんなありがとうって言ってくれた。お兄ちゃんって言って、懐いてくれたじゃないか。
 全然変態とかじゃなかったのになぁ。ああ、痛みのために気が遠くなってきた。きっと、そろそろ、あの池に放り込まれるのだ。
 そういえば、私は、泳げないんだった。まいったな。どうしたもんだか。やがて、苦しみは恐ろしく強く、息がつけぬほどになり、気が遠くなってきた。それは救いなどではなく、新たな苦しみの始まりだと言うのに。
 銀色の鬼がにっこり笑った。私はそれを慈母の微笑みだと思い込もうとした。気がつけば、私はきっと母の膝の上にいるはずだ。そうじゃないと「スパンキング」は成り立たないはずじゃないか。そうして、私はキラキラと光る渦の中に飲み込まれた。




 
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    2020

05.29

午後の退屈と幸福







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 水樹は、向かい側に座った男が何気なく肘を付いている喫茶店のガラステーブルの上を見つめていた。男の肘が置かれた位置から、じわじわと何かが滲み出てきている。濁った灰色と毒々しい赤が交じり合っているような液体は、見つめていても分からないぐらいの速さで、茶色のガラスの上に拡がり始めていた。
 周囲の景色が歪んで写っている液体の縁の盛り上がりは、男の指紋や手の脂がベタベタとついているガラステーブルの上で、ゆっくりと、確実に領土を拡げて行っている。
  水樹の背筋を冷たい汗がつたい降りる。じっとりと汗をかいているのに、汗に覆われた水樹の身体は冷たかった。嫌悪に、ぞっと髪の毛が逆だってきて、水樹は、必死に視線をそらし、見慣れたいつもの窓の外を見ようとした。しかし、捉えられた風景は黄色いタオルが干されていることぐらいで、目を逸らしながら も、その物質が伸び拡がっていくのを横目で確認せずにはいられなかった。
  水樹が「相手の身体から滲み出てくる何か」を見るようになったのは、去年、近道のために通った公園の裏道で、見知らぬ男に植え込みの影に引き倒されて乱暴された後からだった。殴り飛ばされた頬は骨折し、唇は大きく切れていた。腫れ上がった顔も、息をする度に痛む肋骨も、紫色に変色した痣だらけの身体も、自分のものと信じられず、汚らしさに身がすくんだ。水樹にはその時の記憶が途切れ途切れにしか残っていない。そして、傷は治ったが、身体のあちこちが、そして胸が、今でも思い出したように痛む。

 最初に、人の身体が、何かに触れているその場所から滲みだしてくる粘液に気がついた時、混乱した水樹の心は、自分が目にしているものを受け入れられなかった。目の錯覚と自らに言い聞かせ、やがて、幻覚を見ているのだと考えた。でも、どうやっても、それはそこにあり、その 現象も消えてはくれなかった。 
 医者も、看護婦も、家族も、「かわいそうに」を、顔にはりつけて、ぎこちなく笑いかけて来た。診察しようと手を 伸ばしてくる医者の指の先からも、それが滲み出ていて、自分の肌に押し付けたまま少しでも時間が経過すると、それが私の体に塗りつけられるような気がして、すくみあがった。
 恐怖を押さえつけて、その液体に触れた事もあった。診察券とおつりと領収書を渡された時だった。自分の指を相手の肌と繋いだものが、ぬちゃああ・・と粘り、糸を引いて、自分の身体をの上に這い広がっていく感覚に、「どうしました?」と尋ねる病院の受付の男の不審な目も構わずに、必死に手を振り払い、洗面所に駆け込んだのを覚えている。
 気が狂ったように石鹸に手をこすり続け、便座に顔を突っ込み吐いた。何度もレバーを引いて、渦を巻いて流れていく水に、自分の思いも流してしまいたいと願った。

 触れていた身体が離れていくと、その場所に「それ」は、残る。時間が経つとやがて蒸発し、触ると、甘ったるいジュースをこぼしてそのまま乾いた後のような、肌が張り付くような感覚の染みになった。粘着テープを触った時のようなそんな触覚だ。そして、かすかな腐臭が残る。水樹は、周囲が困惑するほどの潔癖症になって、自分の周囲をアルコール除菌のウェットティッシュで拭きまわるようになってしまった。その行為は周囲の「かわいそうに」 を、増殖させ、水樹は、いつもそれを意識して生きるようになった。
 その液体は人によって色も、粘度も、匂いも違っていた。おそらく味も違うのだろうけど、そんなことを試せるほどの度胸はない。ただ、ひたすら「消えて」と、願い続けるしかなかった。この現象も、その粘液も、そんなものを引き起こした事実も。
 犯人はまだ捕まっていない。

 もしも、自分が、大好きで、大好きで、いつもその姿を目で追い、いくら見つめていても見飽きることもなく、そばに寄るだけで胸が暖かくなり、微笑みを向けられれば、嬉しさで胸が張り裂けそうになるような人がいたら、どんなになっていたのだろうか。
 その人の、肌からも、それは、滲み出てくるのだろうか。どんな色、どんな匂いがするのだろう。もし、その人に抱きしめられたら、お互いの肌がくっついた場所から、それは滲み出てくるのだろうか。それでも、私は相手の腕の中で、うっとりとしていられるのだろうか。
  恐ろしいのは、自分では自分のそれを見る事が出来ないのだけれど、相手が、それを見る事が出来る人だったらどうなるのだろう……と、いうことだった。相手に触れる喜びに熱くなった自分の毛穴が一斉に開いた時、そこから濁った汚水が滴り落ちていたら、どうすればいいのだろう。美しい相手の身体の、透き通ってさらさらとしたそれと、自分のぬちゃぬちゃぬるぬると相手を絡め取ろうとする粘液が、大好きな人の肌の上で交じり合い、身体を動かす度にきたならしい音をたてるとしたら……水樹には到底耐えられそうになかった。
 多分、多分だけれど。この粘液は、相手の考えや、気持ちや、今までしてきた行いや、積み重ねてきた罪が作り出すのではないだろうか。美しい人は美しい花の密蜜のような粘液をしたたらせ、人の心を絡めとり、甘く酔わせることができるのだ。
  けれど、どう考えても、自分の身体からそんな美しいものが出ているとは思えなかった。なぜなら、水樹の周囲には、そんな人は一人もいなかったからだ。みんなどこか濁ってよどんだ色をしていて水樹の嫌悪を呼び覚ます。
だから、水樹が夢に描いているほどに惹かれる相手なんて、いままでも、これからも、現れはしない。水樹にはそんな未来が許されているはずがない。大好きな相手に、自分の考えてる事を、自分の感じてる事を、自分の辿ってきた生き様を見せるなんて耐え切れない。

 そして、今、正面に座っているのは、血の繋がった水樹の父親である。母を殴って、足蹴にし、骨折させて離婚することになった後、父の権利なのか、子の権利なのか、一年に一度だけ、面会する事を許されている。
 水樹は、彼を、悪い父だったとは思っていなかった。小さい頃は、手をつないで、川べりを散歩したり、肩車をしてもらったりしたこともあった。よく、一緒にお風呂に入って、身体を洗ってもらった。同じ布団に入って眠り、眠りにつくまで身体を撫でてもらったこともあった。
 その向けられる笑顔が、鬼のようだと思ったのは、夢だったのだろうか。現だったのだろうか。
「水樹、怪我の具合はどうなんだい?顔が思っていたよりも、綺麗に治って、お父さん、ほっとしたよ。」
 男の手が無造作に伸ばされて水樹の手に軽く触れた。水樹の肩がびくっと跳ね上がる。その瞬間、塞がれていた記憶に、切れ目が入り、次々と自分が襲われた暴力が蘇ってきた。まるで、普通の光景をぶった切って、雷が落ちてきたようだった。
  あの、眼の裏が真っ黒になり、火花が散って、何一つ考えることができなくなった時間。自分の顔を殴りつけ、倒れた所を足首を掴んで、低く茂った木の間を、乱暴に、身体中に樹の枝で引っ掻き傷ができてしまうのも頓着無く引きずった。泣いているような、しゃくりあげるような罵声……それは確かに父親だったのだ。
 こうして向かい合って座り、男の鬼の様な微笑みを見て、どこか棒読みの語りかけてくる声を聞きながら、鮮烈に戻ってくる記憶と、 だんだんと世界が大きく広がり、自分が小さく縮んでいく感覚の中で、両手の握りしめた拳をテーブルに押し付けながら、水樹は、ただ小さく震えていた。
  あの拡がり続ける粘液に飲み込まれる前に、男の腕に捕まって、また、痛い目にあわされ身体から出る粘液を自分の下腹に擦り付けられる前に……戻ってきたこの記憶を消せたら……。それが出来ないのなら、このテーブルをひっくり返し、逃げ出したい。水の中を掻き分けて進むときのように、スローモーションで、抵抗する自分の姿が、瞼に浮かぶ。

 小さい箱の中に、自分の記憶を押し込め、二度と開かない重石を乗せようと、じたばたと水樹はもがいた。




 この作品は、書き方に通い始めて、三回目の時に書きました。初めて行った後、随分時間があいてたから、正式参加の二作目かもしれません。まだ、全然、ルールが分ってない頃の作品でした。何しろ題名(テーマ)が「午後の退屈と幸福」ですからね。どこが退屈なんじゃい!みたいな。それと、確か鹿鳴館では、まだ初心者のうちは一人称で文章を書くことになってました。三人称は、視点の設定が難しいからです。それに、まだ、起承転結がなんたるか、全く解ってませんでした。
 じゃあ、今は、解ってるのかって言えば、解ってるけどうまく使えないってところでしょうかね。なによりも今は、書きたいものが無くなってしまったことが痛いです。

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    2020

05.18

窓と鍵 3




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「新聞社にお勤めされていらっしゃるんですか? それともフリータイターでらっしゃるんですか? わたくし、そういう方は、コーヒーがお好きなのだと思っていました。」

 女性は、少し、緊張したぎこちない笑みを浮かべながらも、歌うように筆者に話しかけてくる。日本人形のように切りそろえられた黒い髪に、くっきりとした深い瞳。語る度に、ひらひらと動き回る彼女の手は、陶器のように滑らかで白く、しなやかで、美しい。しかし、惜しいかな左手には、薬指と小指が無い。だが、彼女は全くそれを隠すような素振りは見せず、その手は、自由に空間を踊った。そして、筆者は、彼女の話に聞き入っているうちに、欠けた物がある からこそ、かえってその美しさが際立つのだと感じ始めていた。
 普段、ほとんど、家に閉じこもって生活をしているというその女性は、ようこの話の後に、「窓と鍵」の雑誌を拾った時の事を、その人と交わらぬ生活ぶりとは裏腹に、率直に語ってくれたと思う。

 「そう、『窓と鍵』でした。私は、その雑誌を、塾の帰りに通りかかった公園で拾ったのです。中学2年生だったと思います。『窓と鍵』という題名 も、平凡な二色刷りの表紙も、扇情的なものはなにもなくて・・・・・・。私は、つい『あ、雑誌が落ちてる。なんだろう』程度の認識に引かれて、公園に入り込んでしまいました。そして、何の警戒心も無くその場で、拾い上げた雑誌のページをめくってしまったのです。後から思うと、どうしてそんなことしてしまったのか、どうしても分かりませんでした。落ちているものを拾うなんて・・・・・・でも、その時は、なんとなく、ただふらふらと、そうしてしまったんです。
 けれど、色刷りのページを開いた途端に、私の喉は、驚きのあまり、締め上げられるような呻き声をあげてしまいました。大慌てで、ぱたんと音を立 てて雑誌を閉じた後も、物凄く悪いことをしている所を見つかった気分に襲われ、おそるおそる、周囲を見回さずにいられませんでした。
 夕暮れの公園には人影もなく、公園の周囲は、木が生い茂り、たとえ、周囲の家の窓から誰かが覗いていたとしても、何も目撃する事は、できないと思われました。
 でも、もし、ここにこの雑誌がある事を知っていた人がいたら。私が、公園に入り込んで、出てきた時に、雑誌が無くなっていることに気づいたら。 持っていったのは、あの女の子に違いないと分かってしまう。どうしよう・・・・・って、思ったのを覚えています。そんな事、だれにも、知られているはずもないのに・・・・・。でも、そう思うだけで、私は、かあっと顔が熱くなり、震える手でその雑誌を塾のバックの中に大急ぎで突っ込むと、足早に家に、逃げ帰ったのでございます。
 その夜、家人が寝静まってから、布団の中に学習用のスタンドを引き込んで、息を殺してむさぼるように雑誌を読んだのを覚えています。頬のすぐそばにあった、蛍光灯のランプが、すごく熱くて、湿った身体を動かそうとする度に、汗で張り付いた肌が、いやらしく音を立てるんじゃないかと思いました。
 その雑誌は、今で言えばSM雑誌と、人に呼ばれる種類のものだったと思います。けれど、私は、そういう事だけを集めた雑誌の存在を、よく知りませんでした。断片的にしか知らなかった、赤裸々な男女の交わりだけでなく、嫌がる女を縛って無理矢理に犯したり、鞭で打ち据えたり、果ては、たくさんの人達の前で辱めたりするような絵や小説が沢山載っていました。
 それから、淡々と、まるで科学の実験レポートのように、蝋燭の温度や、縄の手入れの方法を説明しているページもありました。女性はそこでは、実験の道具で、物のように扱われるのです。その合間には、白黒で刷られた、海外の絵と覚しき拷問図が散りばめられていて、数々の拷問を受け続けていて、私 が、ページをめくる度に、囲まれた壁に悲鳴を響き渡らせていました。
 その雑誌は、私が今まで、自分の中に見つけ、扱いかねていた欲望を全て、余すこと無く、誰の目にも分かる形で、描いた雑誌だったのです。」

 そこで、彼女は、ほうっ・・・・・・と、ため息をついて、もう一口紅茶をすすろうとしたが、カップの中は空っぽだったので、自分で、ポットを引き寄せ て、私と自分のカップにおかわりの紅茶を注いだ。指が無くても、動作に不自由さは無かったが、それでも筆者は、無作法にも、その欠けた部分をじっと見 つめずにはいられなかった。
 「この、指。気になりますか。これは、昨年、包丁で、うっかり、切り落としてしまったのです。」
 筆者は、急いで首を横に振り、気にならないと応えてみせようとしたものの、その瞬間に、彼女の着ている襟が、隠しきれずに変色した打ち傷の痣を覗かせているのに気がついた。そして、彼女自身も多分、筆者がそれに気が付いた事に、気がついた様子で、ふっ・・・・・と視線を逸らした。

 「私が、初めて、そういう行為がこの世の中にあるという事を知ったのは、高校の国語教師だった叔父の家に、しばしば遊びに行き、泊まるように なったせいでした。叔父は、壁一面を、たくさんの難しい本で埋め尽くした書斎を持っており、遊びに行くと、私は、その部屋に布団を敷いて寝かせられていたのです。
 小学3年生でした。こんな子供が、小さな字でいっぱいの文学全集や学問の本や、大人用の雑誌の中から、砂浜に落ちている埋もれかけた桜貝のようなささやかな存在である加虐被虐のシーンを探し、隠れて読んでいるなどと、大人たちは、誰も想像していなかったに違いありません。
 私は、私の胸に響くシーンを追い求め、文学全集から、推理小説まで、並んでいる本を次々と漁りました。とにかく、無理やり酷いことをされる女性を描いている部分が好きだったのです。恐怖に頬を引きつらせ、涙ながらに懇願し、許しを請い、逃げ惑い、悲鳴をあげ、痛みに身悶えする女達が表現されている部分が・・・・・・。
 それから、私は、本屋に行くと、それらしい記述のある本を探すようになりました。けれど、持っているお小遣いも少なく、 ヌードグラビアが載るような雑誌に近づくなんて、到底出来るはずもありません。私は、文庫本のコーナーを行ったり来たりして、ようやく、文庫本になっていた、海外の官能文学を手に入れました。
 そして、白黒の挿絵がわずかばかりに入っているだけの、文字の連なりの中に、恋焦がれる行為をみつけ、戒めを解こうと必死になって、身をもがく 女達を探しだしました。優等生の仮面を被ったまま、その子供が読むのは禁止されていると思われる一瞬、一瞬を愛で、繰り返し、繰り返し、心の中で思い巡ら し、身のうちにふつふつと滾るものを抱えて、生きておりました。

 ですから、「窓と鍵」を、布団の中で読んだ夜は、私にとっては、到底忘れられない夜になったのです。今まで見てきた、白黒の抽象化された挿絵や、時代小説の中に時折現れる責め折檻とは違って、そそけだつ産毛すらも見えるかのように克明に描かれた女性が、乱れた着物をはだけたまま、眉を寄せた辛そうな表情で床の間に縛られて晒されている絵やあられもない姿で男たちに責めさいなまれている様が並んでいました。また、物語の中で、ただそれだけが目的の物語の中で、延々と、悲鳴をあげ、涙を流しながら、身をくねらせる様が克明に描かれていたのです。
 今まで、飢えながら、あちこちを探しても、得られなかったものを見つけた喜びと、明らかにいけないことをしているに違いないと思う確信に、私の胸は高鳴りました。
 そして、何度も何度も、読み返すうちに、私の身体は熱く火照り、自分の手で、どこかに、振れることも恐ろしいほどに敏感に、むき出しになっていきました。それは、ただ、身体だけの事では、ありません。心もそうでした。蓋を締めてしまい込み、見つからないように、時々こっそりと覗き込み、楽しんで きた、いけない禍事の中に、私の想いはどっぷりと浸かりきり、固く結び付けられてしまいました。今までの飢えを満たすかのように、何度も何度も、頭から泉に顔を突っ込むようにして、淫楽の泉から水を飲み干していました。」

 「今では、私も大人になり、いつしか、身体の関係があるような恋人とも、何人もおつきあいした事もございます。
 昔に比べて、そのような本もビデオも、簡単に手に入るようになりました。ただ、私が大人になっただけかもしれませんが。でも、どんな雑誌でも、本でも、「窓と鍵」のように、何度も何度も、繰り返し舐めるように読むような事はありませんでした。
 それから、始めは緊張しましたけれど、それこそ清水の舞台から飛び降りるようなつもりでIDカードがないと入店できないようなお店にも、行った 事もございます。思いの外、店員さんも、常連のお客さんも、フランクだったおかげで、まるで、行きつけの喫茶店でも出来たような気軽さで、そのお店に通っておりました。 お恥ずかしい事でございますが、服こそは脱ぎませんでしたけど、親しくなった方に縛ってもらった事もございました。そういうお店に来るお客さんの中には、縄を自由に操ることができる方がいて、そんな方はどうしてか紳士的で優しいのです。身体をいやらしく撫で回すこともなく、いきなり服を引き裂いたりもしません。
 でも、そういう場所では、私は、布団の中に隠れて、あの本をこっそりと読んでいた時のような喜びは、一度も感じたことはございません。実際に、縛られて自由を奪われているはずなのですけれど、男性は、決して私の嫌がることはせず、その行為に慣れきった他のお客たちは、隅っこで、そんなみだらがましい事をしている私たちを、いやらしくジロジロと見ることもありませんでした。
 あの店は、安全でした。女性にとっては、限りなく。そして、そこで飲む水はまるで、濾過されてしまった、味の全くしない水道水のよう・・・。不純物はまるで入っていないかけれど、喜びのかけらも見つけることはできないのです。
 だからいつの間にか、自分が、あの本を無くしてしまった事に気がついた時は、わたくし、本当に悲しくて、悲しくて・・・・・・。いつまでも塞ぎこんでしまい、諦めきれませんでした。それを失ってしまったと思っただけで、もう、なにもかもどうでもいい・・・・・・って、思えるくらいに。」

 話が終わって、彼女が立ち上がった時、どこかで鈴の音が鳴った。筆者は、猫がいるのかと、思わずテーブルの下を覗きこんだけれど、そんなものが いるはずもなく、目の前にあるのは、彼女のむき出しの足首だった。その足首の周囲は、どこか、痛々しく、青黒く変色していて、少し凹んでいるような気がし た。

「ふふふ・・・。」

 彼女が笑ったような気がして、筆者は、はっと姿勢を正した。自分が、女性に取っては失礼なことをしてしまったという意識があったせいか、いつもは無遠慮に、根掘り葉掘り質問を重ねる唇は、気の利いた挨拶を述べることも、うまくいかなかった。

 喫茶店の前で、彼女と別れた。彼女を見送りながら、筆者は、思わずため息をついてしまっていた。なぜか、つきものが落ちた瞬間のように、だるく、力が入らなかった。
 指って、包丁で、うっかり、切り落とせるようなものなじゃないよな・・・・・・。
 筆者は、彼女を追いかけて行って、もっと、色んな話を聞くべきだ・・・・・・と、自分を叱咤してみた。けれど、その足は、意に反して、地面に張り付いたように動かなかった。




 
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    2020

05.17

窓と鍵 2





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 その三角木馬の背は、木で出来ていました。鋭角を描くべき背は、気休めのように、先を丸く削って油で磨き立ててあります。その艶やかさは、上に乗って来る女達の股間を、優しく、受け止めてくれるようにさえ見えます。けれどそんなことは、決して在りません。もともと股間は、体重を支えるように出来ている場所ではありませんから。
 実は、今から、一人の女性が、この上に乗せられるのを観るために、私はここに来ているのです。周囲にひしめき合いながら座っているたくさんの人たちは、ほとんどが男性で、私を含めて、女性は4、5人という少なさです。今日は、ちょっとした秘密の集まり「女囚拷問の夕べ」なのです。

 昔、私は、公園で、雑誌を拾いました。「窓と鍵」という題名の本で す。あなたが探しているのは、その雑誌でしょう? 薄い冊子で表紙も地味なのに、小さな文字でその中に、たくさんの物語を抱え込んでいました。今、私が、 ここにいるのは、その雑誌のせいです。その雑誌は、私の好奇心と、いろんな加虐や被虐に対する衝動を目覚めさせたのでした。日常生活に必要のない、益体もない嗜好の知識を拾い集めたがるようになったのも、それがきっかけでした。
 そして、今夜、舞台の上で拷問にかけられる私の女友達も、その雑誌を公園で拾った事があると言っていました。その中の妄想譚の一つを読んでから、女囚になって、拷問を受けてみたいと憧れるようになったらしいのです。もちろん舞台の上で行われるのは拷問ごっこで、彼女もそれは分かっているのですが、与えられる痛みは本物で、なまじっかの覚悟では受け切れるものではありませ ん。

 三角木馬が責問いに使われるようになったのは、武士が台頭してきた時代だと推測されています。武家の家にはどこも、鞍を乗せておく 木製の台が備えられていたからです。その台は、人を跨がらせるのに調度良く、拷問のために背をわざわざ尖らせたりしてはいなかったのですが、それでも、その背の部分に人を跨がらせて、自重で、股間に苦痛を与えたり、その台に固定することによって、身体を打ったりするのに都合がよかったのです。やがて、その背は、乗り手の身体を痛めつけ、股を裂くために鋭く尖らせるようになっていきます。
 海外にも拷問の道具として、三角木馬が作られているのですから、文明や時代にかかわらず、目的に叶う道具は同じ形になるのでしょう。

  やがて、部屋を仕切った暗幕の影から、私の女友達が男に引き立てられて出てきました。灰色の着物を纏い、後ろ手に縛られて縄尻を取られています。私と彼女の間の距離は5メートルもありません。部屋に入った時に、一度だけちらりと、私を見た彼女は、すぐに、恥ずかしそうに頬を染めて、目を逸らします。
その後は彼女はもう、私を見ることはありません。舞台正面に引き据えられ、正座している彼女は、肩をいからせ、拳を握りしめ、頑なに床を見つめ続け、身を乗り出し、舐めるように彼女を見つめる男たちの視線に耐えていました。
 これから何が起るのかを知っていて、待っている時間が辛いのは私も知っています。私の友達も、今日は食べ物が喉を通らず、せっかく食べても身体が受け付けずに、吐いてしまっているようでした。昨日は眠れなかったのか、すでに青ざめて辛そうです。
  やがて、責める役の男が、彼女の後ろに、あの大きな木馬を運んで来ました。そして、座っていた彼女を引き上げて立たせると、後手にかかっている縄に、縄を足して、彼女を宙に吊り上げました。それから、着物の裾を大きくまくり上げて、下半身を露出させます。むき出しの尻は白く陶器のようで、脚は足場を求めて 足掻き、拠り所を求めてよじり合わされます。今、彼女は彼女の夢に、そして、私は私の夢に入っていこうとしているのです。
 十分晒し者にしたと 思ったのか、男が、彼女の身体の下に木馬を引きずってきます。重い木馬が床をこする音は、恐ろしい物が近づいてくる時の序曲のようです。逃げようとする足首を掴まれ、引き寄せられた彼女の足の間に、無理矢理に押し込まれていく禍々しい木馬。今、苦痛の処刑台は、静かに彼女の身体が降りてくるのを待っています。
 ゆっくりと、縄が緩められ、彼女の身体が静々と下降して木馬を跨ぐのを、見開いたたくさんの眼が、彼女の身体の一点だけを見つめています。 ほとんど身体が馬の背の上に乗ったかに思えた頃合いに、男は、縄を一旦仮留めすると、彼女の足を二つ折りにして縛り始めました。木馬の横木に足を踏ん張れないようにしているのです。半分に折り曲げられてぐるぐると縄を巻かれていく間、彼女は、激しく首を振って、身体を揺すって泣き出しました。 

 縄が巻き付いた太腿は、無意識に、自分の出来ることをしようとしています。力を込め、木馬を挟み込み、締め付けて、身体を支えようと。体重が木馬の背に乗らぬように、自分の身体を浮かせておこうと、力を振り絞っています。
  その間に男は、彼女の髪の毛を掴んでねじりあげ、俯いていた彼女の顔を晒します。青ざめた生贄の美しい顔が歪みます。縄で髪をくくり、吊られた縄に留められてしまうと、俯くことも、暴れることも制限されて、身体の重心は、まっすぐに馬の背に乗せられた部分にかかることになるのでした。
 それから男は、仮止めを解いて、彼女の身体をわずかばかり苦痛から遠ざけていた、吊っていた縄を緩め始めました。彼女の身体が縄に頼って浮かせられる事が無いように、それでいて、倒れたり落ちたりしない程度に。すると、もう、ほとんど、木馬に乗ったと思っていた彼女の身体は、ゆっくりと沈んでいき、三角形の先は、 股間深くにめり込んで行き始めたのです。
 彼女のかすれた悲鳴が響き、全身を貫いた苦痛が、身体の表面を、さざ波のように移動していくのが分かり ました。もう、あまりの痛みと、恐ろしさに、身動きすることも出来ません。それは、その姿を見つめる私もたくさんの男たちも同じでした。声も立てず、身を乗り出したまま、ただ、目の前に現れた苦痛のオブジェを見つめるだけです。
 段々と彼女の息が荒くなっていき、着物を捲くられた背の辺りから汗が流れ落ち始め ます。しっとりと濡れた身体が、ただ上下に息づいていました。彼女の顔は歪み、その苦痛を表しているのは、しっかりと握りしめられた震える拳と、折り曲がったつま先の血の気の失せた有り様だけとなるのでした。
 頃合いを見計らって、表情を変えずに淡々と男が近づくと、竹に割って、細挽きを巻きつ けた笞を振り上げます。そして勢い良く尻に向かって打ち下ろすのです。静寂を破る新たな悲鳴。動くまいとしていた身体が反射的に跳ね上がり、一層、重みのかかった部分の痛みを増幅させてしまうのが分かりました。一発で、彼女の白かった尻には赤いミミズ腫れが浮き上がってきます。
 笞は、何度も振り下ろされ、それからふと止まります。固まって見ている私たちが、息をする事を思い出すように。彼女が落ち着きを取り戻し、もう一度動揺するのを繰り返すために。笞が休んでいる間も、息をする度に上下する肩が痛々しく、くいしばった歯の隙間からは呻き声が漏れます。
 長い時間責めが続き、彼女の体力が削り取られて行き、悲鳴もか細くなってくると、男は、彼女の肩を掴み、全体重をかけて、彼女の股間を木馬に捻り押し付けました。縛られた足に新たな石の錘を結びつけ、その錘を急に落として、衝撃を与えます。新たな責めが加えられる度に、彼女は生き返り、魚のように身体を跳ね逸らすのでした。力を込め続けた太腿はぶるぶると震え、身体はぐらぐらと姿勢も定まらなくなって行きます。
 彼女の頬がみるみるうちに削げ、泣き喚き打ち振られる顔は、涙に びっしょりと濡れて、くくられた膝の先から、汗が滴り落ちるのがライトに光っていました。纏った着物も汗を吸って色変わりしていき、やがて床が汗だけでないもので濡れた時、ようやくその演目は終わりを迎えました。
 彼女の身体を降ろそうと、男が足の縄を解き始め、木馬を彼女の身体から引き抜くと、自分で立っていられないほどに衰弱した彼女は、吊られた縄の先にぶら下がった死体のようになっていました。
 それでも、責め役を務めた男は、そのまま静かに幕を引くのをよしとしなかったのでしょう。男は、彼女の身体からびっしょりと濡れた着物を引き剥ぐと、もう一 度床に足が着かないよう吊り上げ、抵抗の出来ない無防備な身体を、竹割りの笞で散々に打ちすえました。竹の角で肌は切れ、血が縞模様を描きながら流れ始めます。打擲は、彼女の体中に赤い蛇が浮き上がり、鳴き声が枯れ、息も絶え絶えになるまで続きました。
 部屋は、それを見つめ、視線だけで貪り食った、たくさんの鬼達の身体の熱気でむせ返っています。そして、その中の一人にすぎ無い私は、女友達の身を案ずることもなく、我が身のうちの想いに耳を済まし、喜びのため息をもらしてしまうのでした。

 いいえ、それでも、私は、知っています。一時間後に、会って抱きしめるこの女友達のこけた頬は、薔薇色にいろづき、瞳は異様に輝いていることを。そして、彼女は、私の腕の中でよろめきながら、三ヶ月後の石抱きの舞台も、ぜひ、観に来て欲しいと、細い少女のような声で語りかけてくるのです。





 ★休日暇つぶしの動画はこちらです。

 鹿鳴館サロンの書き方教室の作品は、mixiに集められています。

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    2020

05.16

昔、書き方教室に通ってました 窓と鍵




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「窓と鍵」って雑誌を拾ったことを、どうして知っているんですか?「昔は、公園にSM雑誌が落ちていた」って、話をよく聞くんですが、私自身は、そういう覚えが無いんです。せいぜい、裸のグラビアの載った週刊誌を見かけるくらいだったと思うんです。だから、「窓と鍵」の事は、すごく印象に残っています。初めてで一度きり。私が、SMについて、いろいろと調べるようになっちゃったのは、あの雑誌のせいなんじゃないかなぁ。
 一番良く覚えてるのは、アナル・フィストの記事だったんです。それは、それは、詳しく書いてありました。
 お尻の穴って外部括約筋と内部括約筋って二種類の筋肉からできているんですよ。知っていました? 外部の方は、中枢神経系なので、自分で意識して動かすことができるんですけど、内部の方は、自律神経系だから、血圧や呼吸の速さやその他の不随意の身体機能を調節するのと同じで、自分の意のままにならないんですって。
 それから、異物を入れると痛かったりするのは、入り口から二センチ半くらいのアナル管の周囲がクッションのようになっていて、リラックスしてると、ここから血液がスムーズに排出されて収縮する事ができるんですけど、緊張すると固くなっちゃって、血液がうまく流れないために痛みや不快を感じちゃうらしいんです。
 アナル管は、その後二十センチから二十三センチくらいの直腸につながっていて、直腸吊り下げ筋で吊られているような形になっているんです。それで、尾骨の方にカーブをえがいていて、角度を考えないで異物を挿入してしまうと、腸壁に当たって、スムーズに入らないので、注意してください。無理に入れると、絶対に、アナルは痛いものって意識にとらわれて、身体が緊張してしまうようになるので。
 だから、とにかく、まず、リラックスしないといけないんですよ。できれば腸の中も洗浄する事を薦めていました。やっぱり、最初は、排泄物があると思うと、いろいろ考えちゃうじゃないですか。相手の手に付いたらどうしよう・・・とか。笑わないでください。乙女にとっちゃ切実な問題です。でも、いちじく浣腸みたいな薬は使っちゃいけないんだそうです。刺激が強いですから、排泄感を強く感じるようになるので、洗浄した後に、挿入される時によけいな影響が出ちゃうんですって。人肌のお湯で、洗ってあげるって気持ちですね。使う道具もいろいろ載ってたんですけど、一番気になったのはエネマシリンジだったかなぁ。なんだか、あの色が、ゴムの氷枕みたいな色で、病院で使うような道具に見えてどきどきしました。
 次に重要なのは潤滑で、化粧水やクリームは吸収されてしまうので水溶性の潤滑油とかワセリンを薦めていました。水溶性の潤滑油って、今でいう、「ぺぺ」とかのことでしょうか。ショートニングとかサフラワーオイルとかピーナッツオイルとかも書いてあって、耳慣れない言葉だったので、なんだか、いろいろと想像してしまいました。今なら、植物性の油だって、すぐ分かるんですけどね。調べることも容易だし。
 挿入する人はよく手を洗って、爪も切って、それから、ゆっくりと一本の指から入れるんです。相手が違和感や痛みがあったら、馴染むまでじっと待つ。お尻って、麻酔を打てば、医者が腕を突っ込めるくらいに、拡張するのは一時間足らずなんですって。すごくよく伸びるの。だから、少しずつ、優しく、ゆっくりと進めれば、だれでも、結構、大きい物を入れられるようになるんです。
 フィストって不思議ですよね。写真とかを見てもグロいだけで、入れる方は、なにが楽しいのかよく分からないです。神経も使うし・・・。相手に対する支配感なのかなぁ。
 入れられる方ですか?実は、私、ここまで、滔々と語れるくらい書いてある事を覚えたのに、経験はたいしてないんですよ。それに、相手も、同じように知識があるならいいんですけど、どうしたって、私が受け手なのでねぇ。やりながら語るわけにはいかないし、無駄に詳しいと相手の機嫌も悪くなったりとかするし・・・。
 でも、その「窓と鍵」によると、奥まで入れると、みぞおちの辺りを内側から、ペコペコ膨らませることも可能なんですってね。身体の中に他人の腕が入っていって、中で動いてるのが外から分かるってすごいと思いませんか?直腸の奥にあるS字結腸のところから、手のひらをこう返して、えーと、角度に合せて進めるんですけどね。気持ち悪いですか? やっぱり? 確かに内臓の中をかき回しているようなもんですものねぇ。
 でも、私、思うんですけど、身体の中に自分でない生き物の動きを感じるのって、他には、多分、妊娠の時だけなんですよ。男の人には、分からないでしょうけど、八ヶ月くらいになると、ぐーって肘とか踵とかで、身体の中を押しながら、こするような動きをするんです。それが、妙に痛気持ちよくって。懐かしいなぁって、思うことがあるんです。結構乱暴に蹴られたりとか、急になので構えてないし、びっくりするんだけど、でも、すべてを委ねるっていうか、自分じゃないけど自分の一部分っていうか、別の人間なんだけど融け合っているっていうか・・・そんな感じ。
 フィストもそういう行為なんじゃないかな。全面的に相手を信頼して、降伏していないと受け入れられないですよね。不注意で、腸に穴を開けちゃったりとか、殺しちゃうことだって無いわけじゃない。だからこそ、相手が細心の注意を払って、自分の反応を真摯に観察してくれる。身体の中が相手の圧力に満たされる満足感っていうか、一体感っていうか・・・。お互いが宇宙の中を、回りながら漂ってるような感覚を想像してしまうんです。それくらい委ねられる人が現れたらいいなぁって。
 「窓と鍵」には、他にも、いろいろ珍しい事が載ってたんですよね。だから、大人になってから、他のナンバーも、一生懸命探したんですよ。でも、見つからなかった。取っておいたはずの本もいつの間にか失くしてしまってて・・・。すごく残念でした。





 鹿鳴館サロンの書き方教室に通っていました。もう、お休み始めてずいぶんになります。きっかけは、些細なことでしたが、一度行かなくなると、なかなか再開できないものです。月のお小遣いの決まっている私は、なかなか、どこにでも顔を出すだけの時間とお財布の余裕がないんです。まあ、いいわけですね。寂しい気持ちになっていた私は、友達ともふもふすることの方を選んでしまったのです。
 書くことは一つの習慣です。一度書かなくなるとその技術は段々失われ、どうやって書いていたのか思い出せない感じに。通ってたときは、毎月課題が出されて、四苦八苦しながらなんとかひねり出さなくちゃって頑張っていましたけど。
 この作品は「窓と鍵」という雑誌を公園で拾う。と、いうお題でした。
 自分の書きたいものはなんなんだろう・・・って思うことがあります。それは「やおい」もしくは「SM」そして「恋」。自分の気持ちをなだめるだけの作品は、ものの役には立ちません。
 あ、お休みの暇つぶし動画はいつもの動画共有サイトで。かわいそうなAliceです。

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    2020

05.09

蝙蝠の生き場所




いつの間にどうしたんでしょう
あの明るい輪の中に入れなくて
ただ一人佇むばかり

とまどいと困惑と
寂しさとちょっぴりの孤独が
ひたひたと足下へ寄せてくる

微笑んで一歩踏み出せば
日常に戻れると分っているのに
その決心がつかなくて
来た道を振り返ってしまう
輪のの外の暗闇を賺し見てしまう

あなたはそこにいるの?

私は
まるでどっちつかずの蝙蝠のように
夕闇の空をパタパタとはばたくばかり


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    2020

04.29

悲しくなって泣きました




私の好きな事 あなたの好きな事
すれ違う 言葉と気持ち
重なる昔の記憶
文字の後ろに心を探して
泣いていた それから少しだけ笑った
通じているのに 通じていない
知らないから 分らない

遠いよね
多分 簡単には近づけない
心は 少しずつ遠ざかり
決して重なることは無い





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    2020

03.30

マリオネット





私だけのものにしておきたいのです
だから他の人には触らせません
思い通りに動かしたいのです
そのために繰り返し痛い思いをさせましょう
私だけの人形
私のしたいことをできる人形だから
愛しんであげますね

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    2020

03.27

こんな夜はちょっと淋しい




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夜の底にひとりで
ただ思いつくままに何かを書き連ねていると
ゆらゆらと揺れる水の中へ
深く深く沈んでいくよう
誰とも会わず
誰とも語らず
深く深く
潜っていくよう

どこからかノックする音に
顔を上げてみれば
緑色の明かりが
差し込んでくる

こんばんは

言葉が恋しい
そんなふうに
忙しい時間を縫って
話しかけてくる優しさが恋しい

お返しよ
もしも本当にあなたに出会えたなら
悲鳴をあげるまで鞭で打ってあげる
それから、恋人の名を呼ぶ口を
ホチキスで縫いとめてあげる



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    2018

04.12

また明日



空を飛ぶ雲の白さをうらやんだりしません
なぜなら
私には重しが必要だから
どこまでも遠く飛ぶために

帰る巣と
羽を休める止まり木を持っている事以上に
幸せな事があるでしょうか

たとえその翼がまやかしであったとしても
空を飛ぶ時間を
切り刻む痛みが必要だとしても

風にのって どこまでもどこまでも
飛んで行くには
胸に抱いた重しが 重すぎるとしても

もう 時間を巻き戻そうとは思いません

眠るためのお守りに
約束された明日があれば

それでいい

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    2017

08.09

書き方習ってます




「どうして勝手に戸棚を開けたんだい?」
「え……だって、それは」
 急な話の転換に私はびっくりして、どうしていいのか分からず、助けを求めて周囲を見回した。
「だってはなし。口答えはなしだよ」
「最初から開いていたのよ。鍵がかかっていなかったの」
「口答えは?」
「あ……、なし……」
 私は、うつむいた。心臓が早鐘のように鳴り、お腹の中に熱いものが膨れ上がってきていた。頬が熱い。叔父がなにを始めたのかすぐに分かった。
「もう一度、あの時からやりなおそう」
 叔父は、私の腕をとり、ピアノ室へのドアを指し示した。そこには、壁にしつらえたあの薄い戸棚がある。多分、中には、前と同じ道具たちが並んでいるはずだった。
 ドアを閉める時、ぼわんと空気が閉じ込められる圧力が体を押し包む。ピアノの音も、悲鳴も、そして悪いことをした娘も、その部屋に閉じ込められたのだ。
「ベントオーバー」
 口数の少なくなった叔父は、震え上がるほど怖かった。私は、叔父が指し示したピアノの椅子に両手をついて背をそらし、お尻を高く掲げた。スカートがまくられ下着が引き下ろされる。ひんやりと外気があたり、初めて叔父の前に何もかも晒していると思うと、恥ずかしさに目が眩んだ。
 ひゅん。ひゅううぅうぅん。ひゅううぅうぅん。ひゅううぅうぅん。
 うつむいた私の耳に、叔父が、ケインで空気を切り裂く音が響き渡った。口の中がからからで、膝はがくがく震えていた。ウォームアップのない、いきなりのケインは、初めての経験だった。お仕置きなのだから当たり前なのだけれど、今まで、私にとってのその行為は、結局はごっこ遊びで、一度もお仕置きだった事がなかったのかもしれなかった。
「ワンダース」
「えっ、そんなに、一度にたくさんなんて。」
「薫、口答えは?」
「あ、なし、です。ごめんなさい……」
 そして、十二回の切り裂く痛みを、私は、ピアノ椅子の縁を握りしめ、椅子の冷たい皮に剥き出しのお腹を押し付けることで必死に耐えた。最後の方は涙が溢れ、一打ごとにとびあがり、悲鳴をあげていたかもしれない。
「姿勢を崩さないで」
 赤く腫れてずきずきと脈打つ肌に叔父のひんやりと冷たい手が触れてくる。
「薫はこれが好きなの?」
「好き」
 叔父さんが。好き。
「もっと、叩かれたい?」
 私は、泣きながら、頷いていた。
 ラケットのような形をした革のパドルが戸棚から取り出され、その奥に並んで吊るしてある同じような木のパドルを見た時、このお仕置きが最後はどんなものになるのか予想がついて、私は青くなって膝立ちのまま後ずさりした。
 叔父は黙って待っていた。私が、元のポーズに戻るのを。私が自分から彼の掌の下に来るのを。
 ずっと長い間、夢見ていた。叔父と手を繋ぎ夕日の山道を降る景色が脳裏をよぎった。茜色の夕日が沈んでいく海を見ながら、あの岬にマリア様が立っていると叔父が語ってくれた時の夢。
 子供の足には下り坂をゆっくり降る事はむずかしくて、叔父の手にしがみついていなければ駆け足になってしまった。走っては、また、叔父の場所まで坂を登る。無条件で差し出される微笑みとその手に、とびつくように両手でぶら下がったあの日。
 波状に襲ってくる痛みと涙の向こうにぼやけた風景。絶対に自分からごめんなさいと言うもんかという反抗心や大人としてのプライドは、あっけなく突き崩され、止めどもなく口から溢れる謝罪と懇願に埋め尽くされる。ごめんなさい。許して。もうしない。もうしない。もう、決してしないから。
「どうしてあの扉を開けたのか言いなさい」
「知っていたの。あの中に何が入っているか。よく見てみたかった。あの道具でなにをするのか知りたかった」
 さんざん、悲鳴をあげた後に、涙と汗でびっしょりと濡れ鼠のようになった私はようやく素直になって、懐かしい叔父の腕の中で、手放しでおいおいと泣いた。禁じられた扉の向こうに、私は、今抜け出ていた。
「さあ、これで、君は、新しいスタートを切るんだ。もう、失ったものを振り返るんじゃないよ」
(本文より)





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 鹿鳴館で、書き方の練習を受けています。一向に上達しないのが、御教示くださってる執事に申し訳ないのですが。そして、何を書いてもスパンキングやSMの話になってしまいます。かなり、他の話も書こうと努力しているのですけどね。
 それというのも、執事がいけないんですよ。執事は、たった一人、この話を読ませたい人を思い浮かべて話を書きなさいというんです。すると、私が思い浮かべているのは、言うまでもないあなたなのです。私はいつもあなたに向かって話を書いているのです。だから、うんと遠回りをしても、近道をしても、そこへ戻っていってしまうのですよ。
 私が、さびしくてただ一人眠れない夜を、ネットのページをめくっていたあの日からずっと。
 mixiにアカウントがあれば見れます。ちょっとページをめくるのがめんどくさいと思うけれど、mixiのコメントは2,000字ごとになっているんですよね。だからこまぎれです。がまんして読んでいただけたら幸いです。なにしろせっかくあなたのために書いたのに、気づいてもらえないままなんてさびしいですから。


思い出の灯火に

起1  起2
承1  承2
転1  転2  転3
結1  結2  結3  結4

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    2015

11.08

死んでいるから心配ない


山にこもってはいけません
誰にも会わず
誰にも話さず
己の内側だけを見ていたら
いつかはショートする

海に浮かべると思うのは間違いです
どこまでも自由に
波間にただよい旅をするというけれど

泳げないのだから
高波に引きずられ海の底へ
沈んでいく夕日と 
沈んでいくことになる身体になりかねません

また 陸をどこまでも進めるものでしょうか
歩けば足は痛く 豆は潰れます

ああ、そう それは足に合わない靴を履いてるから
つま先を切り かかとを削り
歩けなくとも馬に乗れば大丈夫
そして爪先から赤い雫を垂らしましょうか

人は分かり合えるものでしょうか
海の向こうに愛する人がいて
あなたが帰ってくるのを待っている

あなたは土産が無いと言って
道を彷徨い 倒れつきて死ぬ
心はいつも 行き違い すれ違い

だから この手紙を受け取ってください
理解したと 返事をください
最初に戻って ルーティンしないでください
私が そんなことをすると思ってたのです か?

いや、思っていた
そして、あなたの言葉は聞こえませんでした
最初に一度 最後に一度
大事なことが書いてあっても
真ん中の文があまりに長いんですもの

だから 心を閉じないで
山にこもるよりも
海に漂うよりも
ただひとつ開いた窓を閉じたとしても
悲鳴が聞こえなくなるだけだから

聞いていなかったの?
それは断末魔の叫びで
今 私は死ぬところなのです
死んだ私は にこやかに笑う
それから 戸口のところで手を振るでしょう

だから山にこもるとか
海に沈むとか
足や手を 切り落とし始めたとしても
何も慌てなくてもいいのです

だって 死んでるのだもの
もう心配することはなにもありません






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    2015

11.08

満月


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青い満月
お月さま取って
欲しいから取って

どうしても取って

取ってもらえないなら 
大きな声で 泣いちゃうぞ

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取れないものは取れないし
手に入らないものは入らない
願っても叶わない
祈っても意味は無い

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そんな我儘悪い子は
崖の上から突き落とす

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ごろごろ落ちて
首の骨折って
ペッシャん潰れて思い知る


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↑実際に突き落としの処刑が行われていた
イタリア・ローマのタルペーアの岩




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↓続けられるように
ポチっとしてください。

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    2015

11.08

一寸試し





120140405あ7

それはやっぱり試してみる他ないと思わなんだか?
それともつらつらと起きうることを並べては
橋を叩いて壊すことに算段していたほうがいいと?

どっちにするか迷っては・・・ 
どっちをも選ばないでいられるはずだと思い込み
じーっとその身を闇に潜めて息を詰めていても
最後は 息苦しさに 締め付けられて 叫んでは逃げ出す事になる
だったら、一番最初に何も選ばず
なにも受け取らずに散った方がいい

では はじめよう
よく砥いだ小刀と板の切れ端を用意して
左の小指から順繰りに
そうして木のコブのようになった自分の手を
じっと眺めてから ああ と 涙をこぼしてみる

出刃包丁は用意したのかい?
いくらなんでもその小刀では 無謀すぎるというものだから
大きなまな板と それから腰紐を一本
そんな面倒な事 今までしたことなかった
振りかぶり 振り下ろす

悲鳴は、耳の奥の巻いている白い貝殻をこなごなに砕く

ああ ああ ああ ああ

そこで夢から覚めるのが いつもの常のことなのだから
そのまま悪夢の中へ ささ もっとずっと奥へ

痛いのは 返ってくるこだまの 
重なりのようなものじゃありませんかね
最初よりも だんだんと 遠く 
自分の事さえも 思い出せずに
それでも 確実に 近づいてくる 
そして 遠ざかる
粉々に割った橋と 白い貝殻と 
そして転がり落ちた先にあった窓ガラスと

机の上に残された手首は 多分
朝になれば 消えていますって



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    2015

11.08

日常





いつの間にかサディストはめんどくさがり
手に入れるまでは あの手この手
手に入った娘に求めるのは交合だけ
美しく飾りたてた人形にしつらえて 
ただ黙々と咥えさせた後は
戒めを解かれた娘に 世話をやいてもらいたがる

いつの間にかマゾヒストはただの欲しがり
して欲しい事は いつも同じ
枠を破るのは難しく
毎日の生活は平穏なまま
愛されたいし 大事にされたい
生きていくしんどさを つかの間忘れる瞬間に酔う

綺麗ね・・・って、言われたい
すごいね・・・って、褒められたい
よくやった・・・と、認められたい
技を競い合い 見せびらかす
我慢比べの人形は ただ 宙で揺れるだけ

夢はいつも一瞬
舞台から降りたら いつもの私
いつもの時間 いつもの空虚さ

夢見ていた恐怖はどこに行ったのだろう?
毎夜繰り返し 私の憧れを塗り替えてくれた
髪を撫で 抱きしめたその腕で
私に地獄を突きつけた
あの瞬間をもたらしていた悪魔は

身を縛り付けた軛を 解き放てずに
そして少しずつ滅びていく
憧れも 夢も 現実も


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    2015

11.08

階段



この階段を降りると別れが待っている。
分かっていたので、降りないで登ろうとした。
焦っていたので、滑った。
一番下まで最短時間で落ちた。




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    2013

12.17

舞姫・終章

舞姫・1を読む



 

「痛い・・・」
「痛いのは当たり前だ。尻を叩いたのだからな。これで終わりじゃ無いぞ。レッスンに集中できないのなら、何度でも叩く。叩かれるのが嫌なら、自分の欲望のことじゃなくて、いかに踊るかを考えろ!」

 口答えの仕様がなかった。恥ずかしい。恥ずかしい。と胸につぶやき続けることばかりにかまけて、私は、ちっとも踊れてない。教師が、ラテンダンスに何を求めているのかも考えていなかった。

「初めからだ。」

 初めからやり直し。背中が床に平行になるように、位置取りをやり直す。腰を突き上げて、背中を弓なりにそらす、それから体重移動。右足を踏み出して腰を左へ回すように振る。ルンバは求愛のダンス。エロティックに腰を振り、女の魅力を見せつける。
 しかし、自分の身体が描いているものを、意識から締め出すのは難しい。服を着ていないこと。自分の姿勢が男に見せつけているもの。汗が吹き出し、歯を食いしばらずにはいられない。
「求愛してる女の表情じゃないな。」

 弾かれたように、動きが止まる。次に何をされるのか分かって、私は、どうにかして教師の左腕から逃れようとしゃがみながら、鏡の方へ身体を逃した。だが、あっという間に捉えられ、引き据えられる。罪人のように。リボンにくくられた私は、展翅板にピンで止められた蝶のように、逃れるすべはない。

「誰が、逃げていいと言った?」

 ああ・・、助けて、だれか、助けて。私は目をぎゅっとつぶって今から起こるであろう事に対する怖れと羞恥を締め出そうとした。だが、目を閉じることは許されていない。

「目を開けろ。そして姿勢を正せ。」

 神様、お願いです。耐えられない。こんなこと耐えられません。子供のようにお尻を叩かれるなんて。それも、こんな場所で、こんな格好で。

「躾をされる時の礼儀から教えないといけないのか?逃げるな。姿勢を崩すな。鏡をしっかりと見るんだ。」

 バーを握りしめる手が汗で滑った。肩で大きくあえいだ私は、空気を求めてヒューヒュー言う身体を押さえつける。

「いいか?10回叩く、一発毎にカウントするんだ。最後にはお礼を述べる。いいな。出来るな。」

 出来ない。そんな事出来るはずがない。荒れ狂う思いをよそに、私の身体は、ただこくこくと頷くことしか出来なかった。さっきの痛みがまだ残っている身体をすくませて、落ちてくる衝撃に備えて身体に力を込める。
パシーーーーン!!

「いち・・・。」

絞り出される声は、内心の苦悩を表してかすれていた。自分の腰を抱えている男の着ているスーツに、汗で濡れている身体が押し付けられる。なんという背徳感だろう。自分が裸でいて、相手は服を着ているということが。相手はそこに立ち、私の身体を支配している。
パシーン!!

「に・・・。」

 動けないと言って、動けないことがあろうか。腕をバーに結んでいるリボンは、柔らかく細いサテンのリボン。ムーブの動きを制限しないよう。腕の血行を阻害しないように、ゆるく巻きつけられているだけ。振りほどいて、逃げ出すことは、むずかしくなかった。
パシーン!!

「さあん・・・。」

 男とのレッスンが始まってからずっと、私は恥ずかしさに迷い続けていた。けれど、この羞恥を選びとったのは私。服を脱いでいるのは私。リボンを結ぶように言ったのも私。教師に私に命令する権利を与えたのも私。
パシーーン!!

「よん・・・。」
 明るい教室の中で、生まれたままの身体を男に晒して、私は踊ることを自ら選んだのだ。美しく踊りたいから?友達を追い抜いて自尊心を満足させたかった?自分の踊りに足りないものを見つけたかった。いや、それだけじゃない・・・。
パシーーン!!

「ごおっ!」

 あの空き地で、私は、男の腕の中でずっと求めていたものを見つけたのだ。なにかぽっかりと自分の中に空いている穴。何をしていても虚ろで、何をしても埋められない。私のいる場所は、ここではないと感じる落ち着かない気持ち。
パシーン!

「いたああいっ・・・!!ろくっ。」

 涙が溢れる。この涙は何のために流されているのだろう。痛みによる生理的な涙?それとも、いわれなき暴力にさらされている自分を哀れんでいるの?今は、ただ、相手の腕から逃れ出たい。残りの4発を耐え切る自信もなく、その気概も残ってはいない。無意識のうちに、身体が逃れようとしてもがく・・・。姿勢が崩れる。

 あがいてる私をじっと見つめている男。何も変わらない。最初からなにも・・・。私は、真実から目を逸し、綺麗事の中で美しく咲こうとしている温室の花だった。
 足を踏ん張り姿勢を戻すまで、男は、私が観念するのをじっと待っている。
パアーーーーーン!!!

「ひいっ・・!な・・・なっ。」

 膝が緩む。地面が崩れていく感覚に襲われて、もう一度、身体を引きずり上げて足を踏ん張るった。痛い。後二発が途方も無い責め苦のように感じる。最初の何も考える暇もなく終わった十発もこんなに痛かったのだろうか。それとも・・・。
バーーン!!

「やあっつ!痛ぁい・・!」
 
 なぜ、私は、未だここに立ち続けているのだろう。痛みに切れ切れになっていく自尊心を抱えながら。この苦痛の後に待っている。再現の無い羞恥。そしてまた必ず打たれる。何度でも。何度でも。彼を満足させる踊りを踊れるまで、私は、打たれ続ける。それが、うまくなることに繋がっていくなんて、かけらほども信じていないのに。
パーーーーン!!

 「ここのっつ・・・。」

 いつか夢見ていた。なにも考えず、何も迷わず、なにも疑わず。ただ、信じる事。自分と現実の間にあるズレが少しずつ修正され世界がクリアになること。自信をもって次の一歩を踏み出すこと。顔をあげて、胸をはって。そして、その凛とした自分は、美しいが故に、誰かの腕の中でもみくちゃになり、ずたずたに引き裂かれる。その運命もまた、自分で選びとったもの。自分で掴みとったもの。
パアアアアアアアーーーーーーーーン!!!

「とお・・・・・・・・っつ。」

 音が消え。男の身体がふっと自分から離れていくのを感じた。左手に巻かれていたリボンがするりと解かれ・・・床に滑り落ちる。

「10分休憩。その後は、もう一度初めからだ。」


 身体が力を失って、ペタンと床に落ちる。濡れた性器が床にあたってペチャリと恥ずかしい音を立てた。右手のリボンはまだ残ったまま。でも、自由になった左手が、不自由ながらも、それを解く役目を果たすことが出来るはずだった。
 けれど、また、最初から、手をバーに差し伸べる所から、姿勢を直し、腰を突き上げ・・・そしてまた始まる。右に左に身体を揺らして。求愛のダンス。男を蠱惑し、そそり、誘うダンス。触れて欲しいと願いながらも、じりじりとその身を焦がし続ける。

 同じ空間に男が居るのにも構わず、私は自由になった右手を、自分の性器に埋める。くちゃ・・っと淫猥な音がして、私は、自分が打たれながらも興奮していたことを確かめた。男にも。自分にも。それから腫れ上がって居るであろう熱くなっている尻をそっと濡れた手で撫でる。もう一度。初めから・・・。おずおずとあげた視線の先にバーに肘をかけて、鏡によりかかり、覚めた目で見つめる男がいた。





 私は痛みに弱かったのだろう。それからは一層練習が辛いものになった。持ち上げられ落とされる。そして、また急上昇する。その乱高下に私は、耐えられず何度も許しを求めて泣いた。そして、叩かれる事が、苦しみだけではなく、恐れだけでもないことが、尚更私を追い詰めた。
 叩かれて熱くなるのは打たれる尻だけでなく、空気に晒されている性器も同じことだった。教師は、思い出したように、打った掌を返すと、そこを撫で上げる。私は、その不意打ちにいつも叫び、その手から逃れようと悶えながら、一層そこを押し付けていた。
 レッスン、レッスン、そしてまたレッスン。打たれ、むき出しにされ、晒され、磨き上げられる。ステップ、ムーブ、ステップ。繰り返される単調な動き。腰を回す。足を開く。押し付ける。熱い下腹を。そして、そんなある日にそれは突然やって来た。

 ブルース、ワルツ、タンゴ、クイックステップ。誘導するのは腰骨の接している一点。相手の上質なスーツに触れる私のむき出しのそこ。私は、繋がれる。その一点で。相手の意のままに、連れて行かれる。押す、引く、回る、その一点を軸に。回る。回る。回る。

 混乱しカオスのようだった私の意識が段々とそこへ集まって、集束し、相手が私を導くその一点に、自分の体の動きとバランスが、そして広げるだけ拡げたはずの欲望が順番に端から折りたたまれるように幾重にも重なり、集まってきたのだ。そしてむき出しの性器がその一点の下に恥ずかしくあからさまに、開いたり閉じたりしながら水平に回っていた。
 身体の中から沸き上がってくる熱が、その周りを取り囲み、収縮する性器の中へ流れこんでいく。それとともに絞り込むように快感が私の体の芯を突き抜けた。
 私は、薄いももいろの雲の上を回りながら進んでいく、性器を持っている私という女。その女を、私自身の視界は、空の上から見下ろしていた。喜びと解放が一度に私を捉える。どこまでも自由に身体の枷から逃れ、空の果てへ向かって。

 回る。回る。回る。

 そして花火のように火花が散り、音楽が最後の和音を引き、私達はホールの端で静かに止まった。

「解ったようだな。」
 はっと、気がついて男を見上げる。エクスタシーの余韻に、私の身体はほてり、意識は、まだふわふわと漂っていた。

 教師は礼儀正しく、右手で私の身体を少し押しやり、そして、軽く会釈した。
「レッスンは、終わりだ。後は、精進あるのみだな。」

 私は呆然として男を見つめた。
「先生・・・・それって、もう、私に教えてくれないってことですか?」」

 歩き始めていた教師は振り返り、私のぽかんと開いた口を見た。
「君は、性の喜びを知った。これからは、もっとうまく踊れる。私が、君を初めて逝かせた時に言ったのは、ただ、それだけだ。」
「え?でも・・・でも・・・。」
 唇を噛んで、急に溢れでた涙を私は押さえつけた。ようやく掴んだ幻のような風景なのに、その雲の上から、急に突き放されて地上に落とされたような気分だった。迷子になりそうな心細さが私を襲った。両手をみぞおちの前で握って、私は、何か言わないといけないという焦りに、おろおろとしていた。
 その時、今までほとんど表情を変えなかった男がふっと笑った。私はびっくりしてそのほほ笑みに見惚れていた。右手が伸ばされ、私の頬を撫でた。春の日差しのようなぬくもりが一瞬私を包こみ、そして、風にのって消えていく。

「うまくなれよ。」

 それが終わりだった。ダンスの教師は踵を返し、二度と振り返らずに教室を出て行った。ドアが閉まり、ガランとした寒い教室に私一人が取り残された。視線をあげると素裸の女が鏡の中にぽつんと立っていた。私は、その女を見つめた。
 今。たった今。天国を見て、そして追放された女。
 下腹に力を入れると、きゅっと締まったあそこは、喜びの余韻と雫を涙のように太腿に垂れ流した。あんなに嫌でならなかった裸のレッスン。身体に触られること。打たれる痛みと恐怖。そして、今でも、決して自分から望んでいたはずではなかったのに、私は・・・。
 望んでいたのは・・・ただ、うまく踊ること。

 私は脱ぎ捨てた服のところへ歩み寄り、白く、そそけだった身体を布の中に押し込んだ。

 愛が終わったわけでも、失恋の涙にかきくれたわけでもない。彼は今でも、私の通うダンススクールに教師としている。私は、競技会で一緒に踊るパートナーを作った。彼は7つ年上で、たいそう優しい。レストランで椅子を引いてくれ、そつない会話で笑わせ、熱いまなざしで、じっと見つめてくれる。そして、私は、たまにくるくると回る踊っている人の向こう側にあの黒い影が立っているのを見つけた。

 それでも。

 時々私は夢を見る。その夢の中で、男は、私を決して立ち去らせはしなかった。そして、雲の中で、私は、囚われた喜びに息絶えるのだった。


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    2013

12.16

舞姫・7

舞姫・1を読む
 
「ムーブだ。」
 命じられるままに、私は右足を右に出し体重を移し替える。左足を揃えて踏み変える。そしてまた体重移動。それに合わせて腰を右へ左へ振る。教室という広い空間に向かって、私の性器は、突き出され、あますところなくさらされている。
 教師が、自分の後ろではなく、自分の脇に立っていることだけが、今の私の、すがるべきたった一本の望みだった。少なくとも今は、彼にその恥ずかしい部分を見られているわけではない。彼が観ているのは鏡に写っている私の紅潮した頬と、うろたえて泳ぐ視線と、そして誘うように大きく動く背中やお尻だけだった。
 一番肝心の部分を隠すだけのために、もっと恥ずかしい自分の心の中を覗き見られているその感覚に、私の喉は干上がり、身体を支えようとバーに伸ばされた腕は震えていた。

 自分が体重を移し、尻を振る度に、空気に触れてしまう、しまい込まれているべきものの入り口が開き、閉じ、独立した生き物のように口を開け、あえぐのが分かる。私の意識は、そこに集中し、思わず目を閉じて、その感覚を味合わずにはいられない。

「目を閉じるな。」

 予想していた要求だったから、すぐに目を開いた、目の前の鏡を見つめる。ぽってりとしたくちびるを微かに開き、欲情に濡れた瞳が自分自身を見返していた。羞恥心にあぶられるようだった。

 突然、男の手が冷たい尻に当てられたと思う間もなく、その手が上がり振り下ろされた。パーンと、乾いた音が、教室に鳴り響く、私は、ショックでびくっと引きつけしゃがみこんでしまった。尻を叩かれたのだ。私の左側に立っている教師にとって、突き出したその尻は男にとっては、格好の標的だった。

「立て。姿勢を戻すんだ。」

 その言葉に、身体は、反射的に従った。毎回のレッスンで、逡巡すればするほど、泥沼に落ち込んだように、男の要求している行動を行うのが難しくなるのは分かっていた。でも、今は、それだけではなかった。生まれて初めて、まるで子供が折檻を受ける時のように尻を叩かれたのだ。頭の中は、ショックでまっしろになっていた。

「何を考えている?自分が何のためにステップを踏んでいるのか、いちいち教えてもらわないといけないのか?」

 息を飲んだ。そう、今はラテンのレッスンの最中。最も基本中の基本である足の踏み変えに腰の動きと体重移動を合わせようとしているのに、私は、伸びたり縮んだりしている身体の中心の事ばかりを意識していたのだった。

「口で言うよりも、身体に教えこんだほうが早いかもしれんな。姿勢を崩すなよ。」

 何をするのか考えるまもなく、男は左腕で私の腰を抱え込み、一発叩かれただけでじんじんと赤くなっているそこへまた掌を振り下ろした。
パン!パン!パン!パーン!!
乾いた打擲音が教室に鳴り響く、一発毎に身体に染みこむように痛みが増していく、なにも考えられなかった頭が動き出し、起きている事を認識して、その痛みを感じ、おかれている状況を把握し始めたときには、すでに、10回の打擲が自分の身体に真っ赤な痕を残していた。





続く・・

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    2013

12.16

舞姫・6

舞姫・1を読む

 
 何度目のレッスンだったのか、毎回、毎回、回数を、数えるのをやめた頃。ラテンのムーブメントの基礎を復習した。そのダンス教室の方針で、モダンラテンに関わらず、基礎のダンスはどれも踊れるよう練習するようになっていた。どちらかを選ぶのは上級に上がってからで、どちらも選ばずに10種目を踊り続ける人もいる。ただし、競技会に出るほどになれば、話は別だ。体力が続かない。
 ぴったりとくっついて、腰を押し付けてくる相手のリードに任せておけばいいモダンダンスと違って、ラテンでは、頼るのは、自分の右手を握っているパートナーの右手である。踊るのは、自分自身で、お互いの身体は、離れたりくっついたり、回ったり、お互いの顔を覗きこむようにして、身をくねらせてみたりするそれをリードするのはその握られた右手のみ。
 思い切りが悪く、男に愛を語りっける事など、露ほども考えてもみなかった私にとっては、ラテンは苦手だった。
ましてや、今は、丸裸なのである。腰をくねらせる体重移動もままならず、震える足を踏みしめるのがやっとの思いだった。お互いに目を合せ、身体で愛を語り合う。その愛情をどうやって表現していいのか分からなかった。

 教師は、最初、しつこいくらい私に、ルンバの基礎を繰り返させた。けれど、ちっとも私が踊れないのに、いい加減痺れを切らしたのか、違う方法を考えだした。

 教室の壁は上から下まで、全面が鏡に覆われていた。自分で、自分の姿勢や動きをチェックするためだ。そして、その鏡の上下を2つに割る形に、手を乗せる支えにするためのバーが張り巡らせてあった。男はそのバーに手を乗せるように言う。右と左の手をやや肩幅より広く開きバーを握らせたのである。そしてうんと身体を引き、手首と方と背中が弓のようにたわむように、足を開き、腰を突き出させた。
 その姿勢が、女の何を露呈するか、考えなくてもお分かりであろう。私は、腰を引っぱられたとたんに、きゃっ!っと、叫んで、そこにしゃがみこんでしまった内臓の一部のように花開きかけているその場所を、自ら晒すなんて。服を脱ぐ事すら、唾棄していた私にとって、そこを突き出す姿勢の事を考えるだけで、パニックを起こしてしまっていた。

「どうした。姿勢を戻すんだ。」

 真っ赤になった顔を打ち振る。そんなこと!そんなこと出来ない。

「出来ません・・・。」

 絞り出した声は情けないほどに力が無く、うちしおれている。しーんとした教室に、教師が鏡をコツコツと叩く音が響いた。額に落ちかかる前髪を右手で描き上げると男は、一歩下がり、平静な声で告げた。

「では、やめるか・・・。」

 教師にとっては、私が憧れていた芯の強い女性のエロティックに踊るダンスを私が踊れるかどうかは、些細なことでしかないのだ。だから、事ある毎に、彼はそれを持ちだした。「レッスンをやめる」と、言われると、私は、泣きながらも、続けてほしいとねだるしかなかった。彼に、それで、脅してるつもりがあったのかどうか分からないけれど・・・やめたからと言って、彼は毛ほどの痛痒も感じないのだ。実際、私のような小娘の裸を観たからどうだって言うのだろう。多少は嫌がるさまが、からかいがいがあり、悲鳴も聴けるだろうけど、だからと言って、抱けるわけでもない。黒い男は、憎らしいくらいに、私の身体を欲しがらず、私一人がじりじりと欲望に焼かれるような毎日を送っているのだ。

 それでも、私は、彼にダンスを教えてもらうためにここにいる。そして、声をかけてきたのが向こうである以上は、少しくらいは、私のダンスに興味を持ってくれてるはずだ。
 そして、ここまで、恥を晒して泣きながら必死にレッスンをこなしてきた私は、もう、後に引けなくなっていた。そんなことをしたら、今までの事は全て無駄になってしまう。恥ずかしさに耐えて服を脱いだことも、無垢な身体を彼に自由に触らせたことも。

 震える膝に力を込めて、私は起き上がり、バーを頼りに体重を預け、最初に支持された姿勢に戻った。胸は高まり、恥ずかしさに身体中が赤く染まっていたと思う。頬はほてり、心臓は口から飛び出してきそうだった。
 すると教師は、私の手首に赤いリボンの切れ端を乗せた。私は、涙で潤んだ目でそのリボンを見つめた。つるつるとしたサテンのリボン。1.5センチほどの幅で、柔らかくなんの力もないように見える華奢なリボン。そのリボンがくるりと手首を2度周り、同時に私の手首をバーに縛り付けたのである。
 私は息を詰めて、起こりつつある出来事を心の中で反芻する。今は、片手に回されたリボン。しかし、両方をくくられてしまったらどうなるのだろう。私にはなんの選択権もなくなり、相手のなすがままになってしまう。私は、思わず男の顔を振り仰いだ。
 反対側の手首に同じように、リボンを乗せて、男は私の顔を覗きこんで来た。

「どうする?」

 どうするって・・・。どうするって・・・。両手をバーに縛られてしまえば、素っ裸なのだもの、男のしたい放題だった。極端に言えば、そのまま鏡に押し付けて、犯されても仕方がない。けれど、男の質問は、その事態を、私に選ぶように促してくる。すべてを彼に明け渡し、なすがままに身体を預けることを求めてきている。
 私は、二度口を開け、ためらい、鏡に映る自分の歪んだ頬をちらりと見やった。どうしたい。投げ出して、走って帰る?ダンスを諦める?そうしたら、もう二度とこの男と踊ることもない。恥ずかしい思いもしなくていい。泣きそうなほど辛い事も・・・。
 キュン・・・足の間の性器がイソギンチャクのように窄まり、身体の中を不思議な感覚が突き抜けていく。私は私は、何を望んでいるんだろう。何を望むにしろ、望まないにしろ、選んだのは私。そして、我が身に起こるすべての事が、その私の選んだ結果なのだ。

「結んで・・・リボンを。もう片方も・・・右手と同じように。」

 だとだとしく、口から押し出されたつぶやきを、男は繰り返させることをせずに、ただ、黙って手首に巻きつけて結んだ。縛るというにはあまりにも形だけに見える赤いリボン。しかし、どんな楔よりも深く、私をそこに縛り付けた、私の行動を制限した、逃げられる道を自分で封じたリボン。
 ぎゅっと目をつぶると、涙がこぼれ頬を流れた。




続く・・

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    2013

11.11

風景


考える間もなく ポーンと外へ投げ出された

後悔とか 慙愧とか 愛情とか
考えても 意味は ない

すでに足の下に床は ない

それから ずっと 漂っているのです

地上に上がりたくて
泣いていた時もあったけれど
そうするすべが見つかりません

空の上には海があり
それを分ける地平線は
私の体をまっぷたつ
に 横
切る

だから 手首がないまま 波に流されて
それから 渦に巻き込まれ
しょうこと海底に沈んでいく

底には 人魚が待っていて
失くしてしまったはずの包丁を
返してくれるので
人魚に見つからないように

叫んだりしないで
暴れたりしないで

そっと沈んで行くのが正しいです








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    2013

10.08

舞姫・5

舞姫・1を読む



 子供の頃の私は大病をして入院したことがある。その長い治療期間を通して私が学んだ事は、恥ずかしいと思う気持ちは、簡単に失われてしまうということだった。幾許かの諦めと慣れと環境があれば、当たり前になっていくのは容易いものだ。

 しかし、何度同じ経験を重ねても、その男との間に私は「それ」を見つけることができなかった。

 目の前で服を脱ぐということの苦痛を2回繰り返した後、私は、教師よりも先に来て服を脱ぐという対策を思いついた。しかし、これがまた新たな苦しみを私に感じさせる事になった。命令されてもいないのに、自分から服を脱がねばならないのである。
 同じ失敗を2度繰り返した原因も、その事を予想したからに他ならない。もしも、彼が脱げと言わなかったら?求められないのに、裸で待っている私を見て彼がどう思うか・・・と、考えただけで、恥ずかしさと逡巡に、脂汗を絞り取るような想いだった。
 ためらい。惑い。血の気の引くような思いをしながら、一枚一枚脱ぎ捨てていく。
 そして、彼がやってくるのを待っている時間の恐怖。
 もし、他の誰かがドアを開けたら?私がそこに裸で立っていれば、言い訳のしようがない。露出狂。だれだってそう考えるだろう。このレッスンが始まる前の私だったら、一目みただけで、走り去り、心底軽蔑するに決まっている。
 それに、たとえ正しく次にドアを開けるのが男だったとしても、裸の私を見て、思うことは同じなのじゃないだろうか。淫乱。すべた。
違う。服を脱げというのはあの男なのだ。だから仕方がない。いいや、仕方なくはない。背を向けて立ち去りさえすればいい。そうすれば、こんな恥知らずな真似をすることはない。けれど、私は、そうしなかった。だったら、服を脱ぐのは、私が望んだ結果なのではないだろうか?そうして、私の思考は、壊れたおもちゃの様に、同じ所を回り続ける。
 ドアのノブが回るのを凍りついて見つめながら、私は強烈な羞恥の嵐にもみくちゃになり、身体の芯が絞り込まれるような感情にとらわれていた。

 ダンスの教師に見つめられる事。そして、その腕に抱かれ、仕立ての良いウールのスーツの中に引き寄せられたり、感じやすい柔らかな部分を撫で上げられたりする事。彼の視線と思わせぶりな素振りは私の羞恥をかきたて、その腕に包まれるだけで、私の身体の中には火が灯り、そしてじわじわと広がる。自らの中にある欲望に、私は茫然とする。それはまるで、呪いのように私を追い詰め、私にはどうやっても拭い去ることが出来なかった。
 いや、むしろいくら拭っても、前よりも強く。前よりも激しく、甦ってくる。正確に踊ろうと集中力を研ぎ澄ませば研ぎ澄ませるほど、私の五感は彼の存在を感じ取る。彼が動くことで起きる空気の渦さえも、私を苦しめる拷問のよう・・・。そして、耳元で囁かれる低い言葉は、私の背筋を震わせ、私はそのあまりの艶めかしさに、相手の背に爪を立てずには、いられないかった
 そして、私が欲情していることなど、男にとっては、火を見るよりも明らかだっただろう。それほど、私は無防備で、小娘だった。男の腕のなかで、男のリードのままに、踊らされる無力な女でしかなかった。

 ああ・・・。下着を付けないで外を歩いたことがあるだろうか。それがどれほど物理的にも性器に刺激を与える行為なのか、経験した者だけが知っている。

 鏡の中に、黒い男に抱かれてくるくると回る自分の裸体を見つめずにはいられない。
 そして、そしてその有り様は、眠る私の夢に、夜毎訪れる。彼の腕の中で、炎に焼きつくされて、白い灰をひらひらとまき散らしながら踊るその女の突き上げる欲望を。現実には、一瞬しか鏡の中に見ることが出来ないはずなのに、夢のなかで私は、その踊りを四方八方から眺めることが出来た。男の腕の中で、喜びと羞恥と欲望に燃え上がり、震える女を見つめることが出来た。

 競技会で、裏の草原に連れだされ、生い茂る草むらの中で、耳を舐められながら達して以来、教師は一度も私を嬲ろうとはしなかった。嫌がらせのように、肌に手を滑らせ戦かせることはあっても一瞬で、唇を這わせようとはしなかった。
 私は、彼の腕の中で、渇望に焦がされながら「触れてもらいたい」と願っては、自らの思いのあまりの浅ましさに、その願いを押さえつける事を繰り返した。そして、焦らされる身体に波状に襲い掛かってくる快感に打ち負かされ、思わず開らいた唇からは、切なさを込めたため息が漏れた。

 私は一体どうなってしまったんだろう。黒い男を愛してるわけでもないのに、なぜ私の身体は私の心を裏切るのだろう。

 男の私の身体に触れるような行為は、確実に回数が減った。そして、男は、私が今まで服の中に隠しこんでいた身体をさらけ出す事に慣れていくのを、じっと見守っていた。





続く・・


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    2013

09.29

天満月(あまみつつき) 3

1から読む



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 私は、あの子が初めから嫌いだった。

 お父様の娘だから・・・お前の妹だよ。と、言われても、実感がなかった。その子は、私と同じ年だったし、背格好もあまり変わらなかった。家を切り盛りするのに忙しく、ほとんどかまってもらえなかったとはいえ、柔らかくて、やさしい胸に抱き寄せられると、幸せな気持ちがした私のお母様。その母が、床に伏したきりになってしまわれたのは、その子が家にやってきたからのような気がする。母は泣いて、ご飯も食べずに泣いて、とうとう亡くなってしまわれた。

 黒い髪に黒い瞳、そしてまっしろな雪のような肌にバラ色のほっぺ。砂糖菓子のような甘い匂いをさせて、まるで我が物のように、お母様の座るはずだった椅子にバラのクッションを乗せて座っていたあの子。あの子がうちに来てから、うちの中は暗く、誰一人笑わない。お父様を除いては。

 なにか怖い。女中たちの言う事は皆同じ。分からないけど怖い。こっそりと廊下でする立ち話。ふと見つけたここにあるはずのない道具。そして、振り返ると必ずあの子がいる。
 女中たちはちりぢりになり、後にはゆっくりと部屋を横切って行く黒く長い髪の毛が揺れる様がみえるだけ。いつもどこからか、いつも音もなく忍び寄り、そして急に最初からそこにいたかのように、消していた気配がはっきりと分かり、女達はみな悲鳴をあげた。

 震える指でばあやが私の服の裾を引く。
「お嬢様・・・。」
 母のいなくなった家に、留守がちなお父様。館はあまりにも広く、そして部屋のすみや物陰はあまりにも暗く感じた。私は、眉を寄せて、年寄りの手を握る。大丈夫。私は姉なのだもの。妹の思い通りにさせはしない。

 ある日、神宮から御使いが来た。

 その季節は、一年に一度、宮に巫女として務める女性を、そうしてもしかしたら媛巫女として神に嫁ぐ娘を探す時期だった。小さい頃から、掌中の珠のように甘やかされた私は、自分が選ばれない事など、これっぽっちも心配していなかった。お父様の権力は強く、大きな軍隊も持ってらっしゃる。私は美しいし、頭もいい。家族も親族も一応に信心深く、使用人たちも大切にされている。
 小さい頃から蝶よ花よと褒めそやされて、育った私は自惚れが強かった。

 だから

 選ばれたのが私ではなく、あの子だと分かった時に、目の前が真っ赤になり、世界が熱く燃え上がったような気がした。私は、彼女に跳びかかり、馬乗りになり、頬を叩いた。何度も何度も何度も叩いた。
み使いたちは、慄き畏れ惑った。
「なんということを・・・。」
「なんどいうことを!」

「月神に選ばれし、媛巫女に手を上げるなど許されないことでございます!」

 今朝まではこの子は私の妹だったの。しかも、正妻の腹でもなく、街のいやしい女の腹から産まれた。この子が家に来たせいでお母様は亡くなった。私の振り上げた腕をきつく握って、押しとどめた男は、私を懐にしっかりと押さえつけて語りかけてきた。
「鎮まりなさい。あなたのしていることは、この国では重い罪ですよ。」

「罪・・・。」

 振り仰ぐとそこにあるのはあの真っ黒の瞳。磨きぬかれた黒曜石のように、濡れて光るその瞳の中に、部屋の様子が写っていた。怯えすくむ使用人たちと、呆れ戸惑うみつかい達。そして私を押さえつけているみつかいの護衛の衛士の腕の中にしっかりと抑えつけられて、泣いている私。なにもかもが作り物のようだ。そして何もかもが目を閉じればすぐに消えるに違いない。

 私は、顔を覆い泣き崩れた。

 それから何日経ったのだろう。あの子が、仰々しい迎えの輿に乗せられて連れられていった後に、6人の衛士が残り、私は鞭打ちの刑を受けることになった。媛巫女に手をかけるという、「罪」に寄って。

 前庭に石の卓を引き出し、衛士は私をそこに縛り付けた。上半身を裸にして。

 領巾を剥ぎ取られる時に見つめる卓の上に、春の柔らかい日差しが反射して光っていた。屈辱は今だけ。打ち据えられたとしても、私は私。負けたりしない。押し付けられた石は、ほんのりとしたぬくもりを伝えた後、すぐに石の本来の冷たさへと戻り、私の体温を奪っていった。手足の先から冷たさが這い上がる。
振り上げられた鞭は、私の体を鋭い音を立てて斜めに引き裂いた。私の悲鳴は、絞め殺される鵲の悲鳴のようにかすれて消えた。

 刑が行われている間、私はただ、数を数え続けていた。他に耐えうるすべが思い浮かばなかったのだ。運命が私にくだされた悲しみと虚しさを。湧き上がる怒りと悔しさを。そして、見据えることができなかった。今までの人生のすべてが砂の用に崩れ去っていく様を・・・。



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    2013

09.23

天満月(あまみつつき) 2

1から読む



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 「少将様!大変です。佐保の媛様が、佐保の媛様が・・・。」

 入り口を入った途端に、弾けるように転がってきた「みくし子」に、しがみつかれた綾野の少将は、手に持っていた、弓矢を式台の上に放り出して、草鞋を解くのももどかしく、下足のまま宮の回廊を駆けあがった。
 駆けながら、思ったのは、ただ1つだけ。「もう、間に合わない。」と、言うことだった。心は逸るのに、まるで水の中を掻き分けていく時のように、身体が思うように動かなかった。女達の鳴き声が御簾を落とした暗い部屋をひたひたと満たしているのが分かった。

 なにが起きたのか、聞かずともしれている。まなこの裏によみがえるのは、7つの宮の見回りに出かける少将を、御簾のうちから見送ってくれた媛のほのじろい微笑みだった。普段は、めったになさらないのに、自分が階段を降りて行く間、じっと見送ってくれて、振り返ると小さな白い手の先を、袖の中から出して、振ってくれている主の姿が見えた。

 戻ってくるのは7日後だから、特別に・・・とも思われず、なにかしら胸騒ぎに襲われながらも、それを振り切って出発した。
 なぜ、なぜ、なぜ。なぜ、自分は気が付かなかったのであろう。あの人を置いて、出かけてしまったのだろう。起こってはならない事。たとえどのような手立てを講じても、防ぎきらねばならなかった事なのに。その前兆を見逃してしまった。いや、見ないようにして置き捨てて出かけてしまったのだ。

 彼の媛は、小さく。白く。愛らしい。15歳になったばかりの、幼き媛であった。

 名を佐保と呼ばれていた。
 宮に住んでいるのは、女達ばかりではない。神事のすべてを行う女達とは対照的に、実務のほとんどを引き受けているのは男たちであった。宮を美しく整え、巫女達の身の回りに必要なものを用意し、衣食住共に不自由のないように。その中でも花形の仕事は宮の警備を行う、侍所の武士たちであった。
少将は六宮のすべての警備を掌握する身分にあった。そして、警備といえば一番にくるのが、それぞれの宮の媛君をお守り申し上げることであった。

 幾重にも、仕切りを立ててある、部屋の奥の奥塗籠の中に、佐保の媛はいるはずだった。御簾を下ろし、屏風を回したて、空気すらも動くのをはばかるかのように、清められ、閉ざされているはずの空間。

 しかし、板戸を何度も開け、部屋の奥へと踏み込んだ少将が見たのは、部屋の端に抱き合い、うち付して泣いている巫女たちと、その奥にある奇怪な蔓の塊のようなものであった。部屋の中は清めの火を焚いた時のように熱く、そんな大きな化物のような奇っ怪なものが、生きてうごめいているとは想像もつかぬ、どこか、静謐な空間を作り出していた。
 天井から生え降りてきたのか、それとも、床から。どちらが上下とも判別がつかない絡まりあったその中に、少将は、崇拝していた媛の白い身体を見つけた。

 身に一糸もまとわず、素裸であった。いや、手首の先から、身体を覆っていたはずの、破り取られたかのような袖が絡まりついている。いつもは、美しく梳られて整えられているはずの黒髪も、乱れ、身体に張り付くように絡まっていた。
 その珠のように美しかったはずの佐保の媛の身体は、ふたつに折り曲げられ、覆うように絡まりうねっている蔓の中に閉じ込められている。
少将は思わずに踏み込み、腰に下げた刀を引きぬいた。身体が勝手に、媛を救い出そうと蔓に斬りかかろう としたのだ。しかし、抜いた刀を振りかぶるまもなく、部屋の中で小さな雷がひらめき、少将の体を突き抜けた。両手に掴んでいた刀がはじけ飛ぶ。

 仰向けにのけぞるその真っ青な媛の顔が、ゆらりと向きを変えて、少将の方へと向けられた、眉を寄せて少将に向けられたその苦しげな表情をした媛の身体は、痛みとも、震えともつかぬもので、うねった。

「ああ・・・。」

 蔓は四肢を絡めとり、媛の細いたおやかな身体をねじり上げ折りたたむ。まだ女になってはおらず、少女のように、細い媛の身体が、痛みにねじれる。その白い頬を珠のような涙が滑り落ちた。

「少将・・・許して・・・。」

 苦悶と、哀願と、絶望と、そして諦めと・・・。

「媛様!!」

 彼女を捉えているのは、誰あろう月神の御業であり、真っ白な青みがかった身体にはしる、薄紫や、青みを帯びた打ち傷は、現世に出現した神威の代わりである部屋いっぱいにのたくっている。動かぬはずの植物がずずずっと這いまわり、振り回す度に作られたものであろう。その不気味さ。消えずに残った行灯が部屋いっぱいのそののたくる蔓の影を描き、また、その中で力なくもがく、女の身体の線を映し出していた。

 何が起こったのか聞かずとも分かっていた。媛は・・・穢れに触れてしまったのである。


3に続く



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    2013

09.18

天満月(あまみつつき)


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 いつの頃からなのか分からないほどの昔から国には7つの宮があり、それぞれに、月神に仕えるための巫女が住んでいた。そして、多くの民人の中から、祭祀を司るための特別な娘を選んで、それぞれの宮に祀ることになっていた。娘が選ばれる時は、十になった年の7月で、7つの宮では、一斉に7日間をかけて精進潔斎し、最後の7月7日に、神の花嫁として月神に捧げ祀ることに決められていた。

 神事はすべて秘事であり、民人はけっしてその日に巫女たちが行うことを知ることは出来ず。また、選ばれた媛巫女がどんな役目を果たしているのかも教えられることはなかった。ただ、一の宮は、初めて媛巫女が選ばれた年に住まう宮であり、一年を無事に勤めあげた媛巫女は、二の宮に移る事になっていた。そうやって7つの宮で、神事を行い無事に17歳になった娘は晴れて、人に戻ることが出来た。

 選ばれる娘たちは、国でも評判の美しい娘であることが多い。7年間を宮の奥深くで厳しく躾けられ、神事とともに、歌舞音曲、立ち居振る舞いを学ぶことになるため、17ともなれば花のように美しく、たおやかで優しい娘に育っている。里に戻される時は、過分な持参金をも、もたされることに決まっていたので、多くの有力者たちが競って嫁に貰いたがったのも無理もなかった。ただし、学んだことはともかく、宮でどのような毎日を送ってきたのかは娘たちの記憶から綺麗に拭い去られており、とおの時に、宮へ上がった時のままの無垢で幼い娘のようであった。それがまた、金や身分に瑕のない家の男たちにとっては、掌中の珠のように貴重に思われるのであろう。嫁に迎えた家で、娘たちは屋敷の奥深く囲いこまれるのが常であった。

 17歳の晴れて最後の祭事の折には、媛巫女は、多くの人が群れ集う七の宮の高殿で、月神のための最後の舞を舞い。その晴れ姿は、里の誉れとなり、人々は称え、敬い、畏れ、祈った。七年間の祭事によって、一切の穢れを脱ぎ捨ててきた媛巫女が、地に降り立つ時、国全体の土地は浄められ、そうして、また、いっさいの罪のない清き土地として、命あるものを育て育む事が出来る悠久の平和が国の隅々まで舞い降りるのであった。

 しかし、まったき真円を描く月とはいえど、やがては欠けるのが常の習い。本当に稀ではあったものの、宮の奥深くで守られ育てられた媛巫女も、予定のない穢れに触れて、月神の怒りをかうことが無かったわけではない。過ちを犯した媛巫女は、その歳の祀りに裁かれ、自分の罪を償わなければならなかった。月神の定めによりて、最後の仕置は、それぞれの宮に於いての鞭打ち刑であった。打たれる数は百とも、千とも言われ、それを耐えぬくことが出来ぬ媛巫女は、命を落とすことが多かった。

 媛巫女がその罪故に、死んでしまった場合は、その後はその媛巫女が務めるべき宮は、そのまま、媛巫女がいないままの一年を送ることになる。そうして次の宮へ、また次の宮へと欠けた状態のまま送られる定めになっており、欠けた媛が17になるはずの歳には、地の穢れは祓われず、清められなかった地には、災と悲しみが巡り来ることになっていた。
 民人にとって、祓われなかった年は、媛巫女の喪に服すかのように、暗く、悲しみに覆われた歳になり、人々は歌うことも、踊ることも謹んで、月神の怒りを受けぬように、俯いて、一年をこそりと過ごすしか無かったと言われる。

 里の誉れは失われ、娘を送り出した家は、石もて追われ、娘の代わりに村八分に貶められて、重ねて罪を償わなければならない。それもあって、多くの媛巫女は、行いを謹んで、晴れて無事勤め上げるその日まで、辛抱我慢を重ね、信心深く、月神の愛を七年の間、我が身に頂戴できるように心を込めてお仕えしていたと言われている。





2へ続く
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    2013

03.07

諦め


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怒りは「感情の蓋」

「解ってくれない」
「助けてくれない」
「愛してくれない」

そんな気持ちを怒りの下に隠している
怒りの中の本当の気持ちを見たくない

本当の気持ちが分かっても仕方がない
悲しみや寂しさを確認しても意味はない
行きつ戻りつ
ぐるぐるまわって
絶望にいきつく

そして、諦める

怒りの蓋が強固になって
感情を封じ込める
抑圧する

諦めは怒りのもう一つの表現手段
マイナスを減らすために
プラスを同じだけ引く

そしてようやくデッドゾーンに行きつく
それで、ようやくふりだしに戻る。



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※今日の解決方法 ( 。 ・ _ ・ 。 )つ「手放す」
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    2012

08.01

白昼夢4


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最初から読む

  気がつくと、私は古いビルが作る日陰に、キャリーバックを椅子にして座っていた。辺りを見回しても、さっき入っていたはずの廃屋の病院は見つからない。何度も繰り返した、眠れない夜を埋め尽くした夢。恐ろしさに震えながら、汗びっしょりの身体を、どこもタオルケットの下から出ないように必死に身を縮めていた。誰かが、その浮いたタオルの下にある私の足を掴むような気がして。

 あの病院は、私の夢のなかだけにある。

 汗が引くまで、ぼんやりと、アスファルトの上に日差しが作った影が動いていくのを眺めていた。少しずつ拡がり、なにもかもをその影のうちに取り込んでいく。あの人の闇からもう私は解き放たれてしまった。もうあの人は、あの駅のマンションには住んでいない。もう私は、あの夢を懐かしむことはない。
終わったのだから。

 弾みをつけて立ち上がると、腕時計を見た。大幅に遅刻してしまいそうな気がして、慌てて携帯を取り出す。「ただいま駅から歩いている途中なり。お損なってごめん。」携帯を閉じると、ガラゴロと音を立てて重い荷物を引きながら、私はまた歩き出す。曲がるはずがなかったまっすぐな道へ戻るために。目的地に辿り着くために。

 そういえば、今日は、あのゴム鞭は置いてきてしまった。



 この物語はあるサロンの書き方講座から生まれました。起承転結の物語の起と承の間に、サロンの執事さんが短い文章を書いてくださいます。その文章を受けて承転結を書く練習です。執事さんは、以前SM雑誌の編集をされていた方です。
 この文章は、起承転結の4つの部分の長さがアンバランスであるというご指摘を受けたので、次回伺って、今度は、文章の削り方について教えてもらうことになりました。うまく行ったら、またご報告いたしますね。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

 画像は4枚とも、行列のできる縄師さんと呼ばれるほど、受け手にとって気持ちのいい縄をされる、エロ王子さんのブログからお借りしてきました。ありがとうございました。

↓鹿鳴館サロンのHP
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↓鹿鳴館のHP
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    2012

08.01

白昼夢3


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最初から読む

 その鞭は、自転車のタイヤのチューブに使うゴム板を2センチほどの幅に切ってあるゴムで出来ている。ホームセンターへ行くと一束280円で売られている。トラックの荷台の荷物が落ちないようにかけるためのゴムだ。そのゴムを適当な長さでくるくると巻き、一箇所をパンの袋の口を縛ってあるようなビニタイでまとめて止め。もう一度そのビニタイで、止められた場所を二つ折りにして巻いてあるだけの鞭である。
 そして、この鞭は、音があまりしない。多分バラ鞭のような構造になってはいても、短くくるくると巻かれているせいなのだろう。その代わり外すこともない。自分の手の延長線のように振った所へそのまま打ち付けられる。肉を打つバチッという音が弾けると、表皮の上を熱くて鋭い痛みが、ぱあっと拡がる重さはないので、奥までは届かないが、続け様に打っていると重なっていく広がる痛みが共鳴しあうのが分かる。
 私はその鞭の一振り一振りに、身体を跳ねさせながら、小さな悲鳴を上げながら、ベッドマットにしがみつくように爪を立てていた。背中にもお尻にも交差し肌を埋め尽くす痕が浮き上がっている。

「上を向け。仰向けになるんだ。」
 男は冷たく言い放つ。私は、一言もなく、ただ上がっている息をつきながら身体を反転させた。手首の一つでも縛ってもらっていたらもっと違った展開になっていたかもしれない男は。私を縛るのを面倒がった。縛られた女は自分では動けない。それがまた面倒なのかもしれない。
 仰向けになれば打つ場所は決まっている。横に流れて力ない胸と醜く段をつけた白いうねる腹と。彼は、ただ黙々と私の身体の上に腕を振り下ろす。さんざん打ち尽くされて、しびれるような熱さになっていた背中とは全く違う。新しい皮膚に新しい痛み。
 歯を食いしばっても、声が漏れる。痛みが身体に刻み込まれていく。身体を捻り、悶えさせている私の足が緩んだ。

 すると男は、その足の間の一度も打たれたことがない場所をめがけて鞭を振り下ろした。

 叫び声を上げたことすら気が付かなかった。身体を縮め、熱く焼けるような痛みが拡がって消えて行くのをただ待っているだけしかできない。子供のように小さくなって、丸く小さなひとつの珠になって。消えてしまえたらどんなにかいいのに。
「ほら、足を開くんだよ。」
 男は、自分の足でもどかしげに私の足を蹴り広げた。恐ろしさのせいで恥ずかしさなんて意識する暇もなかった。
「いや、痛い。」
 なんとか足を閉じようとしても、膝の内側に入った男の足が容赦なく足を押さえつけている。
「ここ、打つぞ。」
「や・・・」
「何回我慢できる?」
 男の中では、その柔らかい粘膜を再び打ち据える事は、すでに決まった事のようだった。
「何度だ?」
「じゅっ・・・五回。」 
「十回だ。」
「やだっ・・五回・・。」
「十回だ。ほら、足を拡げないか。自分で数えるんだぞ。」
 私は、魅入られたように震えながら足を開いた。少しずつためらいながら。男の足がその間に入り、閉じられないようにこじ入れられた。ヒュッ・・・。黒いゴムの塊が落ちてくるのが見える。私は、思わず目を瞑る。
ビュッ!!

 焼け付くような痛みというのをご存知だろうか。日頃感じることのない、破裂するような衝撃による痛み。一瞬で弾けて皮膚の上を焼き尽くしていく。
「あああああっ!」
叫んだ時に吐き出した息を大急ぎでもう一度吸い込み、自らの身体を硬くしてその痛みをやり過ごそうとした。ドット汗が噴き出してくる。
「い、一回・・・。」
 その痛みが治まらないうちに、次の鞭が噛み付いてきた。私は、のけぞって、その痛みを受け止める。
「ひぃやっ・・・二回・・・・。」

 部屋の壁を意識していた感覚がどんどん薄れて、部屋が拡がっていく・・。闇が拡がっていく。外側に広がる意識と、身体の奥に縮んでいく想い。その間を切り裂く純粋な痛みに私は身体をのたうたせる。6回目を数えた頃だろうか、鞭と鞭の間隔途切れて、私は、目を開けることが出来た。逃げる事を許さないかのように立ちふさがる男の身体。そして、見降ろしてくる何もかも受け入れてくれる優しい目。そして、珍しく勃ちあがったその身体から、先走りの滴が私の上に滴った。

 興奮している。

 私を打って。この人は興奮している。私が悲鳴をあげ、痛みにもがき、その身体に浮かび上がる赤い縞模様を見て興奮している。白い闇が外側から縮んできて世界を埋め尽くした。なにもかもが、今日のこの瞬間のために会ったような気がして、私は涙を吹きこぼして泣きながら叫んだ。
「じゅっ・・かー・・い。」

 満ち足りた。完成した。許された。贖罪は果たされた。


4へ続く・・・


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    2012

07.31

白昼夢2

 この物語はあるサロンの書き方講座から生まれました。起承転結の物語の起と承の間に、サロンの執事さんが短い文章を書いてくださいます。その文章を受けて承転結を書く練習です。執事さんは、以前SM雑誌の編集をされていた方です。

最初から読む



 見慣れない建物のはずなのに、それを知っていると思うのも私の悪癖のひとつ。そして、思い込みが多いのは迷子になる人の特徴。
 でも、その大きな建物には確かに覚えがあった。子供の頃、悪いことをすると親が「そんな子はあそこの幽霊病院に入れてしまいますよ」と、脅したところの廃屋だ。私は建物の前でキャリーを止めてしまった。入りたい。でも、そんなところに入っている時間はない。ただでさえ迷子で予定の時間が大幅に狂っているのだ。だいたい、廃屋だからって入っていいというものでもない。でも、やっぱり入ってみたい。
 そのとき私はその廃屋が子供の時に見た記憶のままであることの不自然さには気がついていなかった。





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 入り口を入るとそこはガランとしたホールだった。置き捨てられた壊れかけた家具や、外れてしまった建具がそこかしこに立てかけてある。割れてしまったガラスの窓には外から板が打ち付けられていて、その隙間から細い日の光が漏れているだけなので薄暗い。足元には、たまに入り込む人達がそこここで、コンビニの弁当を食べたのか、ビニール袋やプラスチックのトレイや潰した空き缶が散らばっていた。
 病院によくあるカウンター式の受付、そしてその向こうに真っ直ぐ行く通路と右へ曲がる通路が伸びている。診療室のドアが等間隔で並んでいる。

 私は落ちている物に躓かないように、足元を確かめながらそろそろと進んだ。キャリーバッグは、玄関のところに置いてきてしまった。それを引いて歩けるような床の状態じゃなかったから。
 なにもないところで転ぶことが出来るのも私の才能。障害物がある時はよけいに・・・。まっすぐ伸びている通路に並ぶドアは壁と同じようなグレイの合板のドアだった。いかにも病院の診察室。多分その向こうには机と診察用のベッドが同じようにならべられた部屋が並んでいるのだろうと想像させるような。突き当りの出口に小さく開けられた四角いガラス窓から外の白い光が差し込んでいる。
 反対に右側はどうだろう。明かり取りになる窓もなく、並んでいるドアもそしてその向こう側も、ねっとりとその場所にうずくまっている闇の中に消えて行っている。
 行きたくないのに、惹きつけられるように、私は右へ曲がってしまう。

 小さい頃からの私の定番の夢はいつも同じ。

 殺される夢。殺す夢。

 たとえば、階段を転げ落ちて縁側のガラスに突っ込む夢。まぶたの上から血がしたたり、真っ赤になった世界の向こうから包丁を持った母がゆっくりと降りてくるのが見える。私の手首を切り取りに来る母が。
 殺す夢はもっと悪い。鉈を振りかぶって打ち下ろす。何度も何度も何度も。私の心を埋め尽くすのは怒りだけ。してはいけない事をやっているのが分かっているのに、背中を這い上がる、せり上がってくるような、締め付けるような何かに追いかけられるように。私は父の体に鉈を振り下ろす。

 そして廃屋になってしまった病院の中の通路を歩いている夢。突き当たりにあるのは黒い大きな石の扉。その中に私を生きながら臼で轢き殺してくれるあの人が待っている。顔を持たないあの人は、懐かしく、恐ろしく、そのゴツゴツと乾いた手でやさしく私の腕を引く。そうしてその大きな臼の中に私をそっと押しやる。
 私は臼の中からあの人が覗きこんでくるのを見上げる。微笑みを浮かべて嬉しそうに私を見下ろす愛しい男の顔を。そして臼の取手にかかった分厚い手を。あの人が私の身体に、胸に、腹に静かにゆっくりと触れた時のように。容赦なくその手が臼を回すと、私はあの人を見上げたまま、ただ黙ってぽろぽろと涙を流しながら足の先からすり潰されていくのだ。

 どの夢も、痛みと苦しみとそして絞り上げられるような胸苦しさを残していく。もう二度と二度と絶対にあの扉を開けたくはないのに。私はいつもの様に右に曲がってしまう。暗い闇が広がる通路へ脚を踏み入れてしまう。自ら望んで。自ら進んで。


3へ続く・・




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    2012

07.31

白昼夢


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 スーツケースには大きなキャスターがついているに限る。あんまり力の強くない私は、そう思う。それに、4個ついていることは言うまでもない。後ろに引っ張る2輪式は、取り回しにコツがいり、その上荷物を詰め込むと重くなるのだ。
 「1泊のお出かけなのに、なんでそんなに荷物が多くなるのか。」と、よく夫に言われる。一番の悪者はパソコンである。普段使っているノートをそのまま持ち歩くのでこれが結構重い。着替えをもう一泊分余計に持って行きたがるのも私の悪癖である。何かアクシデントが起きて服を汚してしまったり、汗をかいて着替えたくなったり・・・そんな時のために備えてもう一組。何しろ「もしも」が、好きな人なので、綿棒からとげ抜きからビニール袋まで、普段の移動の時でもバックの重さはピカイチである。
 それから、自分専用の縄。今回は縄を習う機会があるかもしれないから、自分の縄が必要なのだ。縛られている時は全く重さを感じないのに、束にまとめて持ち歩くとこれがまたずっしりと重い。そしてスパンキングラケット、オーダーして作ってもらったお気に入りの、のたりと丸くとぐろを巻く、長くて黒い一本鞭と短いピンクのバラ鞭。芯が無くて、先が柔らかいからあまり痛くない短い鞭。マッチ棒のような先っちょを持っているローター。
 あれやこれや思いつくものを詰めているうちに、黒いキャリーバッグは、もう、パソコンを押しこむだけのスペースしか空いていない状態になる。おみやげを買うわけじゃないからまあよいだろう。ぎゅうぎゅうと詰め込んで蓋を閉めた。

 家の中をぐるりと一回り。窓を閉めて、電気を消して回る。お風呂の予約をして、夫の下着の着替えを脱衣場に置いて。最後に玄関の灯りをつける。妻がいない家に帰ってくる夫が、鍵を開けるのに苦労しないように。

 考えるのは自分の方向音痴の事。今日の目的地は初めて行く所だから用心のために、縮尺の大きいのやら小さいのやら、グーグルマップを何枚も印刷して来たのだけど、ちゃんと辿り着けるかどうか分からない。最寄り駅から家に帰る時でさえしばしば迷う私だから。ほんとだったら真っ直ぐ行く道を、何も考えずに左に曲がってしまう。左へ曲がる道は何本もあって、どれも同じように見えるし、曲がった後も同じような住宅地。だから気が付かないで迷子になってしまうのだ。
 幾つかの駅で電車を乗り換えて、えっちらおっちら、キャリーバッグを抱えて、階段を昇りそしてまた降る。今、通り過ぎた駅はなんて名前だっただろう・・・。ああ、去年までは、私はこの駅で降りていたのだった。でも、もう、二度とこの駅で降りることはない。
 冷房の効いた車内と違い、むっと熱い風が吹き抜ける地上の道を、ガラゴロ音を立てながら付いてくるキャリーの音を聞きながら歩く。ただひたすらガラゴロガラゴロ。

 ずっとここの所、考えても益体もない繰り言を頭の中で繰り返してきたせいか、それともいつもの習性か。ただ、なんとなく。こんなにまっすぐ歩くはずはない・・・・と、いう勝手な判断に基づいて、またしても曲がるべきでないはずの道をつい右へ曲がってしまった。地図を回してみていてもなんのかいもないのである。


2へ続く・・




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    2012

06.12

押入れ



どうして
みな
あなたを捨てて
去って行くのか
よく考えなさい

言われて
考えていたら・・・
ポロリと、首が転がり落ちた
拾おうとしてかがんだら
ガシャリと 関節が音を立てて力を失って 膝が崩れて
ころころ 転がって行く首を拾えなくて 途方にくれていた
けれど
やっぱり見えないものを見るのはやめられない
剃刀で軽く引いて それから深く
紅い血は ゆっくりと溜まるから
その池で泳ぐ練習をしようとしたら
どんどん沈んで溺れてしまった
池の底に落ちていた黄色い仮面をつけて
夜の街へ踊りに行こうと思った
笑って 歌って くるくる回って
夢の中で描いていた事は何も現実にならず
恐れていた事はくっきりと形を表して
だからこのまま
もう 諦めたから 大丈夫
おやすみ




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    2012

02.14

縛め






心はいつも
あなたの腕に捕らわれている
どんなに遠くても
会えることがかなわなくても

乱暴に

掴んで

引きずり回して

私は壊れる

粉々になって
キラキラと光りながら吹き散らされる
私はもういない

だからもう傷つかない

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    2011

11.17

留め




首輪 手錠 鎖
つなぎとめるもの
逃げられない証のように
喰い込んでくる

近づき 遠ざかる
寄せて返す 白い泡
うねり 引きこむ
決して留まらないのに

私は いつも 
そこにいます







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    2011

11.17

こひ




否定して 否定して また否定する

繰り返し 打ち消す
決して消えない 
幻に過ぎないのに

変わっていく
少しずつ 
失われる
崩れ去る
指の隙間から

なのに

願いは くりかえし
戻ってくる




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    2011

11.13




私は あなたを失う

何度も

何度も 何度も 何度も

心は その度に 動けなくなる

世界から 色が失われていく

想いの 密度が薄まる

絞り込むような 息苦しさが 遠ざかり

現実感が消え失せ

自分がどこにいるのか分からなくなる

諦観と虚無とブレンドされた失墜の感覚



朝が来る

また あなたを失う朝が

そして私は 繰り返す

期待と不安

ポッカリと空いた胸の穴に

手を突っ込んで

失った悦びを見つけようと

えぐり出す作業を



もう一度出会ったような既視感と

もう一度失うための痛みを


 




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    2011

07.19

思いは誰も同じ





離れている距離を
埋める電波の繋がり
沈黙が木霊になって響き
柔らかく包まれる
ここにいるよ

ここにいるよ
ここにいるよ

返って来る返事に
ただ癒される
同じ部屋にいるように
あなたの時間を私は生きている

繋がりたい
絡みつきたい
抱きしめられたい
奪われたい

思いはみな同じ

泣かないで 寂しくなるから

電波の返事を
ただ 待っている



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    2011

07.17

締めつけ




側に行くと ひっぱたかれる
距離が埋まる喜びよりも
残る傷の方が深い
自尊心が 形をなさなくなって
苦しくて ただ吐くしかなかった
耐えられないなら 離れるしかない


率直さよりもましな気がして
塗り重ねる隠し事の方を受け入れた
バランスが端から崩れる
立て直すだめに その上に嘘を塗り重ねる


嘘には嘘を
隠し事には隠し事を
本音を言っても言わなくても
同じだけ空回り
離れて行く人に同じだけの隔たりを
二人でやれば 距離は2倍


一歩 距離を置いて
二歩 離れて
大好きだった気持ちを
薄めて行く


傷ついた心と同じだけ身体を傷つける
落ちて行く心と同じ位置に身体を 貶める
痛みが必要です
何も考えられないように


寄り添っていた心も
追いかけずにはいられなかった視線も
きれぎれにして 風に吹き散らす
ぽっかり空いた穴に
無理やり 言葉を押しこんでも
決して埋まらない


喪失は代替えがきかない


だから 失わないために 気持ちを作り変える
そしていつか 失うことも 耐えられるようになってしまう
論理の破綻 言い訳のくりかえし
苦しみが無くなると
気持ちも無くなる
楽になるのが先か
破たんするのが先か


傷つかないだけの距離が離れたら
好きが残ってても
身体はもう言う事をきかない



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    2010

12.10

舞姫・4

舞姫・1を読む


 必死に顔を背けて、覆い隠したくて勝手に動きだしそうな手を握り締めて、身体を固くしたまま立ちつくす。視線が、肌を切り裂くようで、身動きするとバラバラになりそうで、恥ずかしさに叫び出してしまうんじゃないかと思いながら、じっと立ちつくす。
 時間がのろのろとすすみ、身体が、赤く火照り、汗が滲む。

「ワルツ。ホールドを取って。」

 え?脳が、言葉を理解するのに時間がかかり、私は、ただ呆然とする。

 そうだった。私は、ダンスを習うためにここにいる。綺麗に踊りたいがために、うまく踊りたいがために。全裸のままで何も身を覆うものがないままで、ポーズをとる自分を思い描く事が出来なかった。でも、服を脱いだのはそのため。ダンスを習うためなのだ。

 のろのろと腕を持ち上げ、ダンスを踊るために相手と組みあう姿勢を取った。胸を張り、背を伸ばし、腹筋に力を入れる。持ち上げた腕はやわらかく、相手に頼らず、一人でバランスを取る。頭の中で、美しい形を描き、それを体でなぞる。

「力を抜いて、案山子踊りじゃないぞ。」

 素肌に教師の手が伸びてきて、腰板を後ろから軽く押した。ひっ、っと、ひと声、喉奥で飲みこんで、ようやく私は跳びあがらないで、何とかその姿勢のまま留まる事が出来た。

「鏡を見て。」

 言われて、恐る恐る視線を上げる。磨きあげられた鏡の中央に全裸でワルツのホールド姿勢を取っている自分の姿が見えた。新たな恥ずかしさが襲って来て、私は、思わず、視線を逸らさずにはいられない。

「目を逸らすな。」

 冷静で平坦な教師の言葉は、私を、その姿勢に縛りつけるようだ。添えられた彼の手が、触れるか触れないかの位置をゆっくりと這い廻り始めた。ああ、嫌。触らないで。触らないで。心の声は、外に漏れる事なく抑え込まれる。
 撫で廻すような、愛撫するような、それでいて、さらさらとした乾いた手は、時々、私の身体をそっと押し、正しい姿勢へと導いて行く。鏡の中に映る白い身体は、黒い服を着た悪魔のようにいびつな男の手に捕らわれて心細げに立ちつくしている。心臓はどきどきと走りだし、火照る頬は、熱く燃え上がる。ふと、手が離れ、教師が動いた。離れ、そして戻ってくる間に音楽が流れ出す。

 ワルツだ。

 くるりと、教師が正面に来て、私の手を取った。ふんわりと身体が重なる。相手が服を着ている。そして、私は素裸なのだ。肌に触れる布地が痛いほどそれを思い知らせた。ギュッと目を瞑って、恥ずかしさを、振りほどく。
 ああ、このホールドもそうしてふりほどけたらいいのに。だが、私は柔らかく彼の腕の中に納まり、私の下腹は、彼の身体に軽く押しつけられた。

 軽く、押された。

 そして、私達は動き出した。音楽にのせて、ワルツのステップを踏む。リードのままに下がり、前に出る。ぐうんと沈み、そして持ち上がる。足を交差させ、横に滑り出る。

「ストップ。」
 
 はっと、我に帰ると、そのホールドが解けていた。

「今のところだ。ダウン、そしてアップ。うまくダウンできてない。それに、ホールドが固くてバランスをくずす。腕に力を入れるな、相手に体重をかけてるぞ。自分だけで立つんだ。」

「も一度」

 そう、もう一度、ギュッと目を瞑り、思い切って動き出す。忘れて、自分が裸なのは忘れるんだ。しかし素肌に触れている彼の手は熱く、背中が燃えるようだった。

「だめだ。ダウンを意識して、深く沈む。歩幅をもっとしっかりとって。」

 私は、喘いだ。足を開くと頼りなく足の間を風が吹き抜けていく。それだけでなく、パンティをつけていないだけで、不思議な感覚が足の間に送りこまれて来るのが感じられる。なぜ?私は何も望んでいない。身体が勝手に反応している。教師の服を着た脚が、私の素裸の脚を割って入りこんで来る。

 そして、教師の手が、わずかに正しいはずのホールドからずれた。私は、びくっと、止まってしまう。

「どうした?続けて。」
「嫌。手が・・・・。」
「そうだな。」

 捕らわれて、逆らえないまま、私は、必死に息を吸い込む。

「ダウンを意識しろ、うまくいかない度に手は下へ降りて行くぞ。」

 低く囁く、悪魔の声。
 何を言われているのか分かって、私の、心臓は跳ね上がる。正しく踊らないと彼の手はどんどんと下へ降りてくるつもりなのだ。崖っぷちに向かって、歩かされている。恥ずかしさなどにかまっている場合じゃない。相手のリードに身体を任せて、動きに気持ちを集中しようとした。
 くるりと、身体が廻り、視線の先に自分の白い背が見えた。そしてその背を這う男の手が。ああ・・見ずにはいられない。その手が、這い降りてくる先を。白い桃色の二つのふくらみとその間の谷間。
 身を守るために正しく踊る。意識しちゃだめだ。柔らかく。身体を預けるんだ。

 けれど、そう思えば思うほど、一瞬横切る自分の白い体を見つめずにはいられなかった。くるりと回る度に、這い降りてくる手。ゆっくりと、狭間に向けて這い降りてくる手を。

 ああ、嫌。やめて。助けて。触らないで、お願い。止まって。止まって。
 必死になって、正しい姿勢を保って、踊り続ける。今度はうまく行った。あ、だめ、失敗。また降りてくる手。そんな・・・嫌ぁ。もう、だめ。それ以上はだめ。

「どうした。集中しないと、想像している通りになるぞ。」

 ひぃぃ・・。私は、悲鳴を押し殺した。またひとつぶん。そしてまたひとつぶん。手が、降りてくる。さっきまで熱く火照っていた身体に、総毛立つような感覚が襲って来て、さっと鳥肌が立った。 手は、双球の割れ目を這い降りはじめていた。その行きつく先は、考えなくても知れていた。

 いやいやいやいやいやいや・・・・そんな。やめて。止まって。止まって。止まって。

 近づいてくる指。もう踊るどころじゃない。それなのに私はただ夢中でステップを踏んでいた。崖っぷちは、もう目の前。後は跳び下りるしかない。振りほどいて逃げる。そうするしかない。伸びあがり、沈み込む。身体が、浮きあがる。

 その瞬間、相手の手はぴったりと私の恥ずかしいお尻の穴の上に押し付けられていた。

 いやあああああああああああああ!!

 私は、声も立てられずに相手の腕にしがみついた。だが、教師はリードを止めようとはしない。

「踊るんだ。」

 くるり。くるり。くるり。廻る輪。鏡の中に踊る。串刺しにされて逃げる事も出来ず踊り続ける。見つめずにはいられない。禁断の場所へゆっくりと沈んでこようとする指をまといつけたまま踊り続ける白い身体を。
 私は、泣き、むせびながら踊った・・・。

 ただ、教師のリードのままに廻り続けた。


続く・・


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    2010

12.06

舞姫・3

舞姫・1を読む

「レッスンの前に服を脱いで。」

 誰もいないレッスンルームに教師の声が静かに響く。二人きりの気まずさに、照明の灯りが床の上に丸い光を重ねているのを見つめていた私は、はっと我に返った。

「服を脱ぐんですか?」

 思いもかけない指示に、私の声は上ずった。思わず誰かの助けを求めて周囲を見廻しても、誰に助けを求められる訳でもない。教師と私の二人だけ。服を脱ぐってどういうことなのか、実感がわかないまま教師の顔をまじまじと見つめてしまい、相手の揺るがぬ視線に困惑する。

「ここで?」

 もう一度周囲を見渡す。ぴかぴかに磨き上げられた広々として何も無い床の向こうには、一面の鏡。そして、その鏡を一直線に区切って取り付けられた、レッスンのためのバー。そんな場所で、よく知らない男を前にして服を脱ぐという、あまりの非現実さに私は困惑した。

「脱げません。」
 ちょっと首をかしげ、じっと見つめてくる教師は、頬を軽く歪めるようにして笑い。
「脱げないのならレッスンはできない。お帰り。」
と、扉の方へ顎をしゃくった。

 本気で脱げと言っているのだ。私は、そこへ到ってようやく、自分が、今、ここで、服を脱がなければならないと言う事を理解できた。必死に首を振る。人前で服を脱ぐ、しかも、こんなだだっ広い場所で。愛情を交わそうとしてる訳でもなく、ただ、服を脱ぐなんてできる訳がない。

 だが、教師は、ただ、黙って立っていた。私に、出ていくか…それとも、残るのかを選ばせて。ただ、待っている。

 私の頭の中は、混乱と、恐れと、羞恥で、でんぐりがえりそうである。

「向こうへ行って脱いできてもいいですか?」

「いや、だめだ。・・・ここで脱ぎなさい。」

 私は、追い詰められて満足に息もできない有り様だった。

 だけど、ここまで来て、逃げ出すなんてできない。生来の意地っ張りの性格が頭をもたげ、一つ、息を吸いこんで、私はブラウスのボタンを外し始めた。震える手で、一つずつボタンを外して行く。慣れているはずの動作が、うまく行かず、自分がどれほど緊張してるのかが分かって、ますます、気持ちが上ずってきた。
 ブラウスの前が開くと、布地の中から、一つずつ肩を引き抜きだした。必要が無いのに、身を縮めようとして、腕がうまく抜けない。肩が袖に引っ掛かって、それで、尚更焦り、身体は熱くほてってくる。ブラウスを床に落とすと。正面の鏡に、キャミソールとスカートだけの自分の姿が映っていた。

 かああああっと、顔がほてる。「恥ずかしいってこういう事なんだ。」と、改めて認識する。
 でも、ここでやめたら、ばかみたいじゃないか。もう、一枚脱いじゃったのだもの。私は自分に言い聞かせながらキャミソールをスカートから引っ張り出すと、一気にまくりあげた。頭から布切れを抜くと、もう、鏡を見るのが怖かった。上半身はブラだけになっているはず。

 スカートを先に・・・?それともストッキング?なんてバカな事で迷ってるんだろう。どっちにしても、両方脱がなきゃいけないのに。それでも私は、ストッキング姿を見られるのが嫌さに、先にそれを脱ごうと決めた。そして、本能的に、教師に背を向けようとした。

「こっちをむいたままだ。」

 あああ、嫌。どうして?服を脱げばいいんでしょ?なぜ、目の前で脱がなきゃいけないの?しかも教師の方を向いたまま?一度、背を向けてしまうと、正面に向き直るのがなんて難しいんだろう。ただ、それだけの動作に恥ずかしくて汗が滲んで来る。

 勇気を出して、手をスカートの裾からもぐりこませて、かがむようにしてお尻の方へ廻すとくるりとパンティストッキングを巻き降ろした。立ったまま、綺麗に脱ぐにはどうしたらいいんだろう。身体を堅くして、ストッキングを引き降ろし、足を一本ずつ汗ばんで絡みつくナイロンの中から引き抜こうとした。バランスを保つのが難しい。小さく、できるだけ小さい動作で脱ごうとしているからだ。私は泣きたい気分で、片方の爪先をようやく抜きだすと、足を踏み変えて、もう一方の足にとりかかった。
 ブラウスの横にストッキングを落とす。次はスカートだ。チャックを降ろすと後は手を離せばすとんと落ちる。16枚剥ぎのフレアスカートは、身体のどこにも引っかかりようが無い。手を離せば、私はブラジャーとパンティだけの姿になってしまう。どうしよう。どうしよう。でも、迷ってもしょうがない。進むしかないのだ。

 自分からスカートを握る手を離したのに、身体が露わになった途端に、私は、しゃがみこんでいた。恥ずかしさに身体が震える。顔を伏せて、床に丸まり、このまま、自分の影の中に逃げ込みたい。床の上で小さくなって震えてる私を、教師は黙って見降ろしているだけだった。

 時間が経って行く。このままではどうしようもない。立つしかないのだ。私は、もう一度決心し直し、おずおずと立ち上がり、教師の前に下着姿の身体を晒した。

「お、お願いです。もう、これで・・・・。」

 答えは分かりきっていたのだけれど、すがるような思いで言葉を絞り出した。全裸になるなんて、耐えられない。服を抱えて逃げ出したい。

「だめだ。」

 淡々とした答えが返ってくるばかりだった。ああ、失敗した。ためらったり、逡巡したり、そんな事をせずに、お風呂に入る時のように、さっさと脱いでしまえばよかったのに。そうすれば、こんなに恥ずかしさにさいなまれる事なく、この時間を通過してしまえたのに。でも、もう、やり直しはできない。
 床の上に、輪を描いたスカートから抜けだすと、かがんでそれを拾い上げるとブラウスの上に乗せる。

 込み上げてくる羞恥は押さえようがなく。肩をすぼめて腕を後ろに回した。ブラのホックを外す。胸の前の布地を押さえたまま、肩紐から腕を引き抜く。そしてもう片方も。
 私は、自分の抱きしめている小さな布地にすがりつくような思いだった。手を離さないといけないのが分かっているのに、一瞬ですむはずなのに、そこを越えるのがなぜこんなに困難なのか。
 男の前で、自ら脱いで、胸を晒すと言う事が、こんなにも身の置き所が無くなるほど恥ずかしいなんて思ってもいなかった。

 それでも、少しずつ布地はずれていき。私はため息とともに、それを床に落とした。片方の手でしっかりと胸の膨らみを覆いながら。立ちつくす。教師は何も言わない。

 私は次の作業に取り掛かる。最後に残った、ただ一枚の身に着けるものを脱ぎ棄てなければならなかった。左手で胸を覆ったまま、私は右手だけでパンティを降ろそうとしはじめた。
 いつもは両手でするりと引き抜ける物を、片手だけでしようとすると何と困難な事か。だが、私には左手で胸を覆う事が最後の砦のようになっていて、どうやっても、やめられなかった。不自由に右手だけで少しずつパンティをずり降ろしていく。それが、羞恥を長引かせる結果にしかならない事が分かっていても、恥ずかしさを煽り立てている結果になっている事が分かっていても、どうしようもなかった。

 身体中を真っ赤にして、ぎこちなく、最後の一枚を抜きとった瞬間に、私は右手で、下腹の茂みを覆わずにはいられなかった。脚をくの字にして、できるだけ隠そうとして、左手で胸を覆い、右手で茂みを覆い隠そうとする。

 その時、私の目に、床に脱ぎ棄てられたまま落ちているパンティが目に飛び込んできた。くしゃくしゃと小さくなってはいるものの、今脱ぎ棄てた形のままに落ちている自分の下着。もう限界だと思っていた羞恥がまた強く襲ってくる。急いでそれを拾って、服の下に隠さなければと思うのに、それをする事は、身体を覆っている手をどける事だった。喘ぎながら、ためらいを振り棄てて私は落ちている下着に飛びついた。
 大急ぎで、積み重なっている服の下にそれを突っ込むと、次は、もう一度立ち上がらなければいけない。

 なぜなのだろう。一つの動作。一つの呼吸が恥ずかしく。私は、目眩がしそうだった。必死になって自分の身体を隠そうとして両掌を広げても、全裸で立っている事は変えようがない。自分だけが服を着ていない。その事が、広い教室のひんやりとした空気の中で、熱く汗ばんだ身体には、ただただ恥ずかしく居たたまれない。

「手をどけろ。」

 最後はそう言われるのは分かっていた。最初から分かっていた。何もかも見せなくてはならない事が分かっていた。それでも、私は、ちらと、教師の肩越しに鏡を盗み見ずにはいられなかった。すべてを晒す前の、自分の姿を見ずにはいられなかった。


舞姫4へ続く・・



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    2010

10.08

唐突な段落




 店を出て一番最初の角の小さな小道で、あの人はいきなり私を小道へ引き込んだ。考える暇もなく、抵抗する隙もなく、心構えも無く、壁に押し付けられる。
 暗い小道、通り過ぎる車のヘッドライトと、向かい側の街灯の白い明り。
 頬に当たるコンクリートの壁、ついた手にざらつく、壁の凹凸。身動きが取れない。意外な状況に走り出した心臓の鼓動と、重なるぶあつい身体の重みが、真っ白になった頭の中をいっぱいにする。
 スカートをめくりあげてくる迷いのない手。下着もろともにストッキングを引き下ろす。ひんやりと外気に触れる事で分かる。自分の身体の熱さと湿ったほてり。

「いやか?」

 口を開けて息を吸い込む。首を降ろうとして、どっちか分からない事に気がついた。
 外でやったことなど一度もない。誰かに見られたらどうしよう、とも思う。だが、恥ずかしさはさほどなく、どこか、開き直りのような、それでいて、膝の力が抜けてそこから溶けて流れ出して行きそうな不思議な感覚がせめぎあっていた。
 掌が足の間を撫で上げる。その掌の熱さに思わず目を閉じる。吐息。あえぎ、それから、ひゅっと吸いこんで息を止める。いきなり引き裂かれる力に、私はなすすべもなく、のけぞる。

 ゆれる。風景がそして自分の身体が。突き上げられる。街灯の明かりがフラッシュのように瞼の裏に瞬いて、BGMに湿った音が響く。私は私でなくなり、ただの、濡れた肉の塊のよう。喘ぎ、押さえきれない声をもらす淫らな肉。

 何もかもが本当のようでなく、何もかもが当たり前のように、すとん・・・と胸の中に落ちて。これでいい、ああ、これでいいのだ。と・・・。

 色と光が混じり合う世界が音を立てて弾けて、ぽんっと終わりになり、私は放り出された。あの人はハンカチを取りだすと、自分のものを拭い、濡れた足の間をおざなりに拭ってくれた。

「しまえ。」

 うん、とうなずいた途端に、足に力が入らなくなって、かくん・・・と砕けた。いきなりだったのに、測っていたように、あの人の腕がのびてきて、その胸の中に抱きとめられる。

 その瞬間に抜けおちていた感覚が、雪崩を打って戻ってきた。

 あ・・逝くかもしれない。

 抱きとめられた腕の中で私は痙攣した。中途半端にパンティをストッキングを足に絡ませたまま。

 なぜ、さっきでなく。

 なんで、今なのか・・。

 分からないままに、あの人の腕にしがみつく。

「いけよ・・もう一度、いけ。」

 なぜ、この人の声は、いつも、こんなに、しらじらと醒めているんだろう。ただ、耳朶にに触れる息が、私の、心を震わせる。何も考えずに、身を任せていられる幸せ。

 夜は、白い街灯の明かりが切りとる世界の、その光の外側にある。

 なにもかも終わって、ようやく何とか立てるようになった私は、ふらふらと歩き出す前に、下着をあげないで、脱ぎ棄てて・・・くるくると丸めてバッグの中に突っ込んだ。


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    2010

06.01

舞姫・2

舞姫・1を読む


 半年ほどの間通った、社交ダンスのレッスンは一向に上達の兆しを見せなかった。ステップを覚えるのは簡単だったし、スタイルもまあまあの私は、例のきらきらイケメン教師の腕にしがみつき、ふりまわされて、くるくる廻った。
 でも、鏡に映る動きは、どう見ても、オルゴールの中の人形の様。ワルツやクイックのようなダンスは、まだしも、タンゴやブルースになると何か物足りない。ましてやルンバやサンバのようなラテンダンスとなると、お手上げだった。
 そんな時に、私をダンスに誘った友達が、上のクラスのアマチュア試験を受けるので、見学に行った。私と大差ないダンスを踊る人もいるけれど、私の友達は、ダンス歴も長くて、パートナーも教室で仲良くなり付き合い始めた社会人で、おまけに本人いわく相性もばっちりなせいか、とりわけ光っているように見えた。

 うまいなぁ・・・。うらやましくて、ちょっと胸が煮えた。先んじて習っていた2年という時間はともかく、同じステップひとつとっても、どこか、セクシーで、色っぽい。爪先が床をなぞるように擦れて行く時の膝が描くラインも、腰が揺れる様も・・・。思わずため息が漏れた。

「もっと、うまく踊りたいのか。」

 話しかけられて、びっくりして振り向くと、そこには、あのダンス教室の教師が立っていた。ジプシーのテントをランタンの灯りを頼りにくぐる占い婆の後ろに片足を立てて座っているような、いびつで黒い男。何にも動じず、動く度に、風が吹く。草原の風が・・・。

「先生。あ・・・・・踊りたいです・・・。」
小さな声で返事した。私は、この教師が怖い。とても怖いのだ。怒ったりする訳じゃないのは知っているが、低い声は、逆らう事を許さないかのように地を這う。
「性の喜びを知らないとね。」
 それが意味するものに思い当たり、私は顔を赤くした。男を知らない訳じゃないけど、知っているかと言われればたいした経験のない私は、色っぽさからは程遠いのかもしれない。最初の彼も、二番目の彼も、そして、こないだ別れた三番目の彼も、私を大事にしてくれたけど、ただ、それだけだった。
 でも、セックスに長けているからと言って、うまく踊れるなんて嘘。私は、ちょっと反抗的に教師を上目づかいで見た。教師は、私が納得してないのに気が付いたのだろう、微苦笑して、ちょっとかがむようにして、私の横顔を覗き込んだ。
「信じてないね。」
 首筋に暖かい息がかかり、私は、ぞくっとして、首をすくめた。酩酊するような感覚が背筋を這い上る。そんな事は初めてだった。私は、何気ない教師のそんな振る舞いに、なぜそんなふうになるのか不思議に思った。知らず、思わず、覗き込んで来る教師の瞳をみつめかえす。黒い・・・虹彩が分からないほどに真っ黒な相手の瞳を。

 何がどうなったのか分からないけど、だからって男と遊ぶつもりなんかないとむきになって抗弁する私を、教師は、困った娘だなぁ・・・と、雛鳥を見るように優しく笑った。セックスはむしろ関係ない。セックスしなくても身体が男に触れる喜びを覚えてる事が大切なのだ。求愛のダンスだからね。知らないものは表現できない。

 そう、私は何も知らなかった。男の言う事がよく分からなかった。教師が私の腰を何気なくホールドして引き寄せた時、その掌の厚みと暖かさに、思わず腰を相手の身体に押し付けてしまっていた。ごく当然の動き。あまりにも自然な動き。何の疑いも抱かせない、自信のあるリード。
 しなくてもいけるかどうかためしてみるか?服も脱がずに、性器にも触らないで。私はあれやこれやと反論しながらも、男の導くままに競技場を出て、人通りの少ない裏道を曲がり、どことも知れぬ草むらへ連れ込まれ、そしてそこで男とダンスを踊る羽目になったのだった。


→舞姫3へ続く・・



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    2010

04.18

舞姫・1


 線路沿いの草むらの中、住宅街の屋根を見あげながら、丈の高い草の中に横たわって、私は、男の腕の中にいた。
 ちょっと小太りで背の低いその男は、道で声をかけられたら絶対に、
「しかと」したくなるんじゃないかと思う容貌をしていた。ごつごつと、節くれだった木の切り株から切り出したような日に焼けた顔立ちに、丸くころころとした指。絶対に私よりも20は年上。いやもっと上かもしれない。厚みがある身体や、頑丈な手足が、中年の脂をのせて、ギトギトと光っている。
 そんな男の印象は、いつしか、色変わりのマーブル模様のように、からくりのどんでん返しのように、くるくると変わっていく。王様や王子様の陰で笑う、どこかいびつでゆがんだ道化師のように、あっと驚かせ、違う姿をひけらかす。捕まったら、悲鳴もあげられぬようにすばやく、人を、あっさりと地獄の穴の中へ引きずり込むだけの本性を持っている男。

 もし、その男が、綺麗に洗った後のシャボンの香りをさせていなくて、
どんな時でも、ピンと背筋が伸びていなければ、私はその男に身体を預けただろうか。その丸太のように腕が、私の身体を勝手気ままに抱きしめて、右へ左へと、振り回すのに身をまかせたりしただろうか。もし、その男と、暗い街灯の下で擦れ違ったら、私は恐怖に震えて廻れ右をして、叫びながら逃げ出したのだろうか。

 分からない。

 実際は、そうじゃなく、私は彼と、社交ダンスの教室のミラーボールの下で出会った。有名な競技ダンスの選手を次々とイギリスへ送りだしている名の知れた教室の、いわゆる初心者向きのレッスン。私の相手をしたのは、若いちょっとイケメンの教師だったのだけれど、レッスンの半ばには、私は、その黒い男の方に目を奪われていたのだ。
 明らかに「うまい」と、分かる男女のペアの側に男は立っていた。言葉少なに指示を出し、時々、ちょっとステップを踏んで見せたり、2、3歩毎に、ポーズの途中で止まったマネキンのように動きを止めたりしている男女の身体に手を添えて、正しい位置に来るように直したりしている。
 どうみてもちんちくりんで、不格好なのに、なぜ、こんなに目を引くのだろう。何気ない手の振りにも、足の運びにも、特に変わった事があったわけでもない・・・いや、もしかしたらあったのかもしれないけど、初心者の私には、それを見分けられるほどの力もなく、ただ、目の前に立っている、私をホールドしている、キラキラしくすらりとした若いダンス教師の肩越しに、そのイケメン教師が私をくるりと回すその度毎に、私は、そのどう見てもどこかバランスの悪い、いびつで美しい奇形を思わせる身体付きの男を、見つめずにはいられなかった。

 そして、今、ごくあたりまえに、人が通って行く、その道の傍にある草むらの中に、私は、男の腕の中で、背中を土につけたまま、思わず開いた瞳に眩しい空を仰ぎ見ては、ギュッと目を瞑る事を繰り返していた。身動きがとれないほど、しっかりと絡みついた両腕の中、首をすくめようとして、甲斐の無い努力を繰り返しながら。男の胸を必死に押し返す。足をばたつかせてもがき逃れようとする。男の腕は強く、私の、抗いにびくともしない。

 背筋を這い上がっては、翻り身体の中心を貫いては遠ざかる、その甘い感覚に、私は、翻弄されていた。
 男がやっている事は、私の耳に唇を押しあてて、舐めたりしゃぶったり、息を吹きこんだり、吐息のような喘ぎを訊かせたり、舌を押し入れて来たりするだけなのに。最初は、身震いしては、首を振ったりしていた私は、すっかり地面に押し付けられ、もう、その耳も彼の唾液に濡れた頸筋も、感じやすい髪の生え際も、彼から守る事ができなくなっていた。身内を走る快感の波が、繰り返し、繰り返し、私を捉える。
 背中の下にある冷たい地面と、そして、私の身体にしっかりと巻き付けられた男の腕と、そして、私を押しつぶす厚く盛り上がった胸板と。しがみつくその男の身体が無ければ、私は、宙を舞い、打ち上げられそれからまた急降下を繰り返す、初めてのその快感に耐えられなかっただろう。

 初めて。そう、本当に初めてだった。私の貧しい性体験は、もどかしく自分の身体をどう扱っていいのか分からない延々と続くオナニーと、中途半端なオーガズムとも呼べない薄っぺらな快感のまとわりついたセックスによって、作りあげられていた。
 本の中で、ネットの動画で、たくさんの女たちの喘ぎ声で彩られた「逝く」と言う出来事が、実際はどんなものなのか、知らないと思い込んでいた。昇り詰める。気持ちよく弾ける。その最中でも私は冷静で、翌日の晩ご飯の献立だってたてられた。我を忘れると言う快感とやらに思い焦がれ、私は、布団の中でこっそりとえろちっくなロマンス小説や官能小説をひっくり返しながら、溜息をつくばかりだったのだ。

 だから、男が、私を草むらの中で、石ころにつまづくような場所で腕の中でゆらし、やがて、まるで、ホテルのダンスパーティの中に居るようにロマンチックに踊らせてくれながら、私を「逝かせて」くれると言った事も、まるで、信じていなかった。服も脱がせないで、セックスしないでどうやって、そんな事が出来るものか、と。

 「できる」と、男はにやりと笑いながら言った。優実が俺に逆らわないならば、俺に、すべてを預けるのなら。波に乗り、一緒に、海の底へ潜る覚悟があるのなら。

 そうして男は、そっと、私を腕に絡め捕り、頬に口づけ、その唇を滑らせて、吸いつかせては、優しく歯を立て、ああ…とにかくよく分からないままに、気がつけば立っていたはずの私はいつの間にか膝が折れ、地面の上に横たえられて、男の身体にしがみつきながらも抵抗する事を繰り返していた。

 うねりが押し寄せる。

 逃れようと、もがく。逆らってはいけない。一緒に、共に・・・。
けれど、あまりにも鮮烈で強烈な快感に耐えられなくなって私は暴れずにはいられなかった
頭の上に水があるのに、足もつかない大海原で、息を吸おうとして、伸びあがる。私を水面に浮かび上がらせて、一瞬息を吸い込む余裕を与えてくれるのは、その海の底に私を沈ませようとしている男。だた私が必死になってしがみついているその男だけなのだった。


→舞姫2へ続く・・



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    2010

03.25

明けがた4時





忘れてしまいたいもの

虹 色のついた世界 

眠れない夜

車の鍵

安定の記憶

30秒後に受け取ったお守りのメール 

そしてピンクのだるま




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    2010

02.13

もの思い





この月をあなたも見ていると思い
慰められた時がありました

今は それがくちおしい

真っ暗な夜
星の明かりもいらない夜
昔見た夢をたどりながら
我が身に刺す針の痛みを思い出す
癖になるから
それはしまいなさい・・・と

癖になって
痛みを追いかけて
我が身を引き裂いて

どこまでも
どこまでも

引き返せないから
自分でするのは危険です

だれか どこかにいる人に
うんとお仕置きしてもらいなさい




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    2010

01.27

繰り言




土曜日の夜はいつも
同じ手すりにもたれて
ハミングを口ずさみながら
月を見上げてた

あの年も
あの年も
あの年も

あっという間にすり抜けて
残ったのは 月を見ていた事だけ

今 感じている この痛みも それは
同じようにただ陽炎のように
揺らいで消えて行くのかしら

言い聞かせて
この一瞬の喜びは
決して続き はしない

一日の終わりに リセット
また明日 を リセット
胸に満ちる想いを リセット

気がついて 一人だとしても
大丈夫なように
離れていよう

誰も好きにならない
決して好きにならない
二度と好きにならない
今 あなたを好きだとしても

それはやっぱり幻だから







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    2009

10.31

命令


縛めは必要ない
心が
囚われているから
必要なのは
ただ命じられる事
心を締め上げられる事

きつく

きつく

明日を疑わないほどに






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